第80回目(2/4) 子安 美知子 先生 シュタイナー教育

エポック授業は、忘れるところに意味がある。「知識」が「体験」に変容する

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「シュタイナー学校との出会いについて教えていただけますか?」

公立小学校で手続きした数日後、本屋さんの前の張り紙に、アンゲーリカ・メヒテルという若手女流作家の朗読会のことが出ていました、どんなものかと思って行ったら、聴き手が十数人の気取らない会で、朗読後のお茶会にも残りました。その作家さんが私に「日本からですか」と声をかけてきて、お互いの家庭の話にもなり「子ども、いますか?」「はい、今度小学校1年生」と。

「うちの娘もそうです。シュタイナー学校という、ちょっと面白い学校です。お宅も入れてみたら?うちの娘とクラスメイトにもなれるし」と話が進み、教育の特徴は「詰め込まない。みんなで遊んでいるみたいなところ。外国人も大勢います。上の娘もそこに行っていて、ストレスも少ない学校です」と。私は「あら、これもまたチャンス」と思って、うちに帰って夫に話しました。

「チャンスと思われたのですか?」

ドイツに着いたばかりの時、私はいきなり娘を近くの幼稚園にぶち込むように入れたの。そうしたら迎えに行くたびに幼稚園の先生に「この子は口がきけないんですか?」と。ドイツ語ではっきり「おし」と言われたの。「いや〜結構おしゃべりな子ですけど」と答えたことなどもある。

その先生が「この子、観察力があって、けっこう理解はしているみたいだけど……」と言われたり。そんなことも特に気にしてはいなかったのだけれど、メヒテルさんとの出会いが、一つ可能性を開いたとも思えて、夫と、ではそのシュタイナー学校というところに入れてみようかとなったのです。

シュタイナー学校は、手続きはすべて締め切っていましたけれども、杓子定規じゃなくて一応話し合いしましょうと対応してくれました。

その面談日、先生が娘に画用紙とクレヨンを渡して「何か絵を描いて」と促し、娘が家と女の子と木を描くと、「これは何?」。人前であまりしゃべらない娘が、「ハウス」、「メートヒェン」、「バウム」と、ドイツ語ではっきり答えていました。

先生は私に月謝の話や教育の基本的なことなどを話しました。で、数日後教員会議に出した結果の電話がありまして、「入学を歓迎します」だったのです。

「入学してみていかがでしたか?」

驚くことばかりでした。まず学校に上がる前に、私が一番親しくしていたドイツ人の友達に、「シュタイナー学校に入れるわ」って話したら、彼女は「えーっ!」って。「あなたのうちの子どもがあんなところに行くことないでしょ」って、呆れた顔をするの。

「あそこは馬鹿が行く学校よ。絵を描いて歌って踊って勉強なんかしない」その反応には私、ちょっと当惑すると同時に好奇心もっちゃった。それから娘がレッスンを受けているミュンヘン音大のバイオリン教授に「この子、そろそろ学校でしょ」と言われて、また反対されるのかな、と思いながら「シュタイナー学校です」と言いました。

この先生も、エッと声を高めたんですけれど、「あなた、その学校のことを知ってたんですか!」と驚いてる。「いや、知りませんでした。こういう訳で勧められて」と話したら、先生は「それは歓迎すべき決心だ」って、私の手を改めて握手する。

その他にも何人かの人達に言ったら、賛成と反対がはっきりありましてね。もう入学前から好奇心満々でしたね、親としては。そして行き始めたら、面白いの何のって……。

「面白いとは?」

大きなノートのページにクレヨンでまっすぐな直線を一本描いてくるだけの日、螺旋を描くだけだったり、Kという大文字をページいっぱいの絵みたいに描いていると思ったら、これは王様の絵よ、という。王様は KONIG(ケーニヒ)と言って K で始まるから、その王様の絵から少しずつ大きなKの文字に移るのね。

毎日絵を描いて、それが6週間続いて、その間にアルファベットの大文字が10〜12くらい。あまりにもゆっくりした進み方でした。そしてある日、ドイツ語はしばらくお休み。明日からは数の勉強ですって。

私、びっくりして、迎えに行った教室前で先生を捕まえました。「うちの子はやっと大文字が十数語書けるようになったのに、明日から忘れてしまいます。忘れないように私が家で教えておきましょうか?」。先生が「いや、忘れさせてください。忘れなければいけません」って真顔で答えた。面白くない?

