第108回目(1/4) 佐田 弘幸 先生 佐田意識工学研究所

「潜在意識の使いこなし」に慣れることから始めました。

今回のインタビューは、佐田意識研究所の佐田弘幸(さだひろゆき)先生です。

佐田先生は自らの経験から、今では「引き寄せの法則」と呼ばれているシンクロニシティをテーマに、潜在意識の構造を研究されています。

潜在意識の使いこなしのプロセスで、"ありのまま思考"を能動的に発展させた「ゼロ思考」や、陰陽の対称性を基軸にした「思考対称性の法則」、さらには、今までタブーとされたマイナスの言葉を多用する既存のルールを壊した独自の「ゼロ思考アファメーション」などを提唱されています。

瞑想との出逢い。その体験から気づかれた世界感を、最初の著書タイトルと同じ「すべてはうまくいっている」という視点で語っていただきました。

インタビュー写真

◆社会人になるまで、どのように過ごされましたか?

子どもの頃は、絵や漫画を描くのが好きでした。世代で言うとリアル「ガンダム」世代です。

趣味が高じて、遊園地で似顔絵描きのアルバイトにまで発展しました。

その後、大阪芸術大学の映像計画学科に入学します。同期では、エヴァンゲリオンで有名になった庵野くんがいました。

ただ、私は映像より油絵がやりたかったので、大学を1年で辞めたのです。その後1年間、バイトお金を貯め、大阪芸大の付属の専門学校に入り、油絵を学びました。

ここで初めて「自分とは何か?」と根源的な自問をする体験が起こったのです。

学校は二年生で、一年目はデッサンや色使いの基礎練習。二年目からは自由課題となります。

一年の時に、課題の作品が優秀だと、参考作品として学校に納めます。それがステイタスでもあったので、私はそれを目標にし、リンゴやバナナ等の静物デッサンの練習を毎日していました。

その甲斐あって、私の作品がほぼ毎回参考作品に推薦されるようになったのです。

ところが、二年生になって「好きなテーマで描きなさい」となった時のこと。

つまり、基礎デッサンのように「何かを見て描く」という課題がなく、自由に描いてよいとなったら、とたんに何を描いてよいかわからないのです。

今までは模写の練習もしていたため、○○風という絵は描けました。

しかし、オリジナルの「自分の絵」となると、どのように描いてよいか分からない。心から描きたいモチーフも浮かんでこない。

自分は絵が好きだと思っていたけれど、自分の絵ってなんだろう?

そもそも自分ってなんだろう?と初めて自分に向き合って・・・でもわかりませんでした。

自由を求めて芸術を志したはずが、足かせが外れ、本当に自由になると、今度は何をしてよいかわからなくなったのです。

今思うと、既存の枠組みに反発はしていたけれど、その実は窮屈さにただ反発することが目標になってしまい「何を描きたいのか?」という根本的な部分がおろそかになっていたんですね。

しかし、そのときは、漠然とした不安があるだけで、悩みの本質がわかりませんでした。

◆その葛藤からどうやって抜け出したのですか?

絵の題材を見つけるため「記録としての写真をたくさん撮っていたら解決の糸口が見つかるのでは?」と考えて、写真を撮ることを始めました。

すると、元来メカ好きの私は、道具であるカメラやレンズをいじることにも魅かれていきました。

また油絵と違って、作品になるまでの時間が短縮できる部分も写真の魅力だったのです。

写真だと、シャッターを切れば、何か映ります。たくさんシャッターを切るととりあえず作品ができる。

写真の本質はそう甘いものではないのですが、そのときの私は、新しい挑戦への刺激で、根本的な問題から目をそらしていったのだと思います。

こうして油絵で0から1を生み出せなかった私は、写真にはまっていきました。

卒業後の数年間は、写真を勉強するという名目でバイトをしていました。

そのときは、芸術系の仕事をあきらめる勇気もなく、自分の可能性も捨てきれず、漠然とした不安を胸に抱きながら、ただバイトですごす毎日を送っていました。

目標が見えない時期は、一人になったとき、不安に襲われ、孤独になります。

知人から仕事の悩みを聞くと「就職しなくてよかった」と思う反面「就職していない自分は何をやってんだ…」という自責の念も湧いてくるのです。

今思えば、そんな内面の葛藤を、知人に気づかれないよう、自分でも気づかないよう、無理して明るい自分を作り上げ、人に接していたように思います。

そのときは無意識でしたが「普通のことをしたくない、芸術家肌の破天荒な自分。だから就職もしない」というセルフイメージが自分の鎧でした。

さらにバイトでも、デッサンの時と同じく、成果を出す工夫をし、生産性の向上にゲーム感覚で挑戦するところがあったので、ありがたいことに経営者から高評価をされていました。

