第80回目(4/4) 子安 美知子 先生 シュタイナー教育

取り組む意味がある課題だと確信すること、それが「希望」

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「悩みをかかえている方にメッセージをいただけますか?」

えっ? 悩みをかかえない人間って居ないでしょう?  私は80年も生きたからこういうことが言えちゃうのかも知れないんだけれど、悩みがあってこその豊かな人生なんですよ、本当に。悩みは宝になる。宝と思った方が良い。

悩みは恥ずかしいことでもなければ、自分を否定する材料でも無い。それを宝物として生かそうとする、そういう積極性を堂々と持ちましょうよ。私ほど悩んでいる人間はいないだろうと思ったって、そんなの比べることはできないわ。

最高の悩みだとか最低の苦しみだとか、私は、イエス・キリストでもないしクリスチャンでもありませんが、キリストの十字架に比べれば何でもないことです。苦しんでいる時、悩みに苛まれるとき、これは私に自分にどういうきっかけをもたらしているのか、何の促しなのだろうか? と考えていくことです。

そしてできるだけ、それを共有できる友人を日頃からもっていること。

「友達と共有する?」

誰も分かってくれないなんて思わないで、その時は、まさに「溺れる者は藁をもつかむ」ように、手当たりしだいに訴えたりしていいのです。

そのうちに段々、この人と今日、この話ができている、けど、あの人にとっての私は、それだけの力になってあげられているだろうか?  と省みたりする。友情も甘える一方ではなくて、自立し合うことと悩みを共有し合うこととを可能にする、そういう努力はしなくちゃ、大人と言えない。

キリストの十字架なんておこがましいことを言ってしまって恥ずかしいわ。震災で苦しんでいる人達の1人1人、どのお話を聞いても、新聞でご苦労を読んでも、涙で読めなくなる。それに気づくと、自分の悩みなんてちっぽけだ。

私も子どもの頃は、何かと周囲を恨みました。よその家庭は、和やかでゆったりと休まる家庭なのに、自分だけが何でこんなに辛い思いをしなきゃいけないのかと恨む思いをよく持ちました。

「お辛い思いがおありだったのですね?」

実母に死なれて後妻に来た継母を、私は恨んだものです。大人になって、母の側から見れば、二十代で子持ちの家庭にやってきて、その子は素直に従ってくれない、戦時の苦労も重なって、かわいそうだったなーなんて思いますね。

この程度の認識は80歳まで待ったわけでなく、20歳代で少しずつ持つようになっていましたね。で、不思議だけども、血の繋がりのない母が亡くなった時の方が、実の父親に死なれた時よりも悲しかった。それが結構あとを引いた。

実の父親とは葛藤もあり反抗もしたのに、むしろそれを表面立ってやり尽くしたせいかしら、恨むような思いって、残りませんでしたね。父親からは自分が愛されているという自信を,根っこにもっていたのだと思う。亡くなられた時に、何かあまり残らないで済みました。

ところが継母との間には、幼児期にいじめられた恨みや、悔しくて仕返しをしたような思いが、成人して友だちのような対等関係になってからも無意識の底にくすぶっていたのか、彼女に死なれた時、とても悲しくて、「あの時こうすればよかった。ああしとけばよかった」と後悔が尾を引きましたね。

それと私は、シュタイナーを学ぶようになってきてから、自分の今回の人生への「ある納得」を持つようになりました。

「それは、どういったものですか?」

私は、今回生まれてくる前に、自身の人生上の様々なことを選んでいる。産みの親をも自ら選んで地上に出てきた。そして、産みの母親が早く亡くなるということも、次の母親が来たことも、私がそういう運命を選んでいる。それもこれも、自分が携えてきた宿題、と。

前世が見えるとか、そんな神懸かり的なこととは違う。そこまで具体的に「見る」力はありません。ただ、前世があったらしいことは、私には分かる。納得できる。

そして今回の人生において色々あったことは、全て私自身の責任に於いて起きていることだ、と納得します。その上で、今この瞬間からは、私はそれらに縛られない。今の瞬間からはそれらから自分を解き放ち自由な行為をなすのだ。

