第87回目(1/4) 高野 雅司 先生 日本ラビングプレゼンス協会

世界の平和は、一人ひとりが心の平和を取り戻していくことから

今回のインタビューは、日本ラビングプレゼンス協会代表で
ハコミセラピストの心理学博士(Ph.D.)、高野 雅司(たかの まさじ)先生です。

先生は、「一人ひとりの『心の平和』の実現から、より良い世界が生み出される」という、
ご自身の原点にある思いを実現していくための重要なカギとして、
ラビング・プレゼンスの普及をライフワークとし、活動を続けていらっしゃいます。

昨年、『人間関係は自分を大事にする。から始めよう』を上梓され、
全国を飛び回っていらっしゃる高野先生に、ハコミセラピーの特長や、
「マインドフルネス」「ラビング・プレゼンス」などについて、お話を伺って参りました。

インタビュー写真

「小さい頃はどのようなお子さんだったのでしょうか?」

わりとシャイでしたね。今回の本にも書いたのですが、幼稚園の頃、ガキ大将的な子にちょっといじめられた記憶があります。そんなひどいいじめではなかったのですが…。

そのせいなのか、小学校高学年ぐらいまでは、どちらかというと内気で、ちょっと引いている子どもでしたね。その後は、少しずつ自分を表現するようになって、高校の頃は結構楽しくやっていました。でもまあ、根っこの部分はあまり変わってないかもしれないです。

「心のことに興味を持つようになったのは、いつからですか?」

僕の高校の頃は、ちょうど米ソ両国による核兵器開発競争の真っ最中で、「もし核戦争が起こったらどうなるか?」というシミュレーションがあったり、核戦争で人類が滅亡した後の地球がどうなるかについて「核の冬」という仮説が取り沙汰されたり、緊張感があった時代でした。

そこで素朴に感じたのは、「人はなぜ戦争するんだろう?」ということでした。学校で習う歴史でも、戦争のことばかりですよね。自分は人を殺したいとは絶対に思わないし、周りを見ても人殺しになりたいなんて思ってない。なのに「有史以来、なぜ人は戦争をし続けているのだろう?」というのが不思議でしょうがなかった。

そして、考えても答は分からないけど、とにかく戦争がなくなればいいと思いました。「人それぞれが、活き活きと幸せに暮らせる世界になったらいい」と漠然とした思いがずっとあって、それが出発点だと思います。

小さい頃から、両親は喧嘩が絶えなくて、僕が高校2年の時に離婚したのですが、それもあって深くいろんなことを考える子どもではあったんだと思います。だから、そのこともつらつらとずっと考え続けていました。

「考え続け、その後は?」

大学に入って1年生の時に、本を読んだわけでもなく自分で考え続けているうちに、自分なりの答が見えたんです。それは、「政治やイデオロギーでなくて、一人一人の意識の変化だ」ということでした。まあ、何でそこに行き着いたかは、よく覚えていないんですが…。

人って、「もっとこうなったらいいな…」と思っていながらも現状にしがみつきがちで、変わることに対しての恐れがあります。それを乗り越える動機づけ、自分が変わることに対して心を開いていくこと、そして一人一人が心の平和を取り戻していくこと。その延長戦上にしか、世界の平和はないのではないかと思いいたったんです。

しかし、その答を得たら、むしろ絶望感に陥ってしまいました。「世界には何十億人もいるのに、どうやって一人一人の意識を変えていけばいいのか…」と。答を得たのはいいけど、そこには到底たどり着けない…そう思ったら、自分がこれから何のために生きていけばいいのか分からなくなってしまったんです。

その時は、これまでの人生の中で一番辛い時期のひとつでした。「こんなんじゃ、生きていてもしょうがない」とも思い、自殺を考えたこともありましたが、死ぬ勇気もありませんでした…。

当時は、バブル経済前夜の拝金主義が台頭し始めた時期で、大学でも、学生運動後の「70年代フォーク」的な雰囲気から、「まあ楽しくやろうよ」的な雰囲気に変わっていった頃です。ディスコやお笑いのブームがあり、ブランド品の購入や大学生の海外旅行などが始まった時代でした。

周りはなんとなく浮かれていて、自分はその空気に馴染めない。表面的には周りに合わせながらやっていましたが、どこかいつも空しさを感じていました。「こんなこと考えてたら、おかしくなっちゃう。忘れよう。楽しくやろう」と切り替えようとしたんですが、ダメでした。どうしても、自分自身がたどり着いてしまった「答」から避けられなかったんです。

そんな風に1年以上もがいているうちに、いつしか「決してゴールにはたどり着かないかもしれないけど、その方向で自分なりにできることをやって生きていくしかない」と悟りました。そうした「落としどころ」をなんとか見つけたことで、当時の精神的な危機は乗り切れたんです。