褒められたら素直に嬉しいのです。

しかしその反面、他者からの評価が高くなった分、自己評価との落差が激しくなります。

そうして、本当の自分に向き合うのが、ますます怖くなっていったのです。

この時期の体験が「褒められるのが苦手で、褒められるほど自分を否定してしまう」という反応を抱え込む原因となってしまいました。

ここでも「器用に技術が向上しても、心底努力をしていても、本当の自分は何がしたいかがわからない」という悩みの本質は変わらなかったのです。

それでも後にスタジオを併設している広告代理店にカメラマンとして入り、その後はアートディレクターになったのです。

ここでも元来の器用さが、良くも悪くも根本の自分を見失うような構造になっていたのですね。

まだ、この時点では根本的な葛藤からは抜け出せなかったのでした。

本当の意味で葛藤から抜け出したのは、瞑想に出会って、しばらくしてからです。

◆瞑想と出会ったきっかけを教えてください。

ちょうどバブルの終わった後くらいに仕事の見直しをしたいと考えました。

それは、自分のデザインが今までの使い回しのパターンになっていると感じていたからです。

いくらクライアントから評価が高くても、自分では仕事をこなしているだけ、という意識がそう思わせたのでした。

私は元来が飽き性なので、仕事がルーティンになると、刺激がなくなって面白くなくなり、やる気が起きなくなるのです。

しかし今までは忙しかったため、自己の可能性の開拓は後回しにしてきました。

そんな時のこと、経営コンサルタントの知人へ「インスピレーション開発に良いものは無いのか?」と訪ねたところ、彼は「瞑想だ」と言ったのです。

「え?寒い禅寺で目をつむって 、少しうとうとしたら棒でバシッと叩かれるあれ?」と聞いたら「いや、もっとポピュラーなやり方があるよ」と教えてもらったことが瞑想に進むきっかけでした。




インタビュー写真


◆どんな風に取組む瞑想だったのですか?

堅苦しい姿勢はせずに、普通のイスでもソファーでも、リラックスできる姿勢で座り、朝晩20分ほど心の中で、マントラという聖なる音を繰り返し唱える、という手法でした。

それなら自分でも出来そう、そう思って瞑想セミナーを受講しました。

その後、仕事も少し余裕がとれるようになっていたので、昼休みの10分〜20分で瞑想を始めました。

我々は普通、目をつむると集中する対象がなくなり、心が暇になって、そのうち寝てしまいます。

しかし、マントラという集中する対象があれば、意識を保ったまま、目をつむってもリラックスして集中した状態が保てるのです。

それが気持ち良いので、休憩の1時間、昼食をとらずに、まるまる瞑想するようになりました。

夕方、仕事が終わっても、暗室にこもって、そこで1時間ほど瞑想を続けていました。
(暗室:フィルムの現像をするための光を遮断した部屋)

◆瞑想をしているときは、どんな感覚でしたか?

ある時、瞑想 状態に入っていると、潮騒のような音が「シャー、シャー」と繰り返し聞こえてきました。

「音もないはずの暗室なのに潮騒の音?」 これって幻聴?と思いながら聞いていました。

しばらくして気が付いたのですが、それは自分のいびきだったのです。

「あれ、自分の身体が寝ているよ」と。

「では、身体は起きるのかな?」と思って、起きようとしたが、これが動かない。

身体は寝ていますが意識はある、つまり金縛りのような状態なのですね。

「起きろ、起きろ!と念じながら、まず指から動かしてみよう」そう思いながら、指に意識を集中させ、動くように念じました。

すると指が少しずつ反応を始め「あっ動く。動くぞ!」となって、身体が動き出し、身体も目覚めさせることが出来たのです。

瞑想に慣れてくると、始めて15分くらいすれば、身体だけが寝て、いびきをかき、意識が目覚めている状態が現れるようになりました。

◆瞑想で良いデザインが出るようになりましたか?

はい、瞑想中にデザイン画がいくつも現れる幻視の体験をしました。

「自分は夢を見ている」と自覚しながら見る夢を明晰夢(めいせきむ)と言います。

しかし私がそのときの瞑想時に見る映像は、フラッシュ的で、ストーリーを伴った明晰夢とは少し異なりました。

明晰夢にせよ、瞑想時のフラッシュ的な映像にせよ、ほとんどが受動的です。しかし、瞑想を始めた当初 の目的が、インスピレーション開発 でした。

ですから瞑想中、能動的に「良いデザインよ、出てこい。役立つデザインよ、出てこい」と繰り返し念じていました。

するとA4比率で切り取られたデザイン画が、フラッシュ的に現れては、スッと消えていく数が増えたのです。

いくつか現れる中で「これだ!」と思った時に「・・・起きろ。起きろ。!」と例のごとく自分を起こしました。

部屋の明かりをつけ、横に置いていたスケッチブックにサインペンを走らせることを繰り返していたのです。

そこから生まれたデザインは、自分の傾向とは違うものがたくさん現れていました。

ですから、瞑想を習った当初の目的であるインスピレーション開発に対して、ほぼ満足が得られたのです。

◆デザイン以外で瞑想の成果はありましたか?