これが「エポック授業」なのでした。次の日から算数エポック。初日は1人の子を黒板の前に立たせて、みんなでその絵を描くの。次の日は2人立たせ描く。ローマ数字のTとUに見えます。3人立てばVに見えます。次のWはどうするのかなと思っていたら、先生はいきなり5人立たせたのね。

クラスのだれかが先回りして、先生そんなことしたらキリないよって心配する。じゃ、何とかしよう。こうしてみよう。5の時には指をまとめたらどうだろう。親指はこうして立たせて、ほかの4本をくっつけてみよう。なるほど X になる。で、4の時は5からちょっと1人外れてもらおう。すると W になりますよね。

6から先は両手を使って、Y,Z,[。そして10は両手の指をまとめたまま、手首と手首を交差させます。] が出来る。そこから一人外れてもらったら\。このあと11、12まで行くんですけれど、この数字描きのエポックに4週間を費やします。ゆっくり、ゆっくり、とね。で、また算数のエポックも終わったら、「忘れさせなさい」ですね。

「それはどういうことなのですか?」

う〜ん、「忘れさせる」って言っても、肝心なのはね、毎日算数を45分、国語45分と細切れ枠で勉強して忘れるのと、来る日も来る日も算数に集中して100分間を連日、その4週間の後に忘れる必要がある、というのとでは、質的な違いがあるってこと。


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「それはエポック授業というものですか?」

そうです。エポック授業だからこそ,忘れるところに意味があるんです。忘れた知識が、いやその「体験」が、形を変容させて残るんです。集中的に入り浸ったことがらは、知識を頭に注入したのではない「体験」なんです。

知識のつもりでいたかもしれないけれど、忘れている間にじわじわと無意識の奥底に沈んでいく。これって凄いこと。意識の表面に残る記憶なんかじゃないのです。その個人その個人の辿る人生、様々な出会いや岐路で、無意識からたちのぼる生命(いのち)の力に変容しているんです。

“宗教革命が1555年の宗教和議によって和解”これ、受験のための暗記ね。この丸暗記をたくさんの量、意識的に保持したとして、生命の力に熟していくでしょうか?

仮に「宗教改革」というテーマを8年史の歴史エポックに組み入れるとする。エポックの初日あたりは先生がマルティン・ルターの生い立ちから語ったりしますよ。というのは、歴史に実在した人物にまず身近にいる人のような存在感を持たせるのね。好悪の感情でもいいの。自分との直接な関わりを覚えさせて、年号や細々した事項を客観的に知るのはその後からです。

そういう深入りして続く3週間なりのエポックです。歴史も、地理も、物理も、全科目。美術史は2週間かけてイタリアの美術館巡り。老人ホームや自動車工場の実習も。

その後で忘れると体験が深みに潜ったところで、それは学んだ知識が固定した形で記憶されるのでなくて、形は変容する。生命が作用するから動き出すの。皆さんお若いから、これまでの人生で何か思い当たるかもしれないし、自分の日常生活の中での体験が無意識に沈んで行って作用することに思い当たるんじゃありません?

学校の勉強ってね、全ての科目がその人の生きていく力に変容していくような、その作用を呼び起こすカギでありたいですよ。というところから一つ一つの授業を集中的なエポックの形でグーッと深みに入れ込むの。

だから知識が子どもの頭に表面的に残ってるかどうかを確かめるテストなんてしませんよ。点数を付けることではない。でも通信簿はありますよ。点数ではなくて、子どもを描写する文章で。

「1から50まで足したり引いたり掛けたり割ったりすることが、ほぼできるようになりました」とか「足すのと掛けるのは早々とできる、でも割るということはまだちょっと苦手です」とか。

入学して半年くらいすると、毎月父母会があるんだけれど、両親とも出られるようにペアレンツイブニングと言って、夕食後の8時からです。そこで必ず質問が出ます。「先生、エポックで勉強したこと、忘れる必要があるって言われるのはなぜですか?」って。

自分が何かに夢中で集中して成し遂げた時、後で確かに忘れてるんだけれども、何かがどこかで力になっているって感じること、ありますよね。私もそこを、ちょっと理屈っぽく分かりたいと思って、いろんな本も読みました。そうしたら、こういうことが書いてあった。

シュタイナー学校で長年歴史の先生だった方が、“教師たるもの、目の前にいる子ども達が、今自分の言ってることを全部覚えてくれると思ったら大間違。今この子達に語っていることは、全て忘れ去られる運命にあるということを承知しておけ”って!

私もそれを聞いてガーンって。その頃、早稲田大学で学生達に「忘れちゃだめよ」「あら、もう忘れたの」を口癖にしている教師でしたから。「必ず忘れ去られる運命!」でも、どうもその言葉、当たっている。じゃあその次にどう書いてあるか?“忘れ去られた後に何がその子に残るのか、そのことに思いを致せ”

「そこに繋がってくるわけですね?」

そうなんですよ。だからその本を読んでからは、大学での授業の時「忘れないでね」と言う回数が減りました。時々言ってしまうと、心の中で、また言っちゃった、と自分で舌打ちしていました。

