第93回目(1/4) 斎藤 学 先生 家族機能研究所

やりたかったのは、世の中の変動と連動として起こる人間の異常の研究

今回のインタビューは、嗜癖(依存症)や家族の機能不全に関する研究の
第一人者としてご活躍の、精神科医 斎藤 学(さいとう さとる)先生です。

先生は、共依存やアダルト・チルドレンの概念を、
日本に紹介・啓蒙された方でもあります。

行動する精神科医として、セルフヘルプ・グループへの活動支援など、
多方面で活動を続けていらっしゃる斎藤先生に、
家族療法やグループカウンセリングで得られるもの、
今後の展望などについてお話を伺いました。

インタビュー写真

「小さい頃はどのようなお子さんだったのでしょうか?」

小さい頃は、自己中心的でわがままでした。またそういう自分に気がついていなかった。年の離れた姉が2人いて、叱るよりも可愛がってくれました。今はないけれど、京華小学校でした。現在は早稲田の生涯教育センターになっていますね。中学から麻布学園に行きました。

「医学を目指されたのはおいくつくらいからですか?」

意外と遅くて、高校2年の終わりか3年の始めでした。著作としてのフロイトに、高校1年生くらいで接していたんです。銀座4丁目の本屋の2階で、フロイトの本を継続的に読んでいたんです。後でユングも読んでみたんですが、ちんぷんかんぷんで。フロイトの方が偶然は偶然として処理する、という考え方なので自分に向いていたんですね。

私は精神医学どころか、医学に進むことも考えていなかったんです。フロイトは心理学の人だと思っていたのですが、医学部出のれっきとした開業医だと聞いて、こういう仕事をするならば、文学部の心理学科ではなくて医学部なんだなと思って、急遽進路を変えたんです。

「フロイトから医学部に、ということだったのですね?」

元々は建築科を目指していたので工学系から生物系に変えました。東大はその頃、理科V類はなくて、T類・U類だけでした。医学部に進むには相当厳しい試験を受けて、受験勉強の連続になる訳です。大概は私のように、東大U類と私学の慶応や順天堂と併願するんです。それで、どっちかに受かるともうそこに入っちゃうんです。私もU類に受かりましたけれど行きませんでした。

昔の慶応は、3年時から編入生を取っていたんです。3年生から入ってくる人は色々面白い人がいました。親しくしていた人は3年時入学の人が多かったです。成績にしても何にしても外から来た人の方が飛び抜けていました。中高の時の友達よりも医学部の友達の方が面白かったですね。二十歳くらいからの友人で、今は72,3歳ですけど親密で仲良しです。

「精神科と決められたのはいつ頃ですか?」

もうフロイトからですね。医学部では、「私は絶対患者は診ないから」って言えば、やらなくてもいい科目もあるかなと思ったんですけど、ダメなんですよね。医者として教育されるんですよね。解剖学、生理学から一通りやって、いよいよ国家試験を受ける時に、安田講堂事件がありました。

当時、医局というものがありまして、そこが博士号をエサにして医局員を縛っていたんです。給料なして無給でこき使われていたんですね。それを止めようということで、全国の医学生で国家試験をボイコットしようとして、1回はやったんです。でも1/3くらいは裏切りがありました。

国の方がむしろ柔軟で、対応が早かったです。例年より1/3しか医師免許を取った人がいなかったんで危機感を持って、秋にもう一回、医師国家試験をやられちゃったんです。

こちらとしては、慶応病院にいても医者扱いしてくれない。千葉大からきた医局員が色々教えられているのを傍で見ていなくてはいけないんです。こっちも焦っていたところに、秋も国家試験をやりますと言われて、一斉に受けちゃったんです。ですから私は半年ばかり医者ではなかったんです。

「その頃は、何にご興味がおありだったのですか?」

私がやりたかったのは、世の中の変動と連動として起こる人間の異常なんです。異常な人間なんているわけないので、それぞれが防衛のパターンでしょう? それがたまたま病気と言われるパターンな訳で。

私がやってきたことを一言でいえば、今まで病気と言われていなかった人に病気の名前を付けていって、人間の定義をし直していったんです。大酒飲みとかアル中と呼ばれている人に、アルコール依存症と名前を与えると、いかにも病気みたいじゃないですか。

