第89回目(1/4) 榎本 英剛 先生 よく生きる研究所

自分の人生やキャリアをデザインしていく“サポート”をしたい!

今回のインタビューは、CTIジャパン創設者で、
『よく生きる研究所』代表の榎本 英剛(えのもと ひでたけ)先生です。

先生は、日本人として初めてプロコーチの資格であるCPCCを取得し、
コーアクティブ・コーチングを日本に紹介された方です。

さらに、持続可能な未来を創るための市民運動であるトランジション・タウン
およびチェンジ・ザ・ドリームの活動も、展開していらっしゃいます。

「よく生きる研究所」を設立し、ますます活動を深めていらっしゃる
榎本英剛先生(ヒデさん)に、「天職創造」「よく生きる」「レジリエンス」
などをキーワードに、お話を伺いました。

インタビュー写真

「先生は、小さい頃はどのようなお子さんだったのでしょうか?」

ちなみに先生と呼ばれることが苦手でして。下の名前で「ヒデさん」と呼ばれることが多いのですが、そう呼んでいただければと思います。とにかく先生と呼ばれると、どうにもむず痒いといいますか、平常心で話せなくなっちゃうので(笑)。

いくつかエピソードとして覚えていることがあって、1つは幼稚園の頃に近所の子どもを集めて、[探検ゲーム]というのをやっていました。知らないところまで歩いて行って、あえて迷うんです。「もうわからないところまで来たね」ってなったら、「よし。じゃあ帰ろう」って。

ちゃんと家まで無事帰れるか、というのを試すわけですが、自分の親や一緒に行った子ども達の親には、その遊びをやるとこっぴどく叱られた記憶があります。昔から冒険心、探求心みたいなものが強かったのかなというのが1つあります。

あともう1つは、小学校にあがったくらいから、友達のところに行くと、「ちょっと家の中見せてくれる?」って言う変な子どもでした。家の中を一通り見た後、家に帰って間取り図を描いていたんです。そういう変な趣味がありましたね。

「間取り図を描く小学生ですか?」

知り合いの家でなくても、素敵な家を見ると家の中を想像して間取り図を描いたりしていました。なぜかはわからないのですが、家の間取りをデザインすることが好きでした。

その延長線上で、建築家になりたいと思ったのですが、残念ながら理数系が非常に苦手でした。高校の時に理系クラスに志望を出したら、担任の先生に呼び出しをくらいました。通信簿を並べられて、「この成績で理系クラスに行けると思っているのか?」と言われて(笑)、泣く泣く諦めました。

建築家には残念ながらなれませんでしたが、後々コーチングを仕事としてすることになった時に、そう言えばこれも人が自分の人生をデザインするのをサポートする仕事なんだということに、気がついたんです。

つまり、デザインが好きということが、結果的に廻り廻ってコーチングの仕事に結びついた部分もあるかなと、勝手に意味づけしています。思い出すエピソードとしてはこの2つでしょうか。

「探検していた時は、リーダー的な存在だったのですか?」

昔からリーダーシップを発揮するようなタイプではなくて、自分ではおとなしい方だったと思っています。ただその遊びに関しては、なぜか強くやりたいと思って、自分から言い出したんですけどね。

「学生時代に、今の仕事に繋がるようなことはされていたのですか?」

繋がるかどうかはわかりませんが、私は自分の父親から、何事においてもああしろ、こうしろとずっと言われ続けてきました。そしてそのことにいつも反発心を抱いていました。父親の世代にとってはそうすることは当たり前のことだったのかもしれませんが。

ただ、小さい頃は刃向えなくてその通りにしていたんです。でもその時、自分で自分のことを決められない苦しさ、悔しさを味わったおかげで、いかにそのことが大切であるかを身をもって学んだ感じがしています。

それは父親との関係だけでなく、先生と生徒の関係、先輩後輩の関係、上司部下の関係とか、とにかく答えを他人から与えられることに対する反発心や違和感が昔からありました。でも同時にそんなものだとも思っていました。

