第90回目(1/4) 緒方 俊雄 先生 SOTカウンセリング研究所

物は豊かなのに、人はあまり幸せになっていない!

今回のインタビューは、『慢性うつ病は必ず治る』の著書等でおなじみの、
SOTカウンセリング研究所所長 緒方 俊雄(おがた としお)先生です。

先生は、2009年8月に、うつ病者の復職支援の研究で、
日本産業カウンセリング学会より学術賞を受賞され、
うつからの回復カウンセリングには定評のある方です。

さらに、メンタルヘルス関連の講演、研修、執筆などでも活躍していらっしゃいます。

「心の病気の方の執着駅になってあげられたら」と、おっしゃる緒方先生に、
「うつと怒り」「新型うつと甘え」「人生の四季」などについて、深いお話を伺いました。

インタビュー写真

「小さい頃はどんなお子さんでしたか?」

勉強が何にもできなくて、野球ばかりやっていました。

母が面白い人で、小学校の2年の時に学級担任のところに行ったら、すごく成績が悪いってことで、「クラスで何番目くらいなんでしょうか?」と訊いたら、先生が恥ずかしそうに「最下位です」と言ったんですって。最下位だったんだけれど、私の母は勉強しろと言ったことがないんですよ。

それで、ずっと遊んでばかりいて。でも小学校4年頃から算数が好きになってきて、中学校になったら、中間・期末って定期試験があるじゃないですか。そうしたらちゃんと勉強をするようになって、成績が上がってきたんです。

そういった意味だと、母自身がとてもカウンセラー的なのかもしれないです。受け入れてくれる感じ。子どもが最下位でも気にならない。いつかは上がるんじゃないかと思っているんですよ。だから勉強しろなんて言ったことがなかったんです。母には影響を受けているのかもしれないですね。

「先生は、もともとは研究者でいらしたのですか?」

研究開発者ですね。物理の勉強が好きで、学生時代は物理の勉強ばかりしていたんですけれど、ソニーに入りまして、一番物理を使うデバイスということで、半導体レーザーの研究開発を行っていました。

半導体レーザー自体もすごく面白かったんですけど、同じ部署の人で、うつで会社に来られなくなった人が2、3人いらっしゃいまして、そういった人のことを知りたくて心の本を読んだのが一番最初です。学生時代は、宗教や哲学の本はけっこう読んでいたんですけど、心理学の本は読んだことが全くなくて、その時に初めて読みました。

「それは就職されて何年目くらいですか?」

7、8年経っていますね。

「エンジニアの方が病気になられたのですか?」

そうです。ちょうどバブル絶頂の頃でした。心の本を読んでいるうちに、物はすごく豊かなのに、人はあまり幸せになっている気がしなくて、これからは心の方が大事ではないか、と直感的に思ったんです。それが20数年前ですね。それで、将来は物作りよりも心の方に行きたいと思ったんです。

「そうなのですか。物理がお好きだったのに?」

そうですね。物理は今の仕事には全く役に立っていないですけどね(笑)。

物理ってきちんと解いたら全部答えが出てくるんです。また、数学と違って、式を実験して論証することができるんですね。だから、非常にシンプルな世界なんです。でも、心というのは答えがよくわからないんですよね。

だから、数学とか物理の世界とは全くかけ離れた世界なんですけれど、ただ論理が全く必要ないか、というとそんなこともなくて、心の方もユングやフロイトなど理系の人も多いんですよね。だから、全く関係ない、という訳ではないのかもしれないですけどね。

「心のことを独学で学ばれたのですか?」

その頃、私は半導体レーザーの開発で神奈川県の厚木にいたんですね。厚木ですと、セミナーに通えないので、ただひたすら本屋に行ってはフロイトだとかユングだとか、自分が好きな本を買って読んでいたんです。

それが、半導体レーザーの開発をやっていたら、宮城県の白石にある工場に行かされそうになったんです。「そんなところに行かされたら心理の勉強をしているどころではないな」と思い、何とか抜けだそうとしたんですけど、事業部長さんが、「どうしても出さない」ということでケンカになってしまったんです。

そうしたら、半導体の企画部に移っていた以前の半導体レーザーの上司が、中を取り持ってくれて、私を引っぱってくれたんです。それで、厚木にある半導体の企画部に移りまして、昼は半導体の企画をやって、夜は自分で心理の勉強をしていました。その頃に、日本メンタルヘルス協会の衛藤先生の講座なども受けていました。

