第107回目(1/4) 深澤 里奈子 先生 湯河原リトリートご縁の杜

「旅館をやめて、教育業をやるんだ!」と決めました。

今回のインタビューは、湯河原リトリートご縁の杜の深澤里奈子(ふかざわりなこ)先生です。

温泉街として知られている神奈川県の湯河原町にて、2016年にココロとカラダが整う宿として「湯河原リトリートご縁の杜」がオープンしました。

肉・魚・卵・牛乳を使わないヴィーガン料理「未来ごはん」をはじめ、朝の日の出ツアー、リトリート瞑想などを体験することができます。

なぜ老舗の有名旅館をリトリート(自分を見つめなおす場所)としてリニューアルオープンさせたのか、自らもセミナー講師等を務める代表の深澤里奈子さんに伺いました。

インタビュー写真

「子どもの頃は、どんなお子さんでしたか?」

小学校4年生のときにこの旅館が建ちました。でも子どもの頃から人がずっと苦手だったのです。祖母の時代は、宴会旅館でして、朝から宴会、夜も宴会。私は苦手で、できるだけ入らないようにしていました。

しかし引っ込み思案のくせに「人前に立ちたい」という想いがありました。出来るだけ人の後ろに隠れていたいのに、友達が指揮者に選ばれたら「うらやましい」と思うのです。

5年生の時に「手を挙げるだけやってみよう」と思って班長に立候補したことがありました。それから2年間班長を続けたのです。それは勇気になりましたね。

大人になるまで忘れていたのですが、小学校の卒業文集に「将来の夢は教師になること」と書いていたのです。県庁に勤めていた父が「本当は社会の先生になりたかった」と言っていたのを聞いたのです。

その時代は公務員でも教師より県庁の方が稼ぎが良かったから県庁を選んだけれど、いつかは先生になりたいと思っていたそうです。

そして私自身が自分の学んだことを咀嚼して人に教えるのが好きでした。

「子どもの頃はどちらかというと引っ込み思案だったのですね」

26歳まで人の気持ちがわからなくて、人が得意ではありませんでした。今考えれば、気持ちがわからなくてっていうのは、「人をわかりたい」ということの裏返しでした。

「苦手なことは人の役に立つ」とスタッフには言っていまして、苦手だったり、苦労していることは、おそらく他の人よりも理想が高いので、苦労して学んでお役に立っているはずです。

それから、気持ちの起伏がすごく激しくて、一回気持ちが落ちたら、いつ上がってくるんだろうっていうくらい、ずっと落ち込んでいました。

いつも穏やかでいるにはどうしたらいいのだろうとずっと考えているのです。だからこそ、「穏やかにいるにはどうしたらいいか」というプロセスを教えることが出来ます。「人と話すには、どうしたらいいか」というプロセスも教えることが出来ます。

スタッフに「これ嫌です、苦手です。」って言われると、「チャンスだねー、それがお役立ちの場所だよ。」って伝えてあげます。実際に、それがお役立ちの場所かはわからないですけど、その瞬間はやる気になるし、抵抗感がなくなるのです。

実際に苦労してやってみたら、理想が高いので伸びるじゃないですか。人に教えられたりとか、人の見本になっていったりとか、その姿自体が、ああすごいなって思われる人になっていくので、苦労と苦手はチャンスです。

これは、自分が苦労と苦手が多かったから分かるのです。何かを克服したったいうことが、物語になって、人に勇気を与えていることは多いですよね。素晴らしい方のインタビューを聴いていると必ずそこに苦労がありますよね。だから、人の話を聴くっていうのは、すごく勉強になります。

「どうやって旅館を引継がれたのですか?」

祖母が一代目、母が二代目、私が三代目で、母は裏方で素晴らしい働きをしていましたが、表に立つのは得意ではありませんでした。

祖母の見立てとしては私に対して「この子は何かを持っている」と思ったらしいのです。だから早くこの子に継がしてしまったほうが話が早いと考えたみたいです。

私は大学が会計学科で、会計士の勉強をしていたので、祖母は、私が会計士になったら家を継がなくなってしまうので、そうなる前に早く継がせないといけないという焦りがあったみたいです。

