第92回目(2/4) 野澤 卓央 先生 小さなコツの専門家

幸せであるというのはどういうことか? 幸せそうだなと思ったら、話を聴きにいく

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「人に教えを請うスタイルになったのは、いつ頃からでしょうか?」

働いてから半年から1年くらいですね。

杉山君という高校時代の友達が、25歳で美容院をオープンして6年目で6店舗出すという“出来る子”だったんですね。当時自分の周りではそんなに出来る子がいなかったので、彼のところに、切るところがないくらい髪を切りに行って、段々仲良くなって家にも泊まるようになって。

彼がどんな本を読むのかだとか、自分と何が違うのかとか、彼を先生にして、自分が真似ていく。それで出来るようになるには、例えば「行動の癖なら1か月で出来るな」とか、「背筋を伸ばす姿勢は何か月かかる」とか、「心の癖なら半年はかかるな」とか考えていました。

そこからいろんなことを学んで行こうと思いました。僕は彼等が学んだ本から学びたくなくて、彼等が学んで噛み砕いてくれた言葉から学びたかったんですね。

「言葉から学びたかった?」

ある石油会社の元重役の方に可愛がってもらえて、経営や考え方、キリスト教を教えてもらったりしました。その後も、仕事で出会う方から、会社の商品の話はそっちのけで、仏教や心理学を教えてもらったりしていました。

「何を大切にしているのか」「幸せであり続けるには?」「10年、20年飽きずに心を込め続けるにはどうしたらいいのか」「物心ともに豊かにあり続けるにはどうしたらいいのか」を聴き続けたんです。

「お仕事で出会った方で、この人だ!と思う方に聴いていく…ということなのですね」

誰に会いたいとかはないんです。幸せそうだなと思ったら「聴きたい!」と思って、話を聴きにいくんです。

「聴きにいくにあたって、聴き出し方のコツなど、何か工夫をされていますか?」

成功する方法を聴いたことはないんです。「僕は小さい頃こういうことがあって幸せを求めている。幸せであり続けたい。何とか普通の人ぐらいに幸せになりたいという気持ちがある。だから、幸せになり方や、あなたが人生において大切だと思うことを教えてほしい」と言います。

僕は方法・手法・成功なんてどうでもいいと思っているんです。知りたいのは「人生において、生まれてから死ぬまでというその中で、幸せであるというのはどういうことだ?」です。

「勇気が要るのではないかと思いますが、そうでもないですか?」

純粋にわからないから聴いているので、そうでもないですね。自分にとっては、成功とかそういう話の方がよくわからないから、それを聴くよりは良いです。

その後、美容の方の仕事でも、営業しながら失敗しまくりました。DMを送った先から「こんなひどいチラシは見たことがない。意味がわからな過ぎだ。時間を取らせるな!」と、チラシの作り方のクレームの電話が掛かってきて、謝りに行ったらチラシの作り方をいろいろ教えてくれました。

最初の頃は美容の商材も全然わからないから、美容師さんの方が詳しくて、営業先の美容院で夜中までその人がうちの商品の説明をしてくれたりしました。それも「ああー、そうなんですねー」って聴いて。どんどんそういう人から学んでいきました。アホで素直が一番だと今でも思っています。

「“教えてもらえる力”がお有りだと思うのですが、それは何だとお考えですか?」

今になって思えば「師匠のお役に立とう」と思ったことが良かったと思います。

教えてもらう力といっても、教えてもらおうと思って教えてもらうわけではないんです。心の中に「こんなに人生において貴重なこと、お金では換えられないことを教えていただいている」という気持ちがありました。時間を取らせていることに対しての申し訳なさや感謝の気持ちが溢れて聴いていたと思うんです。

例えば一人目のお師匠様だった石油会社の元重役の方は、一年くらい経ったら、段々すごく時間を取ってくれるようになったんです。丸一日、ずっと二人で美術館にいたこともあって、こんな方がこんなに時間を取ってくれるなんて…と申し訳なくなってきて、ある時それを伝えたんです。「あなたほどの方にこんなに時間を取ってもらうのは申し訳ない。独占しているようだし」と。

そうしたらその方が言ってくれたのは、思い出すと今でも泣けてきちゃうけれど、「君は僕の言うことを全部きちんとメモを取って、そして次に、やったことを報告しに来る。途中でわからなかったらメールを寄越して、“これはできません”とか“わかりません”と聴いてくる。それをずっと丁寧にやっている。

