第112回目(3/4) 岡井 浄幸 先生 一般社団法人 嘉祥流観相学会
「何も言わないから、あなたの力でやりなさい」と言われました。

◆岡井先生が、伝える立場、教える立場になった経緯を教えてください。
藤木先生から「一冊、本を書いておいたらどう?」と言われて、書いたのが「眉を変えるだけで運命が変えられる」という本でした。
その頃は、まだ人に対して教えていなくて、先生に付いていた時に、人が集まってきたら、先生の代わりに見てあげたりはしていました。
でも、本を出してから化粧品関係の方から講演を頼まれるようになりました。
その年の12月にHBCという北海道のテレビ局から電話がかかってきて、お正月番組として開運のメイク方法を生放送で教えてくれないかという依頼がありました。
最初は藤木先生への依頼だと思っていたら「岡井先生に」と来たのです。
よくわからなかったので、電話を切って藤木先生に相談したら「こんなチャンスは滅多にないから、行くべきだ」と言われました。
◆最初の放送は、どのようになりましたか?
最初は顔写真のフリップに「眉のアドバイス」を描こうと思っていました。
しかし「それでは面白くないので、出演者の顔に直接描いて下さい」と言われました。
15分の生放送で、成功させないといけないので、とにかく練習をしました。
百貨店の化粧品コーナーに行って、店員さんにも教えてもらいました。
ただ、それまでは教えてくれていた周りの人が、私が本を出してから教えてもらいづらくなったこともありました。
本を出すことは社会的に認められる反面、そういった面があることを知りました。
放送では「仕事運」「愛情運」「金財運」「健康運」「人気運」の5つの運勢を眉で違いを表すことを求められました。
さらに生放送の数日前になって連絡があって「できれば2日前に来てもらって、札幌の地下街で通りすがりの人を捕まえて、眉ウォッチングのロケができませんか?」と言われました。
通りすがりの人に声をかけて眉を見るなんてことは、やったことなかったのですが、なんとかやり遂げることができまして、これを生放送の合間に入れることになりました。
生放送で眉を描いたのは、ゲストの女性と司会の男性でした。
その男性は眉を削って細くしていたので、テレビだからわかりやすいほうが良いと思って、思い切って太く描いてみました。
本人は鏡を見て「自分のおじいちゃんに似ている」と言っていました。
15分の収録が終わって「あー、終わったー」と思って、コマーシャルに入ったら、周りのみんながぐっぐっぐっって笑いだしてしまいました。
でも生放送なので、本人はそのまま続けるしかなく「今日の僕は開運眉でお届けします」と2時間番組で何度も言ってくれたのです。
さらに番組の中でゲームのようなものがあったのですが、見事にその人が勝って「岡井先生ありがとう、開運眉のおかげで今日は勝ちました」と言ってくれました。
その反響で「テレビを見ました」ということで講演依頼や化粧品会社からの依頼が増えました。
それでも基本的にメインの仕事は藤木先生におまかせして、眉に関してだけを私がやっていました。
◆メインのお仕事は、どのように引き継ぎをされたのですか?
藤木先生が亡くなる前に40日間入院をされていたのですが、最後の最後までお元気な方でした。
その入院中に、フジテレビの「SMAP×SMAP」という番組に出演予定だったのです。
最初は声が出なくてもいいから来て欲しいと言われていたのですが、ドクターストップがかかってさすがにお断りしました。
しかし準備は進んでいて「代わりの人はいませんか?」と聞かれたのです。
そこでまた藤木先生に「あなたが行きなさい」と言われて、収録の3日前に慌てて準備をして北海道放送の時に出していたプロフィールなどの資料を送りました。
「テルマエ・ロマエ」という映画がありまして、出演されている阿部寛さん、北村一輝さん、宍戸開さん、市川正親さん、みなさんがいわゆる「濃い顔」をしていて、その理由について話をする予定でした。
スタジオの真ん中に私が立って、目の前に4人のパネルを並べて、ご本人が4人いて、その横にSMAPのメンバーがいて、 中居正広さんが前で司会をすると聞いて驚きました。
本人がいるということは、自分の顔のことを言われるわけだから、何かリアクションが返ってくるのです。
しかも事前の打ち合わせは一切なしです。
実際の収録では、いきなり中居さんから「岡井浄幸先生、先生はこんなことに出てきて大丈夫ですか?」と言われて、頭が真っ白になっていたので「たぶんダメだと思います」と答えて、そんなやり取りから始まりました。
藤木先生が書いてくれたメモを頼りに進めていったのですが、阿部さんのメモの所に「異常な眼圧」と書いてあったので、そのまま読みました。
そうしたところ、その言葉でワーッと盛り上がりました。
「異常な」とか「眼圧」という言葉が新鮮だったようです。
香取慎吾さんか、木村拓哉さんに「眼圧って眼力とは違うのですか?」と聞かれて「そうではなくて、黒目の力強さのことを言うんですよ」と答えたのを覚えています。