ですから、「戦争がない世界、世界平和」というところから、「一人一人の意識をどうやって変えることができるのか」、という疑問を経て、人の心に興味を持ち始めたと言っていいと思います。

「大学では何を勉強されていたのですか?」

心の世界とは全く別の、商学部で会計を学びました。元々、高校時代から理数系で、現役の時は「絶対に京大行きたい!」と思って京大工学部だけを受験したんです。でも、落ちちゃって、浪人している間に気が変わり、文系を目指すことになりました。

その理由は、1つは邪な理由で、高校時代からやっていたバンド活動を、理系に行ったら実験などで忙しくなって続けることができないと思ったからです(笑)。

もう1つは、ゲームに例えたら、理系はゲームの駒や盤を作る仕事、文系の仕事はその駒を動かしたりしてゲームを進めることかなと思った時に、作るのもいいけど、動かす方が面白いかなと思えてきたからです。会計学は数字を扱うこともあって、元々理系の僕には、それはそれで楽しかったです。

「卒業後はどうなさったのですか?」

正直、就職活動の時期になっても、「一人一人の意識を…」と考えた時に、仕事として何をしていいかさっぱり分からなかったんです。当時は、セラピーなどの世界も全く知らなかったですし…。

自分なりに、政治・マスコミ・教育・宗教の4つの分野を考えたのですが、いろいろ具体的に調べていくと、どれもピンとこない。本来の形で仕事ができそうにないと思いました。

そのうちに、「ちょっと待てよ。まだ、自分は学生で世の中のことを知らないぞ。自分なりに世界平和への答を見つけたつもりになっているけど、まずは社会人になって自分の答が正しかったのか検証してみよう」と考え始めたんです。

とにかく社会に揉まれるためには一番いいだろうと思い、ビジネスの世界に飛び込んでみることにしました。ただ、普通の企業に就職しても面白くないので、コンサルティング業界を選びました。コンサルティングは会社をいい方向に変えていこうとする仕事なので、世の中を変えていくヒントになるんじゃないかとも思ったんです。

また、大学3年の時にインドを旅して、さまざまな国の若者とも出会う中で、世界の人たちとコミュニケーションするために英語力がいかに重要かを実感していたので、外資系の企業を選びました。


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「仕事に就かれてみて、いかがでしたか?」

仕事はすごく面白かったし、自分の「答」も検証ができました。社内外のいろいろな人にインタビューして、分析し、解決策の提案をしたりするわけですが、コンサルティングの世界でよくあるのが、「なるほど、よく分かりました。でもねぇ…そうは言ってもねぇ…」といった話になること。

社内の義理人情、しがらみとかいろいろ出てきて、そうすると妥協妥協で、結局「絵に描いた餅」になってしまって、思ったような成果に結びつかないことも多く起こるわけですよ。

そうした経験をする中で、「やはり会社が変わるためにも、変わっていくことに対する社員一人一人の意識が大事になってくるんだな」ということが納得できたんですね。自分が学生時代に得た「答」があながち間違いじゃないということが分かり、やはり一人一人の心を扱っていくしかないな、と確信することができました。

結局、その外資系企業には4年半ぐらいいました。仕事自体は大変だけど面白くて好きだったのですが、めちゃくちゃ忙しく、自分の元々の問題意識について、「おっと、しばらく考えてなかったな…」、と気づくこともしばしばでした。それに対して焦りが出てきたんですね。このままでは、日々の生活に流され、忘れていってしまいそうだと…。

もう自分の「答」を検証できたんだから辞めてもいいじゃないか、という思いもありつつ、縁あって始めた仕事を、まだ中途半端な段階で辞めてしまっていいのかな、と葛藤していたのですが、最終的には、辞めていったん原点に立ち帰ろうと決心しました。

1つの理由としては、「大人は変わらない!」と感じてしまったからなんです。長いスパンで、頭の柔らかい子どものうちにそういう意識を育てていくしかないかなと思い始めました。寺子屋みたいな学習塾でもやりながら、子ども達を教えつつ、ついでに母親達も巻き込んでいけたらいいかもなあ、などと漠然と思って、会社を辞めました。

「辞められた後は?」

悩みに悩んだ上で会社を辞めたら、追い風というか、サポートがどんどん来るようになりました。それは、上りのエスカレーターを乗りながら歩いているような感覚です。大事な決心をすると、自分の周りの世界がそれに合わせて動き出すんだなあと実感した体験でした。

そんな中、たまたま知り合いに紹介されて会った人が、その後僕が2年ちょっと働くことになる会社の人でした。その会社というのは、CI(コーポレート・アイデンティティ)のコンサルティングをしている、小さいけど面白そうな会社でした。