いつでもその時その時の自分が、その瞬間において自由であって、自己責任に立って全てを選んできた、だから何も恨みはない。反省しても、後悔はしない。

「自己責任に於いて全てを選んでいるのですね?」

私が絶えず噛みしめる言葉「希望とは」をご紹介しましょう。「希望。それは、今取り組んでいることが、きっとうまく行く、と思うオプティミズムではない。このことには意味がある、と確信すること。それが真の『希望』です」っていうの。

ね、厄介な困難な嫌な問題を抱えているとする。何とかうまく解決したい、ああ大丈夫だろうって思うことではない。これ、私の課題だ。取り組む意味があるのだって確信すること、それが「希望」なんですね。

私、去年の夏、ミュンヘンで思いもしなかった病気にかかり、入院しました。救急車で運ばれた時は、ちょっと呼吸困難で苦しかったのですが、入院させられた時も救急病棟にいた時も、私自身の意識に於いては、大したことではないと思っていました。でも、後から聞くと、生還したのは奇跡だったそうです。

その後、色々とその病気のことを調べたり、周りに身内の家族が突然死したケースを聞いたり、主治医からも「実は滑り込みセーフだった」と言われてね。じゃあなぜ、死との境界線にいる見張り番の天使に、まだだ、と追い帰されたのか?その謎を抱え込むことになりました。

それから半年経ちましたが、どうやら向こう側の世界にはまだ行けない。そして、病気になったことにも、追い返されたことにも「意味」がある。それを如実に感じていると、そうだ、これが「希望」なのだ!って分かる。

「そこから戻ってきたことにも“意味”があるのですね?」

そうですね。何か私はまだやるべきことをやらないで疎かにしていることがあるんだわ。それを果たさずにサヨウナラしてはいけないんだな、いい加減にしたままで……。


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「心の事を学んでいる方やセラピストさんに向けてのメッセージをいただけますか?」

心の世界って、れっきとして重い現実なのに、今すっかりバランスを欠いてしまっている。見える世界、計測計量できる物だけが100%の存在権を主張してしまって。シュタイナーの世界観では、私達が生きている世界は3つの世界から成り立っている。

この肉眼で見える世界は、測って数えて計算して分析する。その結果に対して、誰もが逆らわない。○○シーベルトとか、pm2.5とか、記号や数字で表わされると、誰もがみんな科学的だと思って信じます。

そして、心の世界だけの存在を信じて、見えない心や見えないスピリットに対しては、そんなものはないという意見が大半を占めています。

心の世界の方も数値化したりもしますね。人の脳の中の仕組みや、右脳や左脳の働きなど、自然科学の一つの方法として(大脳生理学から)説明でき、それなりに当たっていたりしますが、それとは別に、数値化や可視化など絶対にできない「心の世界」、「スピリットの世界」があるのです。

「スピリットの世界とは、どういうものでしょう?」

シュタイナーが言うには、人間は三つの世界に行きていて、まず身体。これは「物」の世界なので、身体が死ねば、体を構成している水素・炭素・窒素・リン……など物質世界に帰っていく。

でも「心」と「スピリット」は、物の世界ではなく、身体から離れてしばらくの道程を経てそれぞれ「心の世界」と「スピリットの世界」に帰ります。その道程や,二つそれぞれの世界の成り立ちなどをここでお話しするのはとても無理です。私自身、30〜40年かけて勉強して自分では分かってきたつもりでも、この場で語ることにはためらいがあります。

勉強の場は色々できていますし、本も多数出ていますから、興味があったら、それらで探ってみて下さい。ただ、あくまで理性的にお願いします。焦って信じ込んだり、あら素敵、と熱狂することはないように。シュタイナー学校の父母会にもそんな空気はないから、私は却って信頼できるんです。

「心の世界」と「スピリットの世界」は、物理世界の方法が補助的参考になることはあっても、これで解明し尽くせるものでは絶対にない。つまりそれら「物」とは違う世界が、厳然として実在する。さしずめここまでだけを申し上げるに留めます。