麻薬に使われていたaddiction(嗜癖)という言葉をやめて、dependency(依存)に変えようとか、WHOのそんな会議に研修で行かされていたんです。私は厚生省から派遣されたフェローとして参加したんですね。会議から戻ってきて厚生省の役人にならなくちゃいけなかったかもしれないのに、食い逃げだな(笑)。「臨床医としてもっと慣れてから行きます」と言っていました。

それで、ろくに現場の医者もやっていない時に、私はドラッグとアルコール依存症の専門家として定義付けされてしまったんです。だから普通、中年以降の権威者が書く「総説」という論文を書く仕事が26〜27歳だった私のところに来ちゃうんです。当時は、中毒と依存の概念がハッキリしていなかったんですね。

「依存症の研究に取組まれたのですね?」

当時、パーソナリティが決定的問題だとされていて、例えばアル中は、皆、世間の半端者がなると思われてきたんです。だから数も限られていると。

でも、そんなのは大嘘で、アル中とされてからパーソナリティが変わってくることはあるけれど、色々な人のパーソナリティの問題を超えて、色々な状況のもとにアルコール依存になる訳です。なってから同じような行動を取るだけです。

だから結核が、フランス人がなろうと日本人がなろうと同じ症状を示すのと同じように、アルコール依存症も同じで、同じプロセスとエンドステージがあるけれど、入り口のところには色々な人がいる訳です。

久里浜病院時代は、医者と半分厚生省技官という立場で、アルコール依存症の呼称や診断基準作りから各県にどれくらいベッドが必要かを推定したりしていました。ただ、私の案をそのまま使うのもまずかったみたいで、厚生省の先輩の名前で出したり、久里浜病院の幹部の名前で出したりしていました。でも、今使われている概念は殆ど私が作ったものです。


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「アディクション(嗜癖)に関心を持たれたのは、どういうところからだったのですか?」

普通は皆、嫌がる訳ですよ。精神病質(サイコパス)と呼ばれるような性格の悪い人達の問題だと思われていたから。だけど、大体医局の先輩達の半分はアル中に該当するんですよ。何かにつけて飲んだり、旅行に行くと裸踊りしたり、尋常じゃないんですよ。

午前1時の東京駅でもサラリーマンの泥酔状態をいっぱい見られる訳じゃないですか。あれをヨーロッパでやると皆、病人として収容されちゃいますよ。30〜40年前の日本ではそれがサラリーマンの常態だった訳です。

私は、久里浜式アルコール依存スクリーニングテストというレーティングスケールを作って、調査地点ごとに国勢調査の結果に合わせた男女比、年代のサンプルを作って、その人達の喫煙、飲酒、ギャンブルの行動の把握をするという研究をしました。この研究には通産省からかなりの予算が出ていました。

医者になり始めた時に、国外に出してもらったり、国のお金でリサーチさせて貰ったりしたので、恩返しではないですけど、しばらく久里浜病院にいたんです。アルコール科なんて他の病院にはないけど久里浜病院にはあって、そこの医長が私だったんです。

たいしたことしてないのに、アルコール依存の権威ってことになっちゃって、当時私のところに来た人はビックリしていた。小僧っこみたいなのが出てきて(笑)。

「久里浜方式は、アルコール依存症のリハビリプログラムとしては有名ですよね?」

それまで、最末期の人しかアルコール依存症患者は扱っていなかったので治らないし、シラフになっても全然違う人になっちゃう。行動が変わってしまうんです。抑うつ的になったり、几帳面な小心者の姿が見えてきたり。でも、お酒飲むと豪放なことをやったりね。

「あなた達は酒飲んで自分の基礎的なパーソナリティを誤魔化しているだけで、もっと大胆に生きた方がいいよ」って話になる訳。アル中つかまえて大胆にやれって言うのはおかしいんじゃないかって人もいたけどね。でも、診断は決まってるからつまらない。自分で「アル中です」って来るから、間違いないでしょう。