歳を取ると、自分の生きがいは人を育てることや教えることになってくるんだ。だから、僕が経験したことを君にはお渡ししているけれど、君は僕に生きがいというものをくれている。君が僕にくれていることの方が実は大きいんだよ」と。

それで「わかりました。ありがとうございます」ということがあった。


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「師匠のお役に立っていたのですね?」

仏教を教えてくれたおじいちゃん師匠もいました。その方はある研究をされていました。当時は誰も知らない分野でした。研究にはお金も必要です。30年くらい研究していましたけれど、費用的な面での限界も来ていました。

それでお金を作るためにと、商品を作ったんです。定価6000円のパックでしたが、見かけは2000円くらいだし、おじいちゃんが作ったから周囲にパックの需要がないんです。

それは友人の友人の義理のお父さんで、僕は美容の会社にいたので「親父が69歳で起業するから手伝ってほしい」と言われて「そんな思いがあるなら話くらい聴くわ」と会いました。一生懸命な方で、目がキラキラされていました。

何とか力になりたいと思って、その6000円のパックを1年間で6000個くらい売りました。もちろん定価だけじゃないですけど。費用も交通費も何にも貰わずにやって、自分の会社の売り上げを4000万くらい落としたんですよ。

でも嬉しそうにしている姿が嬉しくてやっていたら、1年弱経った頃におじいちゃんがいきなり「それは“直感力(ちょっかんりき)”と言ってね」と言い出して。「何それ?」と思ったら、おじいちゃんもまた自分の師から学んできた仏教の教えを噛み砕いて僕に教えてくれたんです。

おじいちゃんも仏教を知っているというよりは実践している人でした。ありがとうと言われないようにいろんなことができたり、何があっても心乱さず微動だにせず笑顔で。そういう生きざまに惚れて、人と人との関わりが嬉しくてやってみたんです。

ひすいこたろうさんなど、著者の方の本も、50冊とか100冊、平気で買います。買って皆に配るんです。「営業やナンパに使えるよ」とか、「コンパに使えるよ」とか冗談を言いながら。

そうすると「よかったよ!!」と、まるで僕が書いたかのように褒められる。褒められたらその言葉をまた著者の人に「こんなこと言われました」と届ける。100冊買って感想を届ける人なんて、もう、一読者じゃないでしょう(笑)。

「それはもう神様ですね(笑)」

狙ってやったわけではなくて、人生について教えていただくのに、本当に涙が出るくらい感謝があったんです。人生の時間において学んだことを教えていただくのは、いくらお金を払ってでも足りないものだと思うんです。その気持ちがあったから、何か違うことで返そうとしていたんです。

「お返しの姿勢、ですね?」

若いうちは、皆を喜ばすというより師匠を喜ばせていたということはあります。周りを喜ばせよう、とよく言うけれど、周りに対してできることなんて知れてるじゃないですか。できないことはできないし。好きな人に対してしかできなかったですけれど、好きな人を喜ばせることには、それはもう一生懸命でしたね。

「メールマガジンは、どういう経緯で発行されるようになったのですか?」

25歳からの1000日で、何千個という気づきをノートに書いていて。彼女に振られた時の立ち直り方とか、経営の失敗などの両方一緒に書いているノートがありました。それをひすいさんの3冊目の本に載せていただいたんです。

「ひすいこたろうさんとは、どういうご縁で?」

たまたま僕がひすいこたろうさんのメールマガジン(名言セラピー)の読者で、本が出たので買ったら「名言を募集している」と。僕にはおじいちゃん達の名言のストックが山のようにあったので、送りました。おじいちゃん達の言葉を送ったら、それはもうヒット続出ですよね。

それで3冊目の本に載ることになり、出版記念パーティがあったんです。そこで、「どうしてああいう名言が?」と聞かれて「実はこういう手帳にいっぱい書いているんです」と話したら「それ、メルマガにしたら?」と言われて、「じゃあやってみようかな」と。

その時に「なんでもいいんだけどね、1000日、心を込めてやると運ばれるよ」ということを聞いたんです。心を込めることが大切だというのは、実は後になって体感したんですが、1000回ということにまずは惹かれました。