25歳の時に跡継ぎとして入ったのですが、宴会をやるのが嫌になってしまいまして「個人対応の宿で修行をさせてください。勉強させてください」と言って、他の旅館で修行を1年間して戻りました。

それまで宴会旅館だったところを「申し訳ないけれど、私は宴会とかは出来ないから、私は個人と一対一でお話ができるような宿にしたいです。」と言いました。

26歳で旅館を継いだときには、リニューアルをしていただいて、個人の対応の宿にしていただきました。

「引継ぐ前から働くスタッフの方もいらっしゃったのですか?」

当時、スタッフの平均年齢が60歳でした。私が生まれたときから、おしめを変えて育ててくれたような人達だから「りなちゃん」と呼ばれていました。

「ミーティングやります」って言っても誰も来ないのです。「ミーティングってなんだ?」って感じです。話しているのだったら、掃除した方が効率的だと言われるわけです。




インタビュー写真


「引継いだ頃はどのようにされていたのですか?」

当時はとにかく「こうやっていきたい」という想いを伝えていきました。新しい人も入っていただき、調整をしながらやっていきました。

祖母がありがたいことに「里奈子のいうことをちゃんと聞きなさい。」と言ってくれました。

普通は旅館の跡継ぎは大変なのです。先代の想いがあるから、先代の通りにみんな動くので、事業継承は大変なのです。

祖母は見立てが良いというか、未来を見る力があったので、自分がいつまでも気張って昔の方法を言っても、未来は自分がやる訳じゃないのだから、早いこと新しいやり方に切り替えてもらって、責任を持ってもらったほうがいいという考えでした。だから、私はいきなり自分でやっていかなきゃいけない感じでした。

「一般的に跡継ぎは社内で何年か勉強してから引継ぐケースが多いと思うのですが、1年間修行に行って戻ってきたら、いきなりバトンタッチだったんですね」

そう、でもやらしてもらったほうが、私も楽だったのです。

もしも、普通に責任がないところでいろんな仕事をしていたら、基本的に隠れて逃げていたいタイプだったので、逃げていたかもしれないです。

でも、正面に出されてしまいました。きっと小さい頃からの潜在意識から考えたら、前に出たいっていう想いが現実化したのでしょうね。

その時は、苦労したのでわからなかったのですが、潜在意識では「ほら出してやったよ、何焦ってるのよ。望んでいたでしょ」という感じなのでしょうね。

それが今では「前に出るのは、得意です。しゃべらせてください」と自分から言うようになりました(笑)。

人間って面白いですね、変わるんですね。今の方が自然です。26歳までのほうが無理していました。

2000年に引継いだのですが、そこから8年間は祖母から引継いだ旅館をより良くしようという想いでやっていました。

はじめは、観光中心の旅館として、懐石などの旅館料理を出していました。ミシュランで好評価をいただけるような、お料理的には素晴らしいお料理だったのですが・・・

2008年に旅館のあり方を大きく変えてしまいました。

「旅館をどのように変えられたのですか?」

私はここに生まれて「旅館を継ぐんだよ」と言われて育っているので、素直に旅館を継いでみたのですけれど、その中で自分の本当の好きなことに気が付きました。

人が苦手で、しゃべるのも苦手だったのですけれど、人が好きだったのです。

ある時、自分の人生を振り返ってみて「今まで何のために選択をしてたのだろう」と考えてみたら、自分の結婚も含めて「旅館のため」にすべて選択してきたことに気付いたのです。

