第79回目(1/4) 上田 信行 先生 同志社女子大学

教育って、楽しくていいんだ!

今回のインタビューは、「プレイフル・ラーニング」をキーワードに
実験的ワークショップを数多く展開されている同志社女子大学教授の
上田 信行(うえだ のぶゆき)先生です。

上田先生は、奈良県吉野川のほとりにある「ネオミュージアム」館長
でもいらっしゃいます。
「ネオミュージアム」は、ラーニングデザインの実寸大のリサーチスペース。

人と人とが出会い、コミュニケーションをとおして生まれる「学びの未来」や
「憧れの最近接領域」「ワークショップとは」「ファシリテーターの役割」などについて、
最先端のお話を伺って参りました。

インタビュー写真

「子どもの頃は、どんなお子さんでしたか?」

小学生の頃は、結構おとなしくて、活発に何かをするというタイプではなかったですね。僕の父と祖父は大阪の船場という所で働く船場商人、紳士服の羅紗を販売する問屋さんを営んでいました。大阪商人の子どもということで、番頭さんやいろんな方が一緒に住んでいて、にぎやかな家庭で育ちました。

ですが、自分から何か積極的にやるという子どもではなかったですね。中学の時はボーイスカウトに入りました。ボーイスカウトの隊長が登山部やスキー部の顧問をしておられましたので、その関連で登山やスキーをやりだしました。今まで自分では思ってもいなかったことを始めたのです。

高校時代も最初はシニアスカウトの活動を続けていたのですが、受験校に通っていたので、普通の受験生の生活をしていました。ただ、音楽がすごく好きだったので、ちょうどその時フォークソングが流行り出していたこともあり、フォークギターを買って友人達と一緒に歌っていました。

その頃から、音楽を仲間とやり始め、アメリカのフォークを歌っていましたので英語にも興味が湧き出しました。

1年間浪人をしたのですが、浪人するだけではもったいないと思い、イングリッシュハウスという英語で生活するところが家の近くにあったので、そこに行っていました。そこの館長さんが「これからは世界に視野を向けないといけないよ」といつも言っておられたので、半分英語の勉強をしながら、受験勉強をやっていたという感じでした。

京都ではフォークソングが盛んだったし校風にも惹かれて、僕はどうしても同志社大学に行きたかったのです。新島襄の「新しいキリスト教主義の学校を創る」という開拓精神にも憧れを感じていたんです。

「入学後はいかがでしたか?」

大学に入ってから、だんだん活動範囲が広がってきました。環境が変わるにつれて、中学ではスポーツをしたり、高校ではフォークソングや英語に出会って、大学に入った時にはカナダ、アメリカツアーに行きました。この旅行が僕の大きな転機になったのです。

カナダに行った時、こんなに大きな国があるんだとショックを受けました。その時にこれは本格的に英語を勉強しなくてはダメだと思ったのです。大学では、フォークバンドを作ってたくさんのフォークソングイベントに出場し、国際理解のクラブにも入って、外国の文化や英語の勉強とかがむしゃらにやりました。このことが今の仕事のベースになっているような気がします。

「カナダで衝撃を受けられて、その後は?」

海外にもっと目を向けないといけないと思い、カナダ旅行後、同志社の国際理解のクラブに入りました。DESA(デッサ) Doshisha Exchange Student Associationというのですけど、そこで、新島襄の精神、国際友愛精神をたくさん教えてもらいました。それと音楽活動を同時にしていました。

DESAのクラブを3年で引退後、カナダ・アメリカスキーツアーを自分で組んで、旅行会社みたいなことをアマチュアで始めました。「カナダ研究所」と名付けてカナダ旅行などを企画しました。それがものすごく面白くて、こんな仕事をやりたいなと思っていたんです。

大学4年の時に、NHKで「セサミストリート」の放送を初めて見たんです。アメリカ的でポップな感じで、音楽が楽しくて。「これ何?」と思って聞いたらこれが教育番組だという。「教育って楽しくていいんだ!」というのが、衝撃でした。それが今も僕の原点になっています。

それまで、教育や勉強っていうのは大変だというイメージがあったのですが、セサミストリートを見て教育に対する考え方ががらっと変わりました。それと同時にテレビなどのメディアに興味を持つようになりました。

このセサミを見た衝撃がきっかけで、セサミストリートを勉強したいと思ってアメリカに留学しました。

「アメリカに留学して、セサミストリートを学ばれていかがでしたか?」

最初、日本の方に紹介していただいて、セサミストリートの研究は視聴覚教育になると言われて、ミシガン州の教育系の大学院に行きました。

ミシガンはニューヨークから遠かったのですが、アメリカに来たからにはセサミストリートを勉強したいと思って、冬休みにニューヨークのスタジオに行きました。衝撃的だったんです!