「答えを与えられることに対する反発心や違和感ですか?」

話が飛躍しますが、29歳の時に会社を辞めてアメリカの大学院に留学している時にコーチングに出会って、その中に「その人が必要としている答えはその人の中にある」という考え方があることを知って、「これだ!」と思ったんです。

それを知った時、「今まで自分がずっと抱えていた違和感の原因がやっとわかった。反発していたのは自分がおかしいからではなかったんだ。誰だって自分のことは自分で決めたい。むしろ、その方が自然なんだ」という感じがしたんです。

ちょうどバブルが崩壊し、企業が終身雇用を手放した頃です。また、“キャリア”という言葉がよく語られるようになっていました。「入社したら会社が定年まで面倒みます」という時代から、「これからは自分のキャリアは自分で決めてください」と言われる時代になりました。

それに対して、今まで会社勤めをしてきた人達の中にはどうしたらいいのかわからないと戸惑う人達も多くいました。でも、そのような問題意識を持ちながらも、僕自身はコーチングを勉強するために留学したわけではありません。生き方、働き方に関して自分なりの答えを見出してから、これからのキャリアを考えたいと思って留学しました。


インタビュー写真


「当初は、コーチングの勉強のための留学ではなかったのですね?」

「自分の人生は自分で決めろって急に言われても…」と戸惑う人達に、「やっと自分の人生を自分で決められる時代がやってきたんです。これはチャンスだし、むしろ喜ばしいことですよ」ということを伝えていきたい。また、具体的に自分で自分の人生やキャリアをデザインしていくサポートをしていきたいと、漠然と考えていました。

そんなことを周りの人達に話していたら、「そういうことがやりたいんだったらコーチングを勉強してみたら?」と別々の機会に数人から言われました。でも、最初はあまりピンと来ませんでした。

最近では少なくなりましたが、20年前は「何の仕事しているんですか?」と聞かれて「コーチしています」と言うと、「何のスポーツですか?」と聞かれるのがオチだったんです。

僕自身も最初に「コーチング」と聞いた時にはまさに同じ反応をしていたんですけど、騙されたと思って薦められたコーチングのプログラムに行ってみたら、「まさにこれは自分が探していたものだ!」と感動し、そこからは大学院の勉強そっちのけでコーチングにはまってしまいました。

「大学院に行く前に、リクルート社に就職されていますよね?」

父親がサラリーマンだったので、それに反発してサラリーマンだけにはなりたくないと思っていたんですが、建築家の夢が破れて文系の大学に進んだ後は、自分が得意なことや興味あることで、それが何らかの職業に結びつくようなものが何もなかったんです。

高校のサッカー部の同期が8人ほどいるんですが、彼等の多くは進学の時点で、福祉関係の仕事をしたいからその関係の専門学校に行ったり、画家になりたいから美大に行ったり、先生になりたいから教職課程のある大学に行ったりと、進路がはっきりしていたので焦っていたんです。

大学3年になって、「このままではサラリーマンになるしかない。どうしよう」と思っていました。アルバイトとかではなく、自分の生活をかけて働くという経験をしないと、どんな仕事をしたいかっていうのも見えてこないのかなと思っていた時に、たまたま教えてもらったのが、オーストラリアで働けるというワーキングホリデーでした。

学生でも労働ビザのようなものをもらって働けるし、おまけに海外にも行けるということで「これはいい!」と、大学を1年休学して行くことにしました。父親には「現役で大学に受かりながらわざわざ休学する奴がどこにいるんだ」と怒られましたが、元々親の支援に頼るつもりはなくて、自分の貯金を全額はたいてオーストラリアに行きました。

「ワーキングホリデーに行かれて、いかがでしたか?」

やりたい仕事という意味では、何も見つかりませんでした。でも、あの時初めて父親の意に反する決断をして、これからは何事も自分で決めなきゃいけないという状況に自分を置いたのが、めちゃくちゃ心地よかったんですよね。

何の支援もないので、食べていくために大変な思いもしたんですが、「心地よい緊張感」というか、幼少時の探検ゲームを思い出すような、そんなスリリングな状態こそが自分が求めるもので、そんな気持ちを持ち続けられるような働き方、生き方をしたいというのを、その時強く思いました。