社長が元々映画を撮っていた人で、ベトナム戦争の際、取材をしにタイに入った時に、水牛の角で腹を突かれて死にそうになったという経験をお持ちで、臨死体験をされているんです。ですから、精神世界や東洋思想などが大好きな方でした。

CIって、会社のビジョンをはっきりさせて、それに合った社名を考えたり、ロゴデザインを作るのが仕事で、今で言えばブランディングを扱うような感じです。

その社長のお話を聞く機会があったのですが、「CIって、社名を変えてデザインして終わりじゃないんですよ。その後に、パーソナル・アイデンティティ(PI)って言って、一人一人の社員の意識との摺合せをして初めて完成するんですよ。私はそれにこだわってやっています」とおっしゃるわけです。

それを聞いて、それは自分がまさにやりたかったことで、しかも自分は大人のことをあきらめていたので、ちょっと悔しいような気持ちが湧いてきました。どんなことをされているんだろうと非常に興味が湧いて、「ぜひ働かせてください!」とお願いし、急遽その会社で働かせてもらうことになりました。

社長がそんなユニークな方でしたので、会社に心理学やボディワーク、瞑想の先生が出入りしたりもしていて、例えば毎週水曜日は、アフターファイブに瞑想の先生が来て会議室で皆で瞑想したりするんですよ。90年頃でしたけど、当時としては珍しいことをしていましたね。

そんなとても面白い会社でした。そこで仕事のかたわら、ボディワークや瞑想をやったり、心理系のワークショップに行ったりし始めたんです。

「そこで初めて、心理系のワークショップに出逢われたということですか?」

ワークショップに出たのはその頃なんですけど、最初の外資系企業に入った時に、いわゆるトランスパーソナル心理学というものを、書籍を通じては知っていたんです。「アメリカにはこういう世界があったんだ!」ということで非常に興味を持って、いろいろ読んではいたんですね。

ニューサイエンス的な本やトランスパーソナル心理学とか。そのへんの興味っていうのは、ケン・ウィルバーとか含めて、すごく自分とリンクするなっていうのがあって、興味を持っていました。でも、実際にワークショップを受け出したのは転職してからです。その前は忙しくて時間もなかったですし…。

「それはお幾つくらいの時ですか?」

転職したのは、27歳の時です。で、ワークショップを受け出して、心や身体のことがどんどん面白くなってきてしまって、本格的に勉強したいと思うようになりました。そうした中で、アメリカにいくつか面白い大学院があること知って、カタログを取り寄せたりしたんです。

で、僕の留学先となったCIISという学校のカタログ1ページ目に書かれていた学校のミッションを読んだら、まさに自分が考えていることがそのまま文章になっているような感覚だったんですよ。その瞬間、「ここしかない、ここに行こう!」と決めたんです。

「それでアメリカに行かれた?」

そう。ちょうど30歳の誕生日の翌日に日本を発ちました。

ちょうど誕生日の翌日から航空料金が下がる時で、「これはタイミングがいいや」と思って。で、将来もしビッグになったら、日経の『私の履歴書』に「30歳にして立つ。そして翌日に日本を発った」みたいに書けるな、なんて馬鹿なことを言いながらアメリカに発ったんです(笑)。それで向こうに行って、5年過ごしました。

「アメリカでの5年間は、どんな風に過ごされたのですか?」

いやあ、すごく面白かったですよね。大学院の勉強も面白かったですし、ハコミセラピーと出会ってハコミのトレーニングを受けたり。

ハコミだけじゃなくて、当時のいろんな新しい心理療法やボディワーク、例えば、POP(プロセス指向心理学)とかサイコシンセスとか、ローゼンメソッドとかEMDRとかNLPとかフォーカシングとか、面白そうなものを片っ端からやりながら、でも自分の中ではハコミがすごくしっくり来ていたのでハコミを中心にしていたんです。

「ハコミのどんなところが、しっくり来たのでしょうか?」

まだ日本にいた時の話に戻ってしまうんですが、ワークショップを受け出した時に、いろんなワークショップやワークをして面白かったんですけど、一方でちょっと気になったことがあったんです。

それは、「恥ずかしいんだけど、やってみよう!」とか「あー、こんなことやるの?」と、何か照れたり恥ずかしいんだけど、「でも、まあやればなにか面白いことに気づけるか」と思って頑張っている自分がいて、心に少しざらつきというか違和感があるのがちょっと気になったんですね。

それで、アメリカに行って、いろんなシンクロもあってハコミにわりとすぐに出会ったんですけど、その時もまずは体験しようと思って、体験セッションを受けさせてもらった時の体験がすごく新鮮だったんです。日本で感じていたような違和感や頑張ってやる感じがなくて、すごく自然にグーッと深いところまで入ってワークが進んでいった。

