第88回目(1/4) 廣水 乃生 先生 コミュニティファシリテーション研究所

グループがもつダイナミズムを活かす、プロセスワーク!

今回のインタビューは、コミュニティファシリテーション研究所代表で
日本プロセスワーク協会会長の、廣水 乃生(ひろみず のりお)先生です。

先生は、プロセスワーク(プロセス指向心理学)のパラダイムやスキルをベースに、
「組織・グループ・コミュニティをいかに活性化するか、いかに持続可能にするか」
というテーマに取り組み、研究と実践活動を続けていらっしゃいます。

欧米文化の中で育まれてきたプロセスワークを、日本文化の中で応用していく
「応用実践研究」が必要とおっしゃる廣水先生に、プロセスワークの強みや、
「もめごと」(対立・衝突)のもつ「可能性」などについて、お話を伺いました。

インタビュー写真

「小さい頃はどのようなお子さんだったのでしょうか?」

おとなしく普通にっていうのが自分の記憶ですね。ただ、幼馴染の女の子が言うには、男女関係なく、例えば、女の子がフエルトで人形を作っていると「すごい。これどうやって作るの?」と強い関心を示していたそうです。

中高時代の友達に聞いた時は、自分ではひっそり皆についていったという意識なのですが、「悪いことをやる時は、いつも全部お前の言うとおりになっていった」というのです。「いたずらや遊びを企画する時には、いつも廣水が考えたものになるよね」と言われるのですが、自分ではそう思っていないのです。

こんな遊びをやろうとした場合、「もっとこうやった方が面白いんじゃない?」と脇から自分が言うと、それに決まっていくことが多かったみたいです。それで周囲からは「いつも廣水が言うとそれに決まってしまう。お前の言うとおりに物事が進んでいる」というイメージだったみたいですね。

自分は率先してガキ大将をやっていたわけではなく、一緒にいてどうやったら面白いかと考えていて、周りがそれに乗せられて動いていくという感じみたいでしたね。

「知らずにファシリテートしていた?」

そうかもしれないですね。いろんなことに興味関心が強いのと、もっと面白く楽しくしたいというのが強いですね。特定の人だけと付き合ったりというのではなく、誰とでも付き合っていましたね。この人とはこういうことをするのが楽しい、という感じで付き合いをしていました。

「学校の先生をされていましたが、いつから先生になろうと思われたのですか?」

中学3年くらいからですね。数学がとても好きで、塾に行ったんです。その時の塾がとても楽しくて。塾の先生達と仲良くなって、その時に、塾の先生って楽しそうだなと思ったのが最初ですね。そして高校に行った時に、数学を教えるのが面白そうだなと思ったんです。

高校時代はちょっと驕りもあって、俺だったらもっとここはこうやって教えるかな?とか考えていました。俺の方がもっとうまく教えることができる、みたいな傲慢さですね。

「先生になっていかがでしたか?」

とても楽しかったです。自分がしたいことをするのにどういう工夫をすればよいか、そのときみんなの要望を最大限叶えるためにどういう工夫をすればよいかだけを考えていました。そこに至るまでにどれだけ工夫できたかが大事で、最終的にそのイメージどおりできたかどうかが自分の関心の中心でした。

昔からずっと変わっていないことなのですが、自分のしたいことに集中していて周囲の状況についてはあまり気にならないんです。小中高と過ごしていく中で、こうあるべきというようなことに対してあまり気にせず来たんです。スーッと行っちゃって、先生になるのもスーッとなっちゃって。

大学院も漠然と行くものだと思って結果的に入って、教員採用試験も受けるものだと思って受けたら受かった感じでした。先生になっても、あまり学校のこととか周囲のことは考えていなくて、自分が何をやりたいかを考えていました。その中で誰かに頼まれたことや必要だろうなと気づいたことも何でもやりましたね。それもあまり嫌じゃなかったんですよね。