毎週学生達と顔を合わせて言葉を交わしている。そのことの何らかの意味を考えることはよくしました。で、定年退職を迎えた時に、いつこんなことをしたのかと驚くような文集を作ってくれた。ちゃんとドイツ語もしっかりしていて驚きましたけれど、あの忘れ去られる運命というのを自覚していたこととの繋がりがあるのかと思いましたね。

「シュタイナー学校の特徴としてフォルメンとオイリュトミーというものがあったと思うのですが、お話しいただけますか?」

ええ、フォルメンもオイリュトミーも、普通の学校の科目にはないですね。シュタイナー学校ではこの2つは必修で、12年間続く非常に大きな2つの柱なんですよね。まず入学初日にノートとクレヨンをもらいます。

「エポックノートというものですか?」

ええ。で、そのエポックノートの第1ページ目、紙の上に直線を引いて。次の日に半円形を描いてきて、その次には直線を真ん中にして半円。次の日にはこんなの、あるいはこういう角張ったの、学年が進むと、この三角形とこの三角形が交わるとか、どんどん進んでいく。フォルメンの教則本だけでも10冊くらいシリーズであって、大人の私達も面白くて勉強会をしましたよ。

それは何かというと、生命あるものは常に動くわけ。フォルメンというのは動きなんですよ。本当は形ではなくて、動きが最終的に静止した時に形ができて、動きの完成形が形。しかし形が形でそのまま留まっていたら、それはもう死なんです。

「いのちあるものはみな動いている」なんて、子どもに言葉では言いません。あるものに必ず動きがある。それは大人の哲学です。子どもには、体験として動きを動き、動きを描く。

子どもの持って帰ったノートを見ると親はね、学校でこれやってきただけなの?  ノート1ページに直線だけ。これだけ見たら私の友達のように、「何よこれ?やっぱり馬鹿が行く学校」と思う。

授業では先生が、まずまっすぐ立ちましょうと言う。一人ずつ、まっすぐ動きましょう。まっすぐ後ろにも沿っていきましょう。今度はみんなでまっすぐな列になりましょう。みんな列になってそのまま動きましょう。そして、今度はそれを描いていく。

大人の私達も父母会でそれをやるんですよ。ちょっとテレたり、不可解な顔もして。

まっすぐ線を描く。まっすぐっていうのは、見えない彼方から直進してくる。まっすぐの動きに私も乗っていって、ここで私は手放した。その動きは私の手を離れてもさらに彼方に伸びていく。それを心の目で追います。

動きを紙の上に描くのがフォルメンだとすると、自分の身体で動くのがオイリュトミー。両腕を水平にして直線。きちんと水平にできたかどうか、鏡に映して確かめようとしてはいけないの。「鏡を見ては駄目です。あなたの意識が本当にまっすぐになっていますか?」って注意されます。

あるいは 「あなたの直線、この指先で切れています。そこで意識を切らせているから。水平っていうのはどこまでも水平が続いているのです。垂直に立つ動きでは、私の足から地球を突き抜けて向こうに達する意識で」とか、そういう動きをするのがオイリュトミー。フォルメンもオイリュトミーも、この可視的な物理世界を超えて出る意識の訓練です。

「両方、繋がっているのですね?」

そうですね。今の例はフォルメンの発端であり、オイリュトミーのスタートでして、学年が上がるにつれてどんどん複雑に組み合わさったものになります。

オイリュトミーでは音楽の音階もドレミファソラシドといく。ドレミファの音を動いて、ファ音にシャープが付いたり。ソラシのシにフラットが付いたら?そこでフラットがつくことによる翳り、シャープがつくことによる目覚め、っていうような音の質を表現する。それから母音とか子音とか、そういうことがオイリュトミーで表現されてくる。

(次回につづく・・)

子安 美知子(こやす みちこ)  早稲田大学名誉教授
                     あしたの国まちづくりの会顧問

1933年生まれ。ドイツ文学者。早稲田大学名誉教授。
東京大学大学院で比較文学を専攻、早稲田大学に40年勤続し、ドイツ語ドイツ文学の教職に当たる。
ドイツ語辞典類、文学論文の他、『ミュンヘンの小学生』を皮切りに、シュタイナー教育、ミヒャエル・エンデをテーマとする著書、翻訳書多数。黒姫童話館エンデ資料室」、ビデオシリーズ『シュタイナーの世界』等の監修。
シュタイナー思想と教育実践の学びの輪の中で、1982年「日本シュタイナーハウス」を開設、1987年東京シュタイナーシューレ創立等の歴史をつくる。
1976年『ミュンヘンの小学生』に対して毎日出版文化賞受賞。
2012年春の叙勲において瑞宝中綬章を受勲。

<子安美知子先生のTwitter>
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<子安美知子先生の著書>
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ミュンヘンの小学生―娘が学んだシュタイナー学校


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鈴木明美

セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、ゲシュタルトファシリテーター、NLPセラピスト、
交流分析士1級、レイキヒーラー
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心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
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代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
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