始めようとしたけど、文章なんて書いたことがないし、パソコンもわからないので、ひすいさんのメールマガジンが当時950日目くらいだったので「50日間ひすいさんだけに送らせてください」と、ひすいさんだけに送って練習しました。それはそれはひどい文章を送っていたんです(笑)。

それでひすいさんが1001日目になった時に、僕は1回目を始めたんです。それがメルマガを始めた経緯です。

それまでの法則で「ああしなさい。こうしなさい」という言葉は役に立たないけれど、「こうしたよ」という言葉は比較的高確率でうまくいくことが多かったんです。「ああしなさい。こうしなさい」は想像の世界で、理論とか理屈では何とでも言えるんです。それより体験談から学ぶことが好きなので。自分も1000日やってみようと思い、始めたんです。

「実践しているひすいさんがおっしゃるから1000回やってみよう、ということで始められたのですね」

まあ、そうですね。でもそんなに重たくないですよ。やってるな、書いてるな、じゃあやろうかな、まずはやろう、ダメなら止めよう、と。

「書き始めて、最初のうちはいかがでしたか?」

言葉が出てこない。絵文字使ったりとか、本当にびっくりするくらい稚拙で。内容は、おじいちゃんから教えてもらったのがいろいろあるんですけど、文章にできないというか、言葉に表現できない。

「人に伝えるのが難しいなと?」

難しかったです。継続も最初は大変で50日経った、100日経ったと言って大喜びしていました。今は2600日以上続いているんですが、そんなの想像もしていなくて。

でも、いろいろな時におじいちゃん達に教えてもらっていたことがあって、それが役に立ちました。例えば「続けるっていうのは雪山を登るようなものだよ」と。「継続というのはそもそも簡単なものじゃない。訊いてみなさい。継続が得意な人がどれくらいいるか。そもそも簡単でないものを、できるという思い込みで傲慢になってやるから続かないんだよ」と。

だから、止めてしまいやすい日数があると。三日坊主、3か月(約100日)、3年(約1000日)、10年。そして30年、一つのことに心を込め続けたら、その道のひとかどの人として、人に貢献できるよ、と。

続けるということについて、事前に教えてもらえていたんです。だから「ああ、飽きてきたな、自分」などいろいろなことに気付けました。「これは人間の習性なんだ」と納得もできたし。

「やはり100日辺りの頃は疲れが出たりしましたか?」

ちょうど500日くらいの時に1億くらい借金を背負って。借金が3000万、5000万、7000万、9000万、とガンガン増えていって、遺書を書いて死のうとして、遺書を書いた後にメルマガを書いてました(笑)。そんな生活が半年、1年続きました。

「それでも毎日書いたのですよね? どんな思いで書いていらしたのですか?」

逆に救われていましたね。前向きなことを書いていることに救われていたし、当時は自分の子どもが生まれたばかりなのに、銀行が凍結されて、会社にあったお金も全部持って行かれてしまい、残金ゼロでオムツも買えなくなって「もう限界だから止めよう」と思うんですが「止めようーーー!!!」と強く思うと、止められない出来事が起きるんです。

「どんなことがあったのでしょうか?」

例えば、その前からメールをいただいていた方ですが「親子でメルマガ見てます」と。お母さんが腎臓か何かの病気で移植が必要だけど、移植すると娘にも負担があるということでお母さんが手術を受けてくれなかった。ところが卓ちゃんのメルマガを見ながら話し合っているうちに、お母さんが3年越しで手術をしてくれることを決めました。それで手術しにアメリカに行ってきます、と。

こちらが何をしたわけでもないし、その方のことを分かっているわけでもなく、顔を見たことがあるわけでもないから、ただ「行ってらっしゃい! よかったですね!」と返事をしました。

それで僕がメルマガを止めようと思っていたら、その方からメールが来て「手術が成功して生きて帰ってきました!」と。「これで母と本当の親子になれました!!」と書いてあるんですよ。実は義理の親子で、血は繋がっていなかったけれど、実の母のように育ててくれてずっと何か母にしたいと思ってきたと。

親は親で、どこかわだかまりがあったんだけど、手術したことによって血を通わせた親子になれました、なんてことが長い文章で書いてあって。

「うわーっ、これ。明日メルマガ止められるわけないだろう!?」って(笑)。もうバーッと涙が出て、「明日まで生きていよう。僕が今日死んだらダメだ。とにかく明日までは生きよう」と思いました。

