第99回目(1/4) 岩松 正史 先生 傾聴講師 株式会社あえるば

カウンセリングの先生が、実は聴けていない!?

今回のインタビューは、「聴く人が楽になる傾聴スキル」を教える
傾聴講座 講師の、岩松 正史(いわまつ まさふみ)先生です。

岩松先生は、株式会社あえるば・飯田橋カウンセリングルーム代表も
務めていらっしゃいます。

「相手は喜ぶけれど自分は苦しい」ものと捉えられがちな「傾聴」を、
「相手も聴き手も楽になる」コミュニケーション技術として、
「傾聴」に特化した講座を8年間、続けてこられた先生に、
「感情をそのまま受け止める」傾聴の神髄、効果、可能性などについて、
お話しを伺いました。

インタビュー写真

「子ども時代は、どのようなお子さんだったのですか?」

最初に住んでいたのが今の羽村市、当時西多摩郡羽村町という小さな町だったのですが、ガキ大将でかなりいたずらをしましたね。小学校1年生の時に父親の都合で長野県諏訪市に引っ越しました。そこでも1度引っ越しをしましたが高校卒業まで長野県にいたので、出身は長野県という事になります。

最初はガキ大将だったのですが、人間面白いもので引っ越しするとそこには既にガキ大将がいるんですよ。だからそこになじむために、性格がおとなしくなっていき、引っ越しを機に、ひとの顔色をうかがう習慣がついていきました。

「中学時代はどうでしたか?」

もうおとなしかったです。今でいうオタクみたいな感じで。アニメが好きでテレビにはまっていました。社交的なオタクはあまりいないかもしれませんが、私も帰宅部で、まじめでプライドが高く、人を寄せ付けない感じでした。

同じアニメ好きの仲間がいて、その仲間達と一緒にいました。その頃パソコンが少しずつ普及し始めたのですが、父が機械関係の仕事の為、早い時期から自宅にパソコンがありまして、パソコンを通じてだんだんとゲームに夢中になっていきました。

「やりたいことや夢はあったのですか?」

最初になりたいと思ったのは、幼稚園の頃の電車の運転手。あとは月並みですが当時活躍されていた村田兆治選手にあこがれ、野球選手になりたいと漠然と考えていました。小学3年生の途中までは野球部に入っていたのですが、うまいチームメイトや怖い先輩になかなかなじめず途中でやめてしまいました。

高校は地元にある私立高校に推薦で入り、大学もそのまま系列の大学の東海大の経済学部に行きましたが、その頃はやりたいことも特にありませんでした。

「大学に入られてからは?」

大学は経済学部だったので、専攻はもっぱらパチンコ経済学。そんな学部はないのですが(笑)。毎朝8時半にはパチンコ屋さんの前に並んで、夜の10時頃までほぼ無欠席で通いました。アルバイトもしていましたが日々のパチンコの赤字を埋めるためのもので、それを延々と繰り返すという生活でしたね。特に目標もやりたいこともなく、卒業して計算してみたら車一台買えるくらいの赤字でした。

「卒業後は?」

コンビニで3年半でアルバイトをしていたのですが、当時コンビニは成長産業で色々拡がって面白いかなと思ったのがひとつ。それから、物が売れていく様子を見るのが好きでした。商品の並べ方ひとつで売れ方が変わったりするので、売り方の工夫をしたりするのが面白くて。

ファミリーマートを第一志望で就職活動を始めまして、サービス関係、小売りを中心にまわっていたのですが、結局第一志望にそのまま入ったという感じですね。就職してからは、とにかくがむしゃらでした。最初は花小金井、その次に府中で店長をしていたのですが、アルバイトが全然たりなくて24時間働いている時期もありました。

その後、縁もゆかりもない宇都宮に異動することになり、スーパーバイザーという店舗指導担当になってからは、また面白かったですね。オーナーさんはまだ知らないけど自分は知っている売り込み方があったり。売り込めば売り込んだだけ売れる時代だったんです。当時は非常に変化があって面白かった。

その後、中堅の立場になると売り込み中心から、もっと難しい問題を抱える店舗を担当することが増えてきました。売り上げは少ないけどめちゃくちゃいい人柄オーナーさんのお店とか。何ともできないのでつらいですよね。そのうちにおにぎりを一個多く売ることへの情熱が冷めてしまったんです。昔はすごく楽しかったのに。こんなの売ってどうなるのっていう感覚を持ち始めてからつまらなくなって、辞めてしまいました。

「その後はどうなさったのですか?」

手に職をつけたいと考えました。コンビニの仕事は毎年同じことを繰り返しが多いんです。クリスマスシーズンにはケーキの予約、その少し前にはボジョレーヌーボー、それからおせちの予約、年賀状。年が明けたらまたイベントがあって、そのノルマをこなしていく。毎年それがやってくる。ただ、それをこなしても自分のスキルが向上していく感覚が持てませんでした。