結局、大学生活の最後まで「これ!」という職業が見つからなかったので、サラリーマンになるしかないと観念したのですが、最後の悪あがきで、最もサラリーマンらしくない会社に入ろうということでリクルートを選びました。

「リクルートに入社されてからは?」

他の会社に勤めたことはないので何とも言えませんが、他の会社と比べると随分働きやすい会社なんだろうなと思いつつ、やはりそういう会社でも、そこで働いている人の持っている可能性を最大限に引き出しているかというと、そうではないと感じる部分が多々あったんです。

結局、6年間リクルートで働いていたんですが、ますます働き方や組織のあり方、生き方への疑問が大きくなっていって、この疑問を抱えたままサラリーマン生活を続けていくよりは、一旦サラリーマン生活から抜け出して、徹底的に自分の疑問に向き合ってみたいと思ったんです。

そこで、元々「留学したい」という気持ちを持っていたこともあって、アメリカのサンフランシスコにある大学院で「組織開発」という学問を学ぶことにしたんです。これは、組織の中で働く人達がどうしたら活き活きと働いて、かつ本来持っている力を発揮することができるかを研究している学問なんです。

これまでの人生で様々な選択をしてきましたが、その中でも会社を辞めて留学するという選択は人生最大にして最良の選択でした。もちろん、それなりの不安はありましたが、結果的にその選択をしたことが今やっていること全部に繋がっているので、本当に良かったなと思っています。

(次回につづく・・)

榎本 英剛(えのもと ひでたけ)  よく生きる研究所代表、CPCC、PCC
                     CTIジャパン創設者、セブン・ジェネレーションズ創設者
                     トランジション・ジャパン共同創設者

1964年、兵庫県宝塚市生まれ。一橋大学法学部卒業後、株式会社リクルート入社。人事・営業・企画・研修開発などの業務を経験し、1994年に退社。米国サンフランシスコにあるCalifornia Institute of Integral Studiesにて組織開発・変容論を専攻、1997年に修士号を取得。
米国留学中の1995年にCTIのコーアクティブ・コーチングと出合い、翌1996年に日本人として初めてプロコーチの資格であるCPCCを取得。2000年には株式会社CTIジャパンを設立。
2003年末からは、スコットランドのフィンドホーンというエコビレッジにて、家族とともに持続可能な暮らしを肌で学ぶ。帰国後、持続可能な未来を創るための市民運動であるトランジション・タウンおよびチェンジ・ザ・ドリームを2008年から展開。2012年には、これまでの経験を統合し、広く共有するための場として、よく生きる研究所を設立し、活動の主軸としている。

<榎本英剛先生のHP>
【よく生きる研究所】

<CTIジャパンのHP>
【CTIジャパン】

<榎本英剛先生の著書・訳書>
cover
部下を伸ばすコーチング


cover
コーチング・バイブル第3版


cover
バーチャル・チーム



インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)

鈴木明美

セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、ゲシュタルトファシリテーター、NLPセラピスト、
交流分析士1級、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren


インタビュアー:川田史郎(かわだしろう)

川田史郎

マーケティングプロデューサー、コーチ。

現状を変えていきたい人、何かをはじめたい人の
コーチングをしながら、
解決策のプロデュースや事業化のお手伝いをしています。


インタビュアー:大島まさあき(おおしままさあき)

大島まさあき

大島まさあきと申します。年齢は木村拓哉さんと同級生になります。

現在、働く悩み専門カウンセリングを行っています。
小田急 新百合ヶ丘で活動しています。
働くことに苦痛、違和感を持ったまま働き続けると
人生の大きな舵取りを誤る可能性があります。
自分を見つめ直す機会を持ってみませんか? お気軽にご相談下さい。
HP:働く悩み専門カウンセリング


インタビュアー:岸眞美(きしまみ)

岸眞美

会社員生活を送るうちに、人が幸せになる、ってどういう事だろうという
素朴な疑問が生まれました。

社内教育に携わり、コーチングに出会い、資格を取得。
現在は、ほっとする「居心地の良い場所」を追究すべく、
自然療法フットケアサロンOPENに向け、日々研鑽中。


インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
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