教員2年目の時、中学1年生を担任して、担任になると決まった4月に生徒の名簿を見た時、こういう卒業式がやりたいなというイメージがもう湧いていました。その学校は3年間持ち上がりだったので、それをやるために必要なことをイメージして3年間過ごしました。

「最初から卒業式のイメージだったのですね?」

最後に振り返って、本当にいい中学校生活だったなと味わい尽くすみたいな卒業式をやりたいなというのがあって、結果、それはいろんな先生達に支えられて実現できたんです。

教員生活4〜5年で自分がやりたいことをかなりやらせてもらえて、満足感は無茶苦茶高かったです。今でも学校教員の仕事をやれる機会があればやってもいいなというのがありますね。

教員の仕事で唯一ダメだったのが、朝早くて夜遅くて休みがないことです。夢中になれることがあって楽しいんだけど、それ以外のことが何もできないんです。いろんな所に行って生活したいというのもあったし、いろんな人達と関わり合いたいってのもあったし、いろんな活動をしたいという思いがありました。

また学校って何だろうって興味もあったんです。

「外から学校を見たいという感じでしょうか?」

中からなんですけど、自分が5年間勤めた学校と2年間勤めた学校と2つの学校しかなくて、成蹊と成城学園の高校で数学を教えたんですが、この2つの学校ですら違うんです。自分は茨城の田舎の高校出身で、東京の私立高校はお金持ちのご家庭の子が多くて、茨城の高校生とは違うってのもあって、こんなに違うんだと思ったんです。

学校を辞めて講師になったら、毎年学校を変わっていけばいろんな学校を中から体験できるので、学校全般にある傾向とか、地域の違いとか先生の傾向とか私立と公立の違いを体験できるなと思って、教員を辞めて講師をやりながらセラピーを勉強したりしていました。

プロセスワークは、大学院の終わり頃から勉強を始めました。

「それは、きっかけがおありだったのですか?」

それは、アーノルド・ミンデルの『ドリームボディー・ワーク』という本を読んだんです。

元々、大学院の研究が数学教育学という領域で、認知心理学をベースに調査していて、心理学の本をよく読むようになったんです。その中でユング心理学の本を読んだ時に不思議な気持ちになったんです。


インタビュー写真


「ユングを読んで、どう思われたのですか?」

研究には全然使えないと思ったのですが、人間やさまざまな状況のことをとてもよく観察しているなと思ったんです。シンクロニシティという概念など、ユングの世界の捉え方はすごく正直だなと感じました。

でも、当時の心理学界はユングをオカルトだと見ていたわけです。この時の精神医学のバックグラウンドを見ると、範囲外にあるものを取り込もうするユングの理論はオカルトでしかないんですよね。でもユングが言っていることは全然オカルトではなくて、臨床現場で起こっている事実をどういう観点で整理していくかということだけを一生懸命考えているんです。

アプローチも面白くて、いろんな国や地域の神話を調べたりする。結構科学的だなと思ったのは、神話なるものを言ったなり書いた人がいるわけです。つまり神話は、その地域の人の心の表象の1つであると見ることができる。時代を超えて、人の心の表象を1つの事例として科学的に分析するという観点が面白いアプローチだと感じました。

マリー・ルイゼ・フォン・フランツというユングの一番弟子の女性の研究者が、サン・テグジュペリの『星の王子様』とサン・テグジュペリの人生を調べて、『永遠の少年』という本を書いているんですが、この研究がとても素晴らしくて。

ユングのアーキタイプと照らし合わせて、だからサン・テグジュペリがこういう振る舞いをしていった、ということを1冊の本にしているんです。そんな風に、読み物から時間や空間を超えた事例を扱うという発想が面白かったし、同時に非常に科学的だなと思ったんです。

人類普遍の何かに接近するために神話を研究したり、ということをユング派の人達が一生懸命していると知って、すごいなと思ったんです。

数学教育学の研究には役に立たなかったんですけど、生きるって何か、世界って何かとか、そういうことに挑んでいる。事象をよく見ながらその先に進もうとしている姿勢にはとても共感して、ユングすごい!って思ったのが24〜5才くらいです。