そこで文系の私が身につけられる手の職はないかと考えて、ウェブ制作の会社に転職しました。当時29歳でしたので今思うと無謀です。29歳という年齢はプログラマーの世界では引退する年齢なんです。先輩は全部年下。保険もきちんとしていないし労働時間の管理もない。そこで1年半頑張ったんですけれど、結局体調をくずして辞めてしまいました。

辞めたのも面白いタイミングで、新婚旅行の2日後でした。新婚旅行に行く前から疲れていて、一週間ぐらい休んだら気分転換になるかと思って行ったのですが、帰ってきて2日目に頭の中が真っ白になっちゃったんです。これはだめだと思い、会社に行かなくなりました。

人生で初めてメンタルクリニックというところへ行き、そこの臨床心理士さんに言われた一言で救われました。当時私の中では仕事は続けるか退職するしか二者選択しかないと思っていたんです。でも臨床心理士さんにこう言われました。「何で休まないの? 休職すればいいじゃない」と。それがきっかけでまず休職をして、1ケ月くらいして冷静に考えられるようになってから結局辞める決断をしました。


インタビュー写真


「退職後は?」

今の会社の社長は大学の一つ上の先輩で、学部が一緒、コンビニで3年間一緒にアルバイトをした仲です。その先輩が慕っている大学の恩師である現会長、藤原直哉氏の会社に就職したんです。私の失業を知った先輩が、「ウェブができるのなら会社のホームページでもやらないかと会長が言ってるよ」と声をかけてくれ、行くことに決めました。

「その時の仕事内容はウェブデザインですか?」

いいえ。ホームページをいじっていていいよと言われただけで仕事は与えられず、「自由にしていていい」と言われました。それでパソコンをいじっていたのですが、そのうち「何か好きなことやればいいじゃないか」と会長に言われて、四谷にある韓国語学校に平日の昼間から毎日通いました。お金は自分で出しましたけど、午後の1時から5時まで、平日5日間。

当時はまだ韓流ブームの前だったのですが、会話をしたかったんです。そのあと会社関係のNPO団体のイベントで、韓国でイベントをやったりしました。エスペラント語ってご存知ですか?

「世界共通語!」

すごいマニアですね(笑)。当時会社がリーダシップの研修用に開発してあったビジネスゲームを、日本語と韓国語とエスペラント語の3カ国語に翻訳して、韓国の同じ会場で同時開催しようとわけのわからない会になったんですけれど、そのイベントの取り仕切りをしました。

「そのファシリテーターという感じですか?」

要はとりまとめですよね。

「そこから、どのように傾聴の方に進んでいかれたのですか?」

一つも傾聴の話をしてないですね(笑)。それが、韓国の方とは僕と気質が合わなくて、結局、それは止めたんです。その後は会長のかばん持ちをしたりしていました。

会長は1年中全国を飛び回っている人で、リーダーシップの研修もやっています。毎年一回合宿形式でやっている研修があって1日目と2日目の間にホテルで懇親会があり、そこで皆さんとざっくばらんにお話をすると、リーダーシップの質問する人は一人もいないんです。

うちの子がちょっと引きこもっててとか、家のローンが大変だとか、結構、個人的な話になるんですよね。それを聞いているうちに、だったら仕事の一環で個人的な相談を聴くのもあっていいかなと思って、カウンセリングを習い始めました。

民間のNPOがやっているカウンセリングスクールに行って、そこで1年半ぐらいみっちりと学びました。時間があったので、1日何コマか、多い時は月50コマ位受けましたね。

そこのインストラクターの資格を取ってやっていたんですが、1つだけ問題があって、そこのカウンセリングの中でも聴くのは大事だというわけです。でも、その先生は実は聴けないんです。どう考えても・・・。なのでちょっと違うなと。

「それは、アドバイスをしてしまうという事ですか?」

型が決められていたんです。入り口としては今は仕方なかったのかなとも思います。1つの型を持たないと新米のカウンセラーさん達がどの形からかかわっていくのかわからないというのは、よく解るのですが、どこかに当てはめてしまう事にもなりますよね。結局型に当てはめようと思うとそちらに進むように誘導したくなるじゃないですか。

「寄り添っていないのですか?」

そうです。寄り添っている風味といいますか。表面的には寄り添っている言葉がけをするんですが、結局はオチに持っていくための言葉。これは自分には合わないと思いました。

そうはいっても私自身もまだまだうまく聴けなくて、クライアントさんとの間ですごく困ったことがあったりして、そんな時にたまたまそのカウンセリングの学校に一時期指導者として来ていた先生がいらしたんです。その方は傾聴専門に15年くらいカウンセリングをやっている女性の先生でした。

その先生は私と会った直後にそのカウンセリング学校を辞めていたんですが、聴くことを専門に習いたいと思ったので電話をして、飯田橋で勉強会をやっているという事を聞き、そこに通い始めました。聴くだけを専門的にやろうと決めたんです。当時32〜33歳でした。