シュタイナーのやり方での、メディテーションとか精神集中の練習とかがありまして、それを淡々と学んでいくことは、セラピストの方達のお仕事にも、そしてクライアントさんにも、何らかの成果として作用していくと思います。とても客観性のある仕事です。

「最後に、先生ご自身が生かされたことの意味や、これからの展望などを教えていただけますか?」

それに関して私は、断言はできません。断言すると一種の教祖様みたいで嫌です。昔の昔、太古をもっともっと突き抜けた大昔には、私達人間は、みんな見えない世界の方が見えていて、今見えている世界の方が見えなかったらしい。

それが、段々見える世界の方を征服していくように私達人間が降りてきた。そのかなり降りてきたところで、エジプト時代の壁画などが生まれてきたり、もう少し進んだ頃にはギリシャの彫刻とか、さらに降りてくるとルネッサンスとか、それらがみんな実際の遺跡の中から、後づけられるわけね。

こうして物質界に降りてくる力は、見えない世界の力と引き換えに、反比例のように得てきて、それが19世紀自然科学の発達から今に至るわけです。

「21世紀はどうなっていくのでしょう?」

20世紀から21世紀、電子機器の最たる時代を底にして、これからの人間は段々また、見えない世界が見えるようになっていく、とシュタイナーやエンデが言いますが、ここで大事なのが、これまで得てきた地上世界征服の力を捨てちゃダメ。捨てずにこれを手にしたまま、新しい認識の目を目覚めさせる、とそういう歴史観を、私は納得しつつあります。

この降りてくる過程で、大多数の人が見えない世界への目をどんどん失って行く。ところが稀にまだ向こうの世界が見えていた人がいた。

その個人が向こうの世界のことを、もう見えなくなった人達に語っていたのが、宗教の教祖でした。その頃は教祖が語る必要があったのです。

でも、20世紀を底にして、もう宗教ではなく、1人1人が自力で認識する時代になった。教祖はもう要りません。教祖を通して間接に向こうの世界を知るのではなく、今地上の生でのことがらを自分の目で見、自分の頭で考えるように、これからの個々人は自力で認識の力をもつこと。教えてくださいでは駄目。

人間は20歳になるまでは、教えてもらう必要があります。個々人のレベルでも人類全体としても、21世紀からは自我の確立を自力でするわけです。

「シュタイナー学校についてはいかがですか?」

さっきの質問で、私の展望ということを訊かれました。シュタイナー学校というものが、この世界に存在する事実を、この日本で広く知らせたのが子安美知子という人物だったことは確かです。

それ以前にも何人かの人がドイツで子どもを通わせたり、それに関連するエッセイが書かれたこともありましたが、私が初めて、わりと一般性のある本を書いて、その本が何十万部も読まれたから、歴史的には「紹介者」とされている事実があります。

1980年代、90年代、そして2000年代、じわじわ勉強会と運動が進み、今日本に8〜9ぐらいの学校ができました。幼稚園はもっとたくさん。

私、使命感でやっていると言われるのがどうも自分にそぐわないですね。半分は面白くて、悲壮な感じはもたない。苦労はありますよ。疲労で寝込むことも、たまには。だけど、誰にも生の課題があって、それは苦労も伴いつつ、しかしある意味で淡々とやっていく。シュタイナー著作で読み残しているあれやこれやを死ぬ迄には読んでおきたい、とかもあります。

外の世界に向けても、実は具体的にちょっと大きな目標もあります。千葉で手に入った21万坪もの土地がありましてね。1万坪でよかったのに、何というご縁か、広大な里山をもらってしまった、これも「運命」ですわね。すると学校だけじゃない共同体を作ろうと、自ずとそうなってきますね。

今でも一番基本の所では、心から理解し合える仲間とともに共同体を作ろうとしているのです。ただし絶対にカルト的なものではありませんよ。こつこつと地道に、試行錯誤を重ねてやっていくことで、いつの日かそういう風になっていくのかもしれない。まだまだ下地作りの段階です。悲壮な思いでも何でもなく。苦労は絶えないけれどね、今楽しくやっている日々です。