もう旅館はやめよう、旅館は嫌い!と思って、「一日旅館をやめるDAY」を勝手に作りました。

旅館をやめたら何しよう、こんなことをやりたいなぁって、自分で深堀していって、その中で、人の変化と成長がすごい好きだって気付いたのです。

「もう旅館をやめて、教育業をやるんだ!」と決めました。学校の先生、塾の先生、セミナーの講師・・・どれにしようかと。

でも、大学で教員免許は取らなかったですし、セミナーといってもまだ自信がないし、教育業をやるにはどうしたらいいんだろう、誰にやりたいのだろうって考え続けました。

その時30代だったので、20代に自分がいろいろと経験をしてきたことを20代の女性に伝えていきたいなぁと考えました。

「20代の女性に女性が自立して、意識が整っていくような仕事をしよう!」と決めて、次の日に旅館に行ったら20代の女性スタッフがうちにいっぱいいたのです。

「ああ、ここだったんだ!」と思いました。それで、自分の中で明確に教育業になりました。

教育をやりたいのだから、 スタッフの教育をやっていこうと決めました。

2008年から私は同じ場所で一人転職をして、私の中で旅館業はそこで終わりました。




(次回につづく・・)

深澤 里奈子(ふかざわ りなこ)   「ご縁の杜 株式会社」代表取締役/女将

2000年に26才で旅館の女将を引き継ぎ、3代目として事業継承。
2008年より理念経営を中心軸としたスタッフ教育を行い、部屋稼働90%の繁盛旅館となる。
教育事業も同時に行い大学講師を務める。
2016年 新たな試みとして、潜在的医療を目指し、心理学 脳科学の教育事業に加え 「食養生」としての宿に転換。
「湯河原リトリート ご縁の杜」として、生き方への「気づきの場」を創り出している。

<湯河原リトリートご縁の杜のHP>
ココロとカラダが整う宿「湯河原リトリートご縁の杜」

<スタッフブログ>
読むと奇跡が起こる!

<フェイスブック>
ご縁の杜 Goen no Mori 〜人生に変化が起る宿〜


インタビュアー:荒川仁美(あらかわひとみ)

荒川仁美

株式会社サイドウェイズ顧問、コミュニケーションコンサルタント

ブレスプレゼンターとして、呼吸法を通じて「愛される豊かな人生」を
歩む人を育むことを使命とし、「人生を楽しむ自分になる」
「人と自分を比べない」「自分の成長を信じる」
この3点をモットーに、ココロとカラダが穏やかに健やかになる
「笑顔満杯の120分」のブレスプレゼント講座を開催している。
モットーは、人と人を笑顔でつなぐ架け橋になること!

HP:株式会社サイドウェイズ
ブログ:人生はいつだってハッピー


インタビュアー:古川直子(ふるかわなおこ)

古川直子

野菜料理研究家 製菓衛生師

古来、日本人が行っていたそのバランス調整の仕方を、
現代の私たちが、次世代に伝えていく必要性を感じる。
人の幸せの源泉は家庭料理にあると考え、家庭料理としての
お惣菜を提供する場を作ろうと決意し、準備を始める。

ブログ:お野菜ともっと仲良くなりませんか


インタビュアー:倉橋竜哉(くらはしたつや 日本メンタルサービス研究所 代表理事)

倉橋竜哉

アイネスト株式会社、日本マイブレス協会の代表を務める。
日本マイブレス協会では、ブレスつまり息をコントロールする
「呼吸法」を通じてココロの穏やかさとカラダの健やかさを
お伝えする講師の養成を行っています。

HP:日本マイブレス協会
著書:「呼吸で心を整える」
発行メルマガ:毎朝1分☆天才のヒント


インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)

鈴木明美

セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、ゲシュタルトファシリテーター、NLPセラピスト、
交流分析士1級、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren


インタビュアー:八木橋寿美子(やぎはしすみこ)

八木橋寿美子

あなたのいる空間は、あなたにとって心地よい空間ですか?
ピカピカに片付いた部屋が心地よいと感じる人もいれば、
おもちゃ箱のようにモノがあふれた空間を心地よいと感じる人もいます。
「部屋は心の鏡」と言います。
呼吸法で心を整え、思考の癖を知ることから、
あなたにとって心地よい空間を手に入れてみませんか。

ライフオーガナイザー(思考と空間の整理)、ブレスプレゼンター(呼吸法)
HP:つながるいえ

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