そんなことが他にもあって、死なせてもらえないことが沢山あったんです。

死ぬに死ねない予定が入ったり、とにかくここまでは生きてなきゃいけない、ということの連続で。おかげでその頃はもうコツが満載に増えました。それまで生きてなきゃいけないけど、そのままにしていたらおかしくなっちゃうから、どうにか心を立て直すコツを探して、実践していました。

(次回につづく・・)

野澤 卓央(のざわ たくお)   コツの専門家 株式会社ラボ代表 オフィスノザワ
                    事業家、体験作家、講演家
                    NHK文化センター・大学講師、『コツ塾』講師

小学校6年生から中学時代は登校拒否児。高校時代も退学寸前の問題児だったが、友人の母親からの愛情ある励ましで更生。大学に進学するも、自分探しと称して、25歳までアジア放浪の旅を続ける。
しかし、カンボジアで、生きるために働く5歳の少女に出会い、自分は何と贅沢なことで悩んでいたのかと反省し日本に戻ることを決意。
帰国後、青果市場に就職。その後、美容室を運営する関連会社に入社し、企業内起業で美容商材を扱う事業部を立ち上げ、車の中で寝泊まりしながら日本全国を営業してまわり年商一億円の部署に成長させる。2006年に単身独立し、株式会社ラボを設立。
同じころ作家のひすいこたろう氏に出会う。氏の一言がきっかけで、社会に出たころから書きためていた、自らの失敗体験と尊敬する人々からの教えを、『たった一つの小さな「コツ」があなたを変える』としてメールマガジンで配信しはじめる。途中事業に失敗し一億円の借金を背負い、死ぬしかないとまで考えた時期もあったが、メルマガの配信だけは毎日続ける。現在まで2600日以上一日も休まず配信し続けている。
貴重な実体験とやさしい文体が口コミで評判を呼び、メルマガの読者からは「前向きになれる」「生きるためのヒントをくれる」など多数の声が届く(配信サイト「まぐまぐ」で殿堂入り)。哲学や仏道、ヨーガや先人の教えなど、難しいことでも自らの体験を通して咀嚼し、易しい言葉で分かりやすく説明することを得意とする。
現在は、株式会社ラボを経営する傍ら、多数の企業やNHK文化センター、教育の現場、小学校から大学でも講演活動を行っている。他、『コツ塾』、セミナー開催など多数。

<野澤卓央先生のHP>
【小さなコツの専門家 野澤卓央 公式webサイト】

<野澤卓央先生のブログ>
【たった一つの小さなコツがあなたを変える】

<野澤卓央先生の著書>
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10年間、1000人の成功者に聞いてわかった 仕事がうまくいく人の小さなコツ


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目立たなくても本当に必要とされる人になる小さなコツ


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あなたを変えるたった1つの「小さなコツ」


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一生を変えるほんの小さなコツ



インタビュアー:川崎綾子(かわさきあやこ)

川崎綾子

ゲシュタルト・再決断@府中「座★すわろう会」で活動中。グループの中で
お互いにサポートを得ながら、自分らしく癒されるセラピーをしています。
ペンギン好き。趣味はバレエです。

GNJゲシュタルト療法トレーニングコース修了、日本ゲシュタルト療法学会会員
NPO再決断カウンセリングジャパン会員
矢野惣一問題解決セラピスト養成講座(上級)修了
レイキティーチャー


インタビュアー:川田史郎(かわだしろう)

川田史郎

マーケティングプロデューサー、コーチ。

現状を変えていきたい人、何かをはじめたい人の
コーチングをしながら、
解決策のプロデュースや事業化のお手伝いをしています。


インタビュアー:大島まさあき(おおしままさあき)

大島まさあき

大島まさあきと申します。年齢は木村拓哉さんと同級生になります。

現在、働く悩み専門カウンセリングを行っています。
小田急 新百合ヶ丘で活動しています。
働くことに苦痛、違和感を持ったまま働き続けると
人生の大きな舵取りを誤る可能性があります。
自分を見つめ直す機会を持ってみませんか? お気軽にご相談下さい。
HP:働く悩み専門カウンセリング


インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
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