そこでどういうワークをしたかというのは、正直よく覚えていないんですけど、すごく自然に無理なくできたな、という印象が強く残りました。

それで、「このワークは面白いかもしれない。何かいいかもしれない」と直感的に感じて、それで興味をもってワークショップを受けたりしていったんです。そして、アメリカで生活し、学んでいくうちに、ハコミの何が違っていたのかも、段々分かってきました。

「それはどんなことですか?」

1つは、心理学の世界では意識と無意識という概念をよく使うと思うんですけど、例えるなら、通常の我々の心の状態というのは、意識の方がすごくやかましいわけですよ。声がデカくて、常にベチャクチャベチャクチャしゃべっているような状態。

一方、無意識の方も何か言ってるんですけど、こっちは、「こう思ってるんだけどね、ヒソヒソヒソヒソ…」みたいにポソポソ言っているような状態なわけです。だから、無意識の方の声は、意識がやかましくてよく聞こえないわけですよね。

ほとんどの心理療法は、「どうやって無意識の声に気づくか?」ということを大きな命題のひとつとしているわけですけど、大別すると2つのアプローチがあります。

1つは、「無意識の声を引っ張り上げてあげる」というもの。よく聞こえないからちょっと大きくしてあげる、というアプローチです。ちょっと絵にしてみましょうとか、(身体を)動かしてみましょう、言ってみましょう、とか。そういうのは基本的にこのやり方です。

それに対して、逆に「あなたやかましいからちょっと静かにしなさいよと、意識の声を抑える」のがもう1つのアプローチです。ハコミでとても大事にしている「マインドフルネス」というのは、このアプローチをしているわけなんですよ。

どっちも潜在意識の声を聴くことを狙ってやっているわけですが、後者のアプローチってあまり多くないんですよね。いろいろな心理療法を見ていると、ほとんどが前者の方に分類されます。その理由についても、その後だんだん分かってきました。

いずれにせよ、ハコミは、マインドフルネスを活用した後者のアプローチ、「顕在意識の声を静かにさせて、潜在意識の声を聴けるようにする」という点がひとつの特徴ですね。

(次回につづく・・)

高野 雅司(たかの まさじ)  日本ラビングプレゼンス協会代表、心理学博士(Ph.D.)
                   ハコミセラピスト、ハコミ公認トレーナー

一橋大学を卒業の後、コンサルティング会社勤務を経て、私費留学のため渡米。
カリフォルニア統合学研究所(California Institute of IntegralStudies)の東西心理学部を卒業し、博士号を取得すると共に「組織開発と変容」課程も修了。また、ハコミセラピーの公認プロフェッショナル・トレーニングも修了し、その後は臨床経験を深める。
1997年に帰国し、心理臨床の現場で活躍するとともに、異なる価値観を持つ個人/集団間の創造的な対話を促進するためのコミュニケーション研修やコンサルティング活動なども行う。また、自己表現に不慣れな多くの日本人に適した、繊細かつ内省的な心理療法としてのハコミセラピーの紹介と普及にも力を注いでいる。
2011年、「日本ラビングプレゼンス協会」を設立。 現在は、「一人ひとりの『心の平和』の実現からより良い世界が生み出される」という、自らの原点にある思いを実現していくための重要なカギとして、ラビング・プレゼンスの普及をライフワークのひとつとして位置づけ、可能な限り世界中に広めていくべく意欲を燃やしている。

<日本ラビングプレゼンス協会のHP>
【日本ラビングプレゼンス協会】

<日本ハコミ・エデュケーション・ネットワーク(JHEN)のHP>
【日本ハコミ・エデュケーション・ネットワーク(JHEN)】

<高野雅司先生の著書・訳書>
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人間関係は自分を大事にする。から始めよう


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ハコミセラピー


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魂のプロセス


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トランスパーソナル心理療法入門



インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)

鈴木明美

セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、ゲシュタルトファシリテーター、NLPセラピスト、
交流分析士1級、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren


インタビュアー:川田史郎(かわだしろう)

川田史郎

マーケティングプロデューサー、コーチ。

現状を変えていきたい人、何かをはじめたい人の
コーチングをしながら、
解決策のプロデュースや事業化のお手伝いをしています。


インタビュアー:高橋美智代(たかはしみちよ)

高橋美智代

不惑を過ぎてから、心理学を勉強中の身です。
一瞬一瞬を、共に過ごす人々と、大事にして生きていきたいと思う
今日この頃です。

好きな動物:猫
趣味:読書 ピラティス
レイキマスター


インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
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