「その後の、ミンデルとの出会いは?」

その後、僕はユングの夢を見るんです。「自分の研究は途中で終わってしまった。その続きをやってくれ」と、ユングにお願いされる夢だったんです。とても強烈な夢で、その後ユングの本をもう一度読んでみると、確かに全部途中だなと思ったんです。この続きを自分はするんだと思いました。

その時に、ミンデルの『ドリームボディー・ワーク』という本に出合って。20年くらい前ですが、その本を読み始めて驚いたことが2つありました。

1つはユングの本を読んだ時と同じ感覚があって、ユングがもっていた姿勢をアーノルド・ミンデル自身がもっているな、この人はすごい、と思ったんです。ものをユングと同様に正直に見ているな、この人は間違いない、という感じがありました。

もう1つは、ユング心理学の手が届かなかったところに、ものすごく独創的に研究していっているんです。ユングが語っている夢の話と体の症状の話を同列に扱おうという試みが、その本の中に書いてあるのですが、その着想から仮説が実証されていて彼なりの探求が進んでいるんです。

この本を読んで、アーノルド・ミンデルはユングの続きの研究をやっている人だと確信したんです。ユングに自分が感化された同じ方向に進んでいるのは、アーノルド・ミンデルだと思ったんです。

「ミンデルがユングの継承者と感じられたのですね?」

これを言うのはすごく恥ずかしいんですけど、自分の中で、ユング→ミンデル→オレという3段構造が自分の中に出来上がったんです(笑)。この方向が、自分の知りたいことを表現する姿勢だと思って、その続きをやっているのがアーノルド・ミンデルだったんです。

そこからユング心理学はもういいやと思って、その先を発展させるプロセス指向心理学を何とか知りたいと思ったのですが、あまりに広範囲でわかりにくいのですよ。全然捉えどころがなくて(笑)。

現在、プロセスワーカーである桐山岳大(きりやまたけお)さんが、私が教員だった20年前、アメリカでトレーニングを受けていました。当時その桐山さんと連絡を取って、アメリカでトレーニングを受ける費用や手続きを聞きたくて会ったのですが、よくわからなくて。ただお金は沢山かかりそうだし、教員をやっていたのでこれは無理だなと思いました。

ただ、日本に岳(たけ)さんが帰ってきた時に、自分の地元に呼んで勉強会を開いてもらったらどうかと考えました。

勉強会で教えるのは岳さんの振り返りにもなるし、岳さんが茨城に来てくれたら交通費は1人前だし、参加者の交通費を岳さんのフィーにすればみんな丸く収まるでしょう?と茨城に来てもらうようになりました。それから5〜6年、勉強会を続けていました。

「その後、アメリカに行かれたのは?」

2003年ごろ、教員を辞めて3〜4年後になるのですが、岳さんがプロセスワーカーの試験を終えて日本に帰ってきた際、プロセスワークのトレーニングでグループに特化したクラスができることを教えてもらったんです。

今ままでも岳さんにはアメリカに行かないのか?と言われていたのですが、嫌だと言っていたんです。その理由はシンプルで、日本の中で実践を探求したいというのが強くあって、当時のトレーニングは大体長期的にアメリカに滞在することになっていたので、日本での活動ができないのが嫌で、何年も日本にいないのも嫌だったんです。

もう1つは、僕は教員もやっていてグループが好きで、個人面談の限界性を自分自身が感じていたんです。グループがもつダイナミズムをもっと何かできないものかとか、プロセスワークの勉強をしてくるとどの切り口でもいけるから、カウンセリングよりもグループをやりたいというのがありました。個人よりグループに特化したコースがよかったのです。