そのうちに半導体の企画部が品川の本社に移りまして、それから夜間の臨床心理の大学院に行って、臨床心理士や産業カウンセラーの資格などを取りました。

最初は、ソニーでカウンセリングをやるとは思っていなくて、「独立してやるんだろうな」と思っていたのですが、「一応、資格を取ったので、相談してみようか」と思い、人事に相談したところ、会社の中で心理の仕事をしている人がいなかったためにどうしたらいいか困って、上司から上司、そのまた上司、というようにどんどん話が上に上がってしまって、最終的に人事センター長という雲の上の人と面談することになってしまったんですね。

その人はメンタルに関心がある人だったので、15分くらい話したら、「では、ソニーの人事に所属してメンタルのカウンセリングをしたらいいよ」と言ってくれたのが最初になります。

「研究開発者として入社されて、前例のない人事異動だと思いますが?」

そうですね。私はソニーの中で3つの仕事をしていまして、1つは、半導体レーザーの研究開発、2つ目は、企画とマーケティング、そしてカウンセリングです。「技術者から企画に行った人はいるけれど、カウンセリングまで行ったのはソニーの長い歴史の中でも私だけだ」と言われました(笑)。


インタビュー写真


「仕事をしながら大学院に通うというのは、時間的にも肉体的にもきつくなかったですか?」

もうボロボロでしたね。本当は、それだけの方向転換であれば会社を辞めてやればよかったんですが、家内と子どもがいたので生計を成り立たせるために結局そういう道を選びました。

「開発の部署にいると、定時に帰るのが難しかったのではありませんか?」

半導体レーザー時代はものすごく忙しかったので遅かったですね。ただ、企画に移ってからは、季節労働者みたいに中期計画とか事業計画の時はすごく忙しいですが、それ以外の時、それほど忙しくもなかったんです。

ただ、臨床心理の大学院は、夜間でも他の大学院と違って社会人向けになっていなかったんです。臨床心理の大学院は、当時は倍率が10倍くらいあって、昼間の学生が夜間に回ってくるんです。

だから、クラスには28人の学生がいましたが、社会人は私を含めて2人だけでした。また、残りの1人も自営業なので、会社員というのは私だけなんですね。残りの26人は学生なので、普通の学生のようにレポートが出る訳です。

そうすると、皆は昼間にレポートを書くのですが、私は授業が終わって夜中に書くことになります。なので、1人で2人分の仕事をしているような感じで、途中で本当に死ぬかと思いました。病気になるのが早いか卒業するのが早いか、と思っていたら何とか卒業しました。

「そういった生活は何年間続いたのですか?」

臨床心理の大学院は2年間です。その前に臨床心理の勉強はしていたのですが、大学院の受験では基礎の心理学や英語などもあるので予備校に1年間通いました。また、臨床心理士の資格を取るまでに試験勉強を1年間したので、結局、臨床心理士になろうと思ってからなるまでに4年かかりました。だから、それが終わったらグタっとしましたね。

「途中で挫けそうになったりはしませんでしたか?」

始めてしまったら止める訳にもいかないのでやり通しました。でも、もう一回やれと言われたら、絶対やれないですね。

「それは30代の時ですか?」

40代の時です。

「人事に移って、それ以降は人事専門になられたのですか?」

当初、私は企画の統括課長をやっていたので、兼務で人事でカウンセリングをやっていました。ですが、だんだんカウンセリングする人が増えてきましたし、また、メンタルヘルスの研修もやってほしいと言われたので、主務を人事に変えて、兼務を企画にしました。

当時の人事センター長さんが、ソニーに4つある大きな部門のうちの1つの人事部長を兼務していたんです。その部門は4千人くらい従業員がいる部門だったのですが、そのくらいの人数がいる部門ですと40人くらいが休職しているんですね。

そうすると、メンタル疾患の休職者にどう対応したらいいか、というのが人事としてもわからなくて困っていたので、そこに私が来たのを喜んで、難しい人から紹介してくるんですね。

そうすると、まだそんなに経験がないのに、10年間うつの人だとか、パニック障害の人だとか、自殺願望が強い人だとか、そんな人ばかり出てくる訳ですよ。パニック障害と言われて、こちらがパニック状態です(笑)。それで私も困って、先生を、と思って探したのですが、そんな重い人ばかりカウンセリングしている人はいないんですね。それで結局、師匠を見つけられないまま独学でやってきました。