面白い現象としては、シンクロニシティと呼ばれている「意味のある偶然の一致」でしょうか。

その時付き合っていた彼女と、バレンタインデーの日にレストランに行く約束をしていました。

しかし私は、店も決めず、予約を取らなかったのです。

そのときの私は「自分で場所を決めなくてもよい!そのうちに決まる」とおかしな感覚というか自信がありました。

もちろん彼女にそれを真剣に言うと、ひっくり返ってしまい「ほんま、早く予約せんと!あんた、大丈夫?」とあきれられました。

しかし私は「うん大丈夫。きっとよい場所が取れるから」と言うだけで、具体的な行動をとらなかったの です。

ある時、瞑想を終えて暗室から出て来た時に、たまたま流れていたFMラジオの番組で「ブルーノート10組20名様にペアチケットが当たります」と流れていました。

「おぉ!来たー!」と、FAXで応募したら、見事に当たったのです。

そういう偶然が 1つだけではなく、いくつか重なるようになって、自分の心と外側の世界は、ひょっとして繋がっているのではないか?と疑問を持ち始めました。

◆他にはどんな体験がありましたか?

瞑想中の夢のようなものの中に、その当時の布施駅のニチイ(現在のイオン)の入り口の所に宝くじ売り場があって、そこを3メートル位の高さから見ている私がいました。

すると「買え」って声が聞こえたのです。

布施駅のニチイには行かなかったですが、ずっと気になっていました。

ある時、大阪駅地下街のホワイティ梅田の宝くじ売り場で、1枚だけ買ったら、少額ですが3万円当たりました。

その時、欲しいものがあったのですが、ちょうどそれが買えるぐらいの値段でした。

この他にも外と内がつながっているような出来事が色々起こってきて「世間には、もっと瞑想を使いこなしている人がいるのでは?」と書籍を調べてみたところ、ジョセフ・マーフィーの「眠りながら成功する」を見つけたのです。

そこには、自分と似た体験をした人の事例がたくさん載っていて、願望は叶うとか、強くイメージしたら願いが叶う とか、書いてありました。

やはり、望みを叶える場合は、受動的ではなく、能動的にイメージするんだな、と確信したのです。

じゃあやってみよう、と思いましたが「一億円欲しい」と言っても、叶わなかったらせっかく信じたいのに信じられなくなる。それが怖かったので、現実性を感じない大きな望みはイメージしませんでした。

もっと些細なことから訓練して、潜在意識の使いこなしに慣れることから始めよう、と考えたのです。

今思えば、たいしたものが当たらなかったのが良かったですね。

信じようと思いたかった。だから「信じようと思う気持ち」を持続させるには、どうしたらいいか?と考えた結論から独自の訓練方法を作りました。




(次回につづく・・)

佐田 弘幸(さだ ひろゆき)   「佐田意識工学研究所」代表

大阪の広告代理店でアートディレクターのとき、能力開発に瞑想を学ぶ。
瞑想中に見えるイメージが、現実化する体験を繰り返し、心の世界と、この世界が、つながっている(シンクロの)可能性に興味を持つ。
船井総合研究所の招かれて講演をする。その講演の録音テープが船井幸夫氏を抜き1位となる。その後、船井総研のプロデュースにより、総合法令出版から「すべてはうまくいっている」を刊行。ベストセラーになる。
傾聴だけでなく、潜在意識にアプローチするカウンセラーであり、瞑想やメンタルトレーニングも教える教室も営む、執筆家。

<佐田意識工学研究所のホームページ>
 
カウンセラー養成講座

瞑想 実践WEB講座

瞑想マシン・ボイジャーエクセル

大阪、瞑想教室

<佐田弘幸先生の著書>
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幸せになるマイナス思考


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自分から自由になれるゼロ思考


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願望を必ず実現させるセルフトレーニング術



インタビュアー:荒川仁美(あらかわひとみ)

荒川仁美

株式会社サイドウェイズ顧問、コミュニケーションコンサルタント

ブレスプレゼンターとして、呼吸法を通じて「愛される豊かな人生」を
歩む人を育むことを使命とし、「人生を楽しむ自分になる」
「人と自分を比べない」「自分の成長を信じる」
この3点をモットーに、ココロとカラダが穏やかに健やかになる
「笑顔満杯の120分」のブレスプレゼント講座を開催している。
モットーは、人と人を笑顔でつなぐ架け橋になること!

HP:株式会社サイドウェイズ
ブログ:人生はいつだってハッピー


インタビュアー:倉橋竜哉(くらはしたつや 日本メンタルサービス研究所 代表理事)

倉橋竜哉

アイネスト株式会社、日本マイブレス協会の代表を務める。
日本マイブレス協会では、ブレスつまり息をコントロールする
「呼吸法」を通じてココロの穏やかさとカラダの健やかさを
お伝えする講師の養成を行っています。

HP:日本マイブレス協会
著書:「呼吸で心を整える」
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