でも、年に2回アメリカに行くだけでよくて、3年間で終わって、尚且つグループに特化しているコースがあると岳さんに教えてもらって、本当にピッタリだなと思ったんです。

「実際に学んでみて、いかがでしたか?」

そこも2つあって、1つは最高の学びがあったということと、もう1つは当時最大の苦しみを体験しました。3年で年2回なので合計6回、1回で大体1か月くらいアメリカに行っているのですけど、突然行くことを決めたし、お金もそんなにないし、仕事も抜けたりするから経済的活動ができなくなるしで、この時は完全にバランスを崩していて、毎回「もう行けない」という感じで。毎回ですよ。6回全部。「もうここで終わりです」という感じでした。

向うの先生にメールで「もう行けないです」と伝えたら、返事が返ってくるんですが、僕自身がその時抱えている苦しみを深く理解しているけど、その理解の上で「ノリどうしているかと思っていたけど、連絡を貰えてとても嬉しい」という返事なんですね。そのメールを読んでとても深い理解や愛情を感じて、「ああ、こんな気持ちになるんだ」と思って驚きました。

辞めるにしても現地でちゃんと話して辞めようと思って、実際に何とか行って、いつも結果的に何とか過ごしていたという感じです。

(次回につづく・・)

廣水 乃生(ひろみず のりお)  コミュニティファシリテーション研究所代表
                    日本プロセスワーク協会会長
                 国連ESD認証プログラム・エコビレッジデザイン教育講師(世界観担当)

1968年生まれ。東京学芸大学大学院教育学研究科修了後、7年間にわたって教師を務める。教育を通して人と人とのつながりの大切さを感じ、学校と地域、行政と住民、親と子どもなど、異なる立場の人たちの橋渡しをすることを目指し、教諭を退職、米国プロセスワーク研究所にて、葛藤解決・組織変革ファシリテーションマスターコース修了、帰国後コミュニティファシリテーション研究所を設立。
ファシリテーションスキルを日常生活に活かすためのさまざまな講座や、コミュニティとそこにいる人たちをイキイキさせるコミュニティ・ファシリテーター認定プログラムを実施している。また、コミュニケーションや教育研修の講師や組織変革ファシリテーターとして、企業やNPO/NGOなどの多岐にわたる組織に関わっている。
現在は日本各地で、「世界平和は自分の平和と身近な人の平和から」を合言葉に、組織・企業の合意形成プロセスや研修、葛藤状況の話し合いの進行(ファシリテーター)をしている。「ストリートファシリテーション」と称し、街中でもめている人に介入したりする。自称「グループおたく」、「さすらいのファシリテーター」。

<コミュニティファシリテーション研究所のHP>
【コミュニティファシリテーション研究所】

<日本プロセスワーク協会のHP>
【日本プロセスワーク協会】

<参考書籍>
cover
永遠の少年


cover
人間と象徴 上巻


cover
ドリームボディ・ワーク


cover
ワールドワーク: プロセス指向の葛藤解決、チーム・組織・コミュニティ療法



インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)

鈴木明美

セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、ゲシュタルトファシリテーター、NLPセラピスト、
交流分析士1級、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren


インタビュアー:川田史郎(かわだしろう)

川田史郎

マーケティングプロデューサー、コーチ。

現状を変えていきたい人、何かをはじめたい人の
コーチングをしながら、
解決策のプロデュースや事業化のお手伝いをしています。


インタビュアー:高橋美智代(たかはしみちよ)

高橋美智代

不惑を過ぎてから、心理学を勉強中の身です。
一瞬一瞬を、共に過ごす人々と、大事にして生きていきたいと思う
今日この頃です。

好きな動物:猫
趣味:読書 ピラティス
レイキマスター


インタビュアー:大島まさあき(おおしままさあき)

大島まさあき

大島まさあきと申します。年齢は木村拓哉さんと同級生になります。

現在、働く悩み専門カウンセリングを行っています。
小田急 新百合ヶ丘で活動しています。
働くことに苦痛、違和感を持ったまま働き続けると
人生の大きな舵取りを誤る可能性があります。
自分を見つめ直す機会を持ってみませんか? お気軽にご相談下さい。
HP:働く悩み専門カウンセリング


インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
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