「その先生の傾聴はすごい、違う! という感じだったのですか?」

その先生は口でいろいろ言いませんが、もう、生き方そのものが傾聴なんです。ミス傾聴ですね。

「黙ってそこにいらっしゃるだけで傾聴されている、という感じ?」

そうなんです。そしてこれがいいと感じる自分もまたいたので、その先生にお世話になることにしました。もう9年くらいお世話になっています。習い始めた当時は、子どもも生まれていて、仕事がないので焦りもあったんですけど、とにかくやるならこれしかないと思って、習い始めると同時に教え始めたんです。

なぜかというと、しっかり傾聴ができるようになってから教えようとしたらきっと一生できるようにならないだろうなと思って。当時のお客さんには申し訳ないとですけど。でもその代り、こちらも必死だったので年間400時間くらい聴く練習をしていました。

「それはマンツーマンで?」

グループもあるのですが、集中的にやりたいと思ったので、月に2回はマンツーマンの時間を取ってもらって。実は今でも月に1回かはマンツーマンで時間を取ってもらっています。

「それからずっと、傾聴講座を続けていらっしゃるのですか?」

そうですね。教えながら習い、習いながら教える・・・をずっと8年間そうやっています。

「教え始めて、感触はいかがでしたか?」

教え始めて、感触が欲しかったのですが、残念ながら当初お客さんが2年間くらいほとんどゼロでした。来ても1人なので、その時は開催するかすごく悩みました。マンツーマンでやる自信が正直言ってなかったんです。ペアワークだと聴く、聴かれるをやらないといけないじゃないですか。聴くのが下手なのがバレちゃいますよね。

相手の方も1対1だと嫌がる人もいるので、受講者が1名の場合は事前に電話して『どうしますか?』と確認していたんです。するとよく断られて。ですから年間で数人ですよ。そういう感じでずーっとやっていました。

「その頃、悩みませんでしたか?」

八方塞がりですね。世間ではコーチング、コーチングと言っている頃です。これしかないのでやっているのですが、傾聴なんてメジャーじゃないので、これやっていて大丈夫なんだろうかと思いつつ、振り返ってもしょうがないからやっていたって感じですね。


(次回につづく・・)

岩松 正史(いわまつ まさふみ)   傾聴講師 心理カウンセラー
                        株式会社あえるば・飯田橋カウンセリングオフィス代表
                        産業カウンセラー、心理相談員

長野県出身。東海大学政治経済学部卒。
コンビニエンスストア本部スーパーバイザー、システム開発プログラマーを経て大人の教育をする会社、株式会社あえるばに入社。2006年に横浜でカウンセラーによる無料悩み相談会を立ち上げ、多く人のサポートをしマスコミにも取り上げられる。2007年から引きこもり支援NPOの相談員を務める。
2010年から東京都千代田区、台東区の傾聴ボランティア養成講座に関わる。
2012年は飯田橋カウンセリングルームを立ち上げカウンセリングやセミナーを開催している。
その他、企業、団体向けのメンタルヘルスケア研修、講演だけでなく保育園、小学校、子育て支援施設などでのコミュニケーション講座の経験を持つ。
また厚生労働省管轄の神奈川県西部地域若者サポートステーション事業の立ち上げメンバーの一人として、1年で100回以上の面談を行った。
「脳と心を開いて人生を開く」を信条としてカウンセリングの枠にとらわれず心のエネルギーを上げると手伝いとしてアクティブ・ブレイン記憶術、アクティブ・ダイエットなども全国で展開。協会認定マスター講師を務める。
傾聴講座の開催は100回、800人を超える。

<岩松正史先生のHP>
【初心者のための傾聴1日講座】

<岩松正史先生のブログ>
【聴く人が楽になる傾聴スキル】

<岩松正史先生の著書>
cover
「ねえ、私の話聞いてる?」と言われない「聴く力」の強化書



インタビュアー:福田りこ(ふくだりこ)

福田りこ

あなたの中に隠された宝の箱を開けてみませんか。

潜在意識に直接アプローチする心理療法を中心に、
自己受容と自己変容のプロセスに寄り添って行きます。

心理カウンセラー
米国催眠士協会認定ヒプノセラピスト
HP:セラピールーム・サンクチュアリ


インタビュアー:大島まさあき(おおしままさあき)

大島まさあき

大島まさあきと申します。年齢は木村拓哉さんと同級生になります。

現在、働く悩み専門カウンセリングを行っています。
小田急 新百合ヶ丘で活動しています。
働くことに苦痛、違和感を持ったまま働き続けると
人生の大きな舵取りを誤る可能性があります。
自分を見つめ直す機会を持ってみませんか? お気軽にご相談下さい。
HP:働く悩み専門カウンセリング


インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
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