「あなたはアル中っていうより、むしろこっちでしょう?」っていう方が面白くなる。もっと面白かったのはアル中の人の妻。共依存って言うんだけど、共依存者の治療やった方がアル中本人をやるよりも治りがいいってことがわかってくる訳。そこから家族療法の世界に入っていったんです。

「嗜癖、依存症から、共依存、家族療法と進んでいかれたのですね?」

配偶者関係よりもキツイのは親子関係です。いい年した30〜40歳の引きこもり男と母親とか、18〜20歳の浪人生が金属バットで親を殺害したり、そういう家族内の事件が私の視野に入ってくるんです。

その頃は、そういう事件は貧困のしわ寄せとして起こると皆が考えていたんですよ。変わった家だとか特殊な例と思われてたんですね。私はむしろ、「ごく普通の、サラリーマンやってたり専業主婦やってたりする、特徴のない家でこそ数としては多いんですよ」と、一所懸命言わないといけないと思った。

ただ日本の児童については今でも貧困の問題ははずせません。児童や母親に廻す税金が極端に少ないんです。

「子どもの貧困の問題ですね?」

フランスは子育て支援が盛んで、結婚も同性婚が認められていて、同性婚の場合でも、カップル以外の異性との間に作った子どもが居たりします。家族の多様化ってことですよ。これが今の私の考え方になっていて、治療方針になっているんです。

日本では妊娠したら結婚するしかないとかね、多様性を認めない。皆、シングルマザーはアクシデントで起こると思っている。シングルマザーになりたくてなる人っていうのが生きられない状態になっているんです。過酷な人生の中で暮らさなくちゃいけない。

これが日本の女性の置かれている一番重要なところでね。子どもを産むこと自体が非常に難しいんです。待機児童とか、子育ても大変でね。「職業を持ってないと保育園にも入れないし、その職業につくには子どもが邪魔だし、どうすればいいの?」みたいな話です。私はこういうことの警鐘をずっと鳴らしてきたんです。

「家族療法についてはいかがですか?」

精神医学の枠内で考えて、1対1の精神療法なんて私は関心がないんです。むしろ、「あなたが置かれている状況がどんなものか自分で知ってよ。その為だったら私の知ってる知識は与えるし、足りないところは自分で勉強すればいい」って話ですよ。

これが私の背景ですから、当然、婚姻問題で苦労している女性や男性が来ても、またお父さん達の緊張状態に巻き込まれて変になっちゃったとか、学校行くどころじゃないっていう子どもが来ても、方針としては同じですよね。

話させる、そして聴く、これを徹底的にやればいい。心理療法の人達を見ると、スキルがどうだとかCBT(認知行動療法)がどうだとか、ロジャース派的な聴き方とかアクティブリスニングだとか治療様式の話ばかりしてますよね。

自分の知っている言葉で語ってくれるかどうかの方が大事で。その語りの中で精神療法家が何かをやった為に問題が解決するということが全くないとは言わないが、一部でしかないんですよ。

「それはどういう?」

例えば、脱毛症や深爪しちゃう癖、それからリストカットしちゃう人とか、そんなアクシデントみたいなことを習慣にしている女性がたくさんいます。こうした習慣化を止めるのは比較的簡単なのです。

問題は、そういうことを毎日やっていたについては何かのメリットがある訳で、そのメリットを捨てられますか?っていう方が難しいんです。

一定期間内、症状を止めることはできますけど、その人の持っている価値観その他が変わらないと同じことを始める訳ですよ。これはアルコール依存の時と全く同じです。

アルコール依存症の本人、それからその配偶者、その間の子どもという順序で診て来て、最終的には3方向から診て、三位一体ではないですけど、一つの問題なんですよ。だから家族そのものの人間関係の修正の話になります。

「家族全体の問題なのですね?」

私みたいに半世紀も精神科医やっていると、下の世代も配偶者を選ぶ。それにも立ち会わされる。そうすると同じようなパターンの婚姻を繰り返しているのが見えてくる。妻をもらったら、真底嫌っていた父親と似たような夫になったり。もっとも今の時代、男の方も結婚したがらなくなっていて、お母さん程度の妻にもなれない女性が多くなっています。