◆その後の反響はいかがでしたか?
その数日後に、フジテレビから連絡が入って、今度は「岡井先生に」ということで私に直接依頼が入りました。SMAPの5人の並び方を、観相学の観点から作ってくださいと。
あと、EXILEのメンバーの3人の鑑定もすることになり、同時に収録して、2週に渡って放送されました。
収録が、先生が亡くなる3日前だったのですが、私に何かアドバイスをするわけでなく「僕はもう一切何も言わないから、あなたの力でやりなさい」とだけ言われました。
2週間ほどしてまた連絡があって、今度は竹野内豊さんと、フィギュアスケートの織田信成さん、鈴木明子さんを鑑定しました。
しばらくして、今度は朝の情報番組「とくダネ!」の担当者から連絡がありました。
「SMAP×SMAP」で言っていた「異常な」という言葉を付けてほしいとリクエストされまして、異常な鼻とか異常な眉とかいうと本人たちが喜んで、ウケルのです。
「異常に一ついただきました!」ワーッてなるんです。
それがきっかけで2冊めの本のタイトルにまで「異常に」という言葉が入ることになりました。
◆晩年を身近で見ておられた藤木相元先生のお人柄について教えて下さい。
藤木哲学というものを持って生き抜いてきた方で、本もたくさん出されていますが、生き方そのものが書いてあることそのままでした。
朝起きて太陽を見て、太陽に向かって自分の想いを伝えて、顔を洗って清めて・・・というように決められた時間に決められた習慣を続けていました。
身の回りもとても綺麗に整えていて、机の上のノートが曲がって置いてあるだけでも直したり、椅子なども曲がっていたら並べ直していました。
そのように生活習慣を守って、身の回りを整えることで「悪いことが起きた時もすぐに分かる」と言われていました。
持病もいっぱいあって、食事制限もたくさんあったのに、全てきちんとこなして、91歳で亡くなる最後の最後の日まで現役でした。
60代には60代にしかわからない悩み、70代の悩み、80代の悩みがある中で、90代を現役で生きることの大変さを身近で身をもって教えてくれました。
本当にきれいな生き方していたのです。
(次回につづく・・)
岡井 浄幸(おかい じょうこう) | 一般社団法人 嘉祥流観相学会 |
香川県小豆島生まれ。
明治乳業中央研究所、財団法人国際科学振興財団などを経て、2006年より「嘉祥流観相学会」導主である藤木相元師に師事し、修行開始。高野山真言宗にて在家得度。
現在、一般社団法人嘉祥流観相学会代表理事として、顔相学、姓名学、開運メイクなどのアドバイス及び観相士、学士、導師を養成中
- <岡井浄幸先生のホームページ>
- 一般社団法人 嘉祥流観相学会
- <岡井浄幸先生の著書>
眉を変えるだけで運命が変えられる
異常に! 当たる 顔相学
男は見かけで選びなさい
インタビュアー:石坂育仁(いしさかやすひと)

北海道及び山梨県の中小企業向けに事業承継支援及び
後継者教育支援に取組む経営コンサルタント。
一般個人向けには、「気付き」をテーマに「マインドマップ」
及び「呼吸法」の講座を行っています。
中小企業診断士、社会保険労務士
HP:『人と企業に新しい気付きを』
発行メルマガ:『理想のあなたへの「気付き」』
インタビュアー:京牟禮彩(きょうむれあや)

つらいなぁという時、不安だなぁという思いは、誰のなかにもあるのもです。
「日常における様々な悩み」「生きていく上での不安」を大切にしながら
よりイキイキと生きていくためのお手伝いを行っています。
カウンセリングや呼吸法レクシャーを中心に活動中。
臨床心理士 ブレスプレゼンター(呼吸法講師)
インタビュアー:倉橋竜哉(くらはしたつや 日本メンタルサービス研究所 代表理事)

日本マイブレス協会の代表を務める。
日本マイブレス協会では、ブレスつまり息をコントロールする
「呼吸法」を通じてココロの穏やかさとカラダの健やかさを
お伝えする講師の養成を行っています。
HP:日本マイブレス協会
著書:「呼吸で心を整える」 「呼吸を変えると、人生は良くなる」
発行メルマガ:毎朝1分☆天才のヒント