「下地作り」と言いましたが、シュタイナー教育は2005年からすでに始めています。私個人で言えばこの教育の下地は30年来やってきています。その上で、規模は小さくとも確かなものを種子蒔きし、発芽もさせました。

2005年にシュタイナーこども園という幼児期教育、2007年にシュタイナー学園という小学校、2009年からは大人と子どものための「治癒教育」。これには注が必要ですけれど、いわゆるハンディキャップを負う人間をどうとらえ、自身の自己認識とも結びつける勉強、と言ったらいいかしら。

この2013年春からはシュタイナー学園の一回生が七年生、つまり中学段階に入ります。だから今回インタビューを読んで下さった方の中で、共鳴して、行ってみたいという方がいらしたら、とてもうれしいです。ホームページをごらんになって、ご連絡下さい。


<編集後記>

ご自身の体験を通して、三世代に渡り、教育の変化を
見てこられた子安美知子先生。

戦争という激動の時代から物であふれる現代へ、
時代の大きな変化と教育現場の中で、先生が確信された
思いを活き活きと語ってくださいました。

これまで手に入れてきた目に見える世界を手放さず、
目に見えない世界へも意識を向ける。

両方の意識をあわせもつことで、これから訪れる
新しい認識の世界がもうすぐそこまできている、
そんな予感をさせるインタビューとなりました。(A)

子安 美知子(こやす みちこ)  早稲田大学名誉教授
                     あしたの国まちづくりの会顧問

1933年生まれ。ドイツ文学者。早稲田大学名誉教授。
東京大学大学院で比較文学を専攻、早稲田大学に40年勤続し、ドイツ語ドイツ文学の教職に当たる。
ドイツ語辞典類、文学論文の他、『ミュンヘンの小学生』を皮切りに、シュタイナー教育、ミヒャエル・エンデをテーマとする著書、翻訳書多数。黒姫童話館エンデ資料室」、ビデオシリーズ『シュタイナーの世界』等の監修。
シュタイナー思想と教育実践の学びの輪の中で、1982年「日本シュタイナーハウス」を開設、1987年東京シュタイナーシューレ創立等の歴史をつくる。
1976年『ミュンヘンの小学生』に対して毎日出版文化賞受賞。
2012年春の叙勲において瑞宝中綬章を受勲。

<子安美知子先生のTwitter>
【子安美知子】

<あしたの国 シュタイナー学園・こども園のHP>
【あしたの国 シュタイナー学園・こども園】

<子安美知子先生の著書>
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子どものいのちを育むシュタイナー教育入門


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ミュンヘンの小学生―娘が学んだシュタイナー学校


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シュタイナー教育を考える


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エンデと語る―作品・半生・世界観



インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)

鈴木明美

セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、ゲシュタルトファシリテーター、NLPセラピスト、
交流分析士1級、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren


インタビュアー:前田みゆき(まえだみゆき)

前田みゆき

身も心も魂も輝やくように、いつも笑顔を心がけています。
人とのご縁で、気づかされることが喜びです。

自称 遅咲きさん

コーチングと心と体の健康について、もっか勉強中


インタビュアー:阿部理恵(あべりえ)

阿部理恵

キャリエンジョイ代表
自分のキャリア(強み・経験・スキル)を活かして楽しんで生きよう(エンジョイ)
という思いから、「キャリエンジョイ」を立ち上げました。
フツーに働いているけど、ちょっとモヤモヤしている。そんな方々のご相談承ります。

心理カウンセラー・ファイナンシャルプランナー(AFP)・ライター・俳人
HP:自分を知る力.com
ブログ:「カウンセリング受けるほどじゃないけど・・・」と思ったら読むブログ


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高嶋春奈

幼い頃より、心のことに興味を持ち、
様々な本を読みながら、現在も勉強中。

学んだことを、日々、生活の中で実践、体験中。



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脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
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