今、20代の娘さんのお母さん世代っていうと専業主婦に対する疑問が大いに湧き起っていた時代です。専業主婦バカ論とか。そういう中で娘さんを持ったお母さん達が言うのは、「ちゃんと男に伍して勉強して良い学校に入って」となる。男の子より女の子の方が母親の期待に添おうという意図が強いんですよ。

だからこそ、母を憎む子も多くなる。村山由佳さんの『放蕩記』みたいに「母はこんなにひどかった」みたいなことを言わせると止めどが無い人がいっぱいいますよね。逆に言えばそれだけ母娘密着です。冬彦さんの母・息子問題よりずっと深刻なんですよ。その娘達は、一世代上のお母さん達が婿さんを見つけるのよりもずっと見つけにくい。

「それはなぜなのでしょう?」

それは男達がバブル以後、「こんなに一所懸命汗水たらして300万か400万しかもらっていない。その金を、どこの馬の骨かわからない女になぜ与えなきゃならない」と考えるようになったからです。「君の収入で食べて、僕の収入は貯金に回そう」とか、堂々とお見合いの席で言う。男はよほど良い条件でなければ妻をもらわない。

一方では、家電から何から一人用の製品が出ている。そして、全国くまなく張り巡らされているコンビニチェーンが充実。この中でどうして結婚しなくちゃいけない?

(次回につづく・・)

斎藤 学(さいとう さとる)   家族機能研究所 代表、精神科医 医学博士
                   医療法人社団學風会さいとうクリニック理事長

1941年東京都生まれ。1967年慶應義塾大学医学部卒。同大助手、WHO研修生、フランス政府給費留学生、国立療養所久里浜病院精神科医長、東京都精神医学総合研究所副参事研究員(社会病理研究部門主任)などを経て、1995年より、家族機能研究所代表。
医療法人社団學風会さいとうクリニック理事長。医学博士。日本嗜癖行動学会理事長、同学会誌「アディクションと家族」編集主幹。日本子ども虐待防止学会顧問。日本トラウマ・サバイバーズ・ユニオン(通称:JUST)理事長。アライアント国際大学/CSPP臨床心理大学院 東京サテライトキャンパス 主任教授。
“現代の病”ともいえる過食-拒食症、アルコール・薬物・ギャンブルなどの嗜癖(依存症)問題に長年取り組む。現在、アディクション及び家族の機能不全に関する研究者の第一人者として、彼の研究業績および思索はあらゆる分野の人たちに示唆に富む問題を提起。また、行動する精神科医としても知られ、AKK(アディクション問題を考える会)、NABA(日本アノレキシア・ブリミア協会)、JUST(日本トラウマ・サバイバーズ・ユニオン)など多くの自助グループ・団体の誕生を支援。現在も、臨床の合間をぬって、全国各地で講演活動やワークショップを行うなど多忙な日々を送る。

<家族機能研究所のHP>
【家族機能研究所】

<さいとうクリニックのHP>
【さいとうクリニック】

<斎藤学先生の著書>
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依存症と家族


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インナーマザー あなたを責めつづける心の中の「お母さん」


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家族パラドクス―アディクション・家族問題・症状に隠された真実


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アダルト・チルドレンと家族―心のなかの子どもを癒す



インタビュアー:下平沙千代(しもひらさちよ)

下平沙千代

日本一やさしい女性ケアドライバーです。
タクシー車内がセラピールームになることも・・・、
アロマハンドマッサージや、ソース・ワークショップも開催しています。

ソース公認トレーナー、アロマハンドセラピスト、NLPセラピスト
レイキヒーラー、トラベルヘルパー、NPO法人東京シティガイドクラブ会員
ブログ:『幸せを運ぶワクワクセラピー ソース』


インタビュアー:川田史郎(かわだしろう)

川田史郎

マーケティングプロデューサー、コーチ。

現状を変えていきたい人、何かをはじめたい人の
コーチングをしながら、
解決策のプロデュースや事業化のお手伝いをしています。


インタビュアー:大島まさあき(おおしままさあき)

大島まさあき

大島まさあきと申します。年齢は木村拓哉さんと同級生になります。

現在、働く悩み専門カウンセリングを行っています。
小田急 新百合ヶ丘で活動しています。
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HP:働く悩み専門カウンセリング


インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
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