「スーパーバイザーもなしで?」

ちょっとはありましたけど、でもほとんどいないですね。

「それは、きつくなかったですか?」

きつかったですね。今でも覚えているのですが、カウンセリングを始めて2年目の5月13日に、1人が自殺未遂を起こし、1人が会社を辞めることになり、1人がガンを再発して死に向かうことがわかって、ということが同じ日に一気に起こったんです。

そうしたら、その後3週間ほど体調を崩してしまいました。ただ、3週間ほどすごく体調が悪かったんですけれど、病気にはならなかったんです。毎日出勤できましたし。それで3週間経って体調が戻ってきた時に、「よく考えてみたら、3つ抱えても病気にはならなかった」と思ったんです。

その後も、自殺未遂だとかストレスがかかってくることもありましたが、「あの時3つ抱えて大丈夫だったから1つくらいなら何とかなるな」という感じになるんですね。ただ、自殺未遂の話というのは堪えますね。

「その後、会社からの独立を考えられたのは、いつ頃ですか?」

ソニーでは60歳までしか働けないのですが、カウンセリングならば座って話を聞くだけだから80歳くらいまでいけるのではないかと思っていたんですね。

なので、いつかは独立したいと思っていましたが、ソニーの中でカウンセリングをしているだけでは全く業界が違うので、「いきなり独立するのではなくて、まずはステップを踏んで3年ほどカウンセリングの会社に行こう」と思ったんですね。

ところが、ソニーからカウンセリングの会社に移るとガクッと年収が下がるんです。私の場合、子どもも大きくなっているから許されない訳です。どうしようかな、と思っていたら、ちょうどその時にリーマン・ショックが起こったんです。

今までは休職者を何とか復職させるのが仕事だったのですが、リーマン・ショックによってリストラが始まったら、私が一生懸命カウンセリングしている人や、カウンセリングしてよくなった人がリストラ対象になってしまったんです。そして私のカウンセリングの位置づけもおかしなことになってしまいました。

その時ふと、「自分もこの時辞めれば早期退職金がたくさんもらえるので、カウンセリングの会社に行って年収が下がる分を埋め合わせられる」と思い、そして妻を説得してソニーを辞めたんです。

それで、大手のEAP(Employee Assistance Program従業員支援プログラム)の会社に行きましたが、そこでの仕事はあまりおもしろくなかったですね。

「それは復職支援のお仕事ではなく?」

EAPのカウンセリングの仕事ですね。今思うと、うつでもすごく軽い人が多かったですね。この会社には2年間いたのですが、私の会社人生の中で一番何もなかったような2年間ですね。カウンセリングはあまり意味がなかったけれども、業界のことはある程度わかったので、いたことには意味があったとは思います。

その会社には3年間いようと思ったのですが、私がソニーにいた時のカウンセリング内容を学会発表してくれ、という依頼があって、日本産業カウンセリング学会で学会発表したのですが、そうしたら、「その内容を論文にしてくれ」と言われまして、私は面倒くさがり屋だからイヤだったんですけれど、仕方がなく論文で出した訳です。

その内容が学術賞を取って、それを大学の講堂で話したら、出版関係の方から「これは本にした方がよい」と言われて、『慢性うつ病は必ず治る』(幻冬舎)を書いたんです。

(次回につづく・・)

緒方 俊雄(おがた としお)    SOTカウンセリング研究所所長
                     臨床心理士、産業カウンセラー

早稲田大学理工学研究科修士課程修了。
大手電機メーカーにて、研究開発、企画、マーケティング、カウンセリングなどの業務に従事。
その後、EAP(従業員支援プログラム)機関所属のカウンセラー経て、 現在、SOTカウンセリング研究所所長。
臨床心理士、産業カウンセラー。
2009年8月、うつ病者の復職支援の研究で、日本産業カウンセリング学会より学術賞を受賞。
心理カウンセリングに取り組みながら、メンタルヘルス関連の講演、研修、執筆などでも活躍。

<緒方俊雄先生のHP>
【SOTカウンセリング研究所】

<緒方俊雄先生の著書・共著>
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慢性うつ病は必ず治る


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すぐ会社を休む部下に困っている人が読む本 それが新型うつ病です


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「勝ち組」の男は人生で三度、挫折する


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カウンセリング実践ハンドブック



インタビュアー:川田史郎(かわだしろう)

川田史郎

マーケティングプロデューサー、コーチ。

現状を変えていきたい人、何かをはじめたい人の
コーチングをしながら、
解決策のプロデュースや事業化のお手伝いをしています。


インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)

鈴木明美

セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、ゲシュタルトファシリテーター、NLPセラピスト、
交流分析士1級、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren


インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
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