制作スタッフのみなさんが、大きなミッションとヴィジョンを持ちながらすごく楽しそうに仕事をやっている光景を見て、僕はアメリカでこういう人達の中で学びたかったんだと、その時、強烈に思いました。

CTW(Children’s Television Workshop,現在、Sesame Workshop)という組織がセサミストリートを創っていたのですが、そこの人達にハーバード大学でセサミストリートを研究しているよと言われ、ジェラルド・レッサー(Gerald Lesser)先生という方に会ったらとサジェスチョンをもらいました。その足でボストンに飛んで、ジェラルド・レッサー先生にお会いしたんです。

彼にここで勉強したいと訴えたら、「すぐ願書を書きなさい」と言われて、僕は必死で思いのたけを願書にたたきつけました。結果は、本当に幸運だったのですが、受かったんです!

その年の9月からハーバード大学教育大学院(Harvard Graduate School of Education)で学び始め、大きく世界が変わりました。世界中からいろんな人が集まってきて先端の研究をしていましたから、もう夢のような時間でした。「教育は面白い!」と心の底から思いました。


インタビュー写真


「帰国後はどんなお仕事を?」

日本に帰ってきて、NHKで「おかあさんといっしょ」の2歳児を対象とした新しいコーナーを創るということを聞いて、リサーチャーとして仲間に入れていただきました。

帰国後、大阪の帝塚山学院大学という所に就職していましたが、毎週東京に行って「ハイ・ポーズ」のコーナーなどに関わらせていただきました。アメリカでやっていたことを活かせる!と思って、テレビ番組開発の研究に取り組み始めたのです。

6年間ぐらい帝塚山学院大学に努めていたのですが、30歳になった時に、もう一回ちゃんと基礎から勉強し直そうと思って、大学を辞めて再度アメリカに行きました。そこでテレビについて勉強しようと思ったのですが、時代はコンピュータだったのです。

マサチューセッツ工科大学(MIT)が近くにあって、そこでセイモア・パパート(Seymour Papert)という先生がLOGOという子ども向けのコンピュータ言語を開発していて、子どもの教育へのパワフルな応用研究が始まっていたのです。

「それはどういったプログラム言語だったのですか?」

子どもが自らプログラムすることによって、積極的に学んでいける。今まではコンピュータが子どもをプログラムするという感じですよね。そうではなくて子どもがコンピュータをプログラムする。自分でプログラムを書いて世界に働きかける、という大きな思想転換だったのですね。


子どもは教育を受け身的に受け取るのではなく、自らの学びは自分でデザインする。知識や解釈は人から教えられるのではなく、環境や他者と交渉しながら自ら作り上げていく。今まで、勉強は知識を覚えることだと思っていたので、「これは全然違う。すごい!」と。これを構成主義的学習観というのですけど、そういうドキドキするような新しい考え方に感激しました。

これからはどう教えるかではなく、どういう学びの環境を作るかということ、つまり「学習環境デザイン(Designing Learning Environment)」がこれからの教育の中で大きな位置を占めると思いました。

セサミストリートの時は、いかにテレビを使って教えるかということだったんですが、今度はどんなEvocative(触発的で喚起するよう)な環境を作れば、子どもはイキイキと楽しんで学べるかという、研究の大きなパラダイムシフトが起こったんです。

「その後はどうなさったのですか?」

ハーバードでモティベーションの研究をしているキャロル・ドゥエック(Carol Dweck)という先生がいらして、子どもはどんな考え方を持つとやる気をだすのだろうかということを研究なさっていました。

僕はそこにすごく関心があったんですね。キャロルがやっていたのがマインドセット(mindset) で、僕は「心の姿勢」と訳しているのですが、自分の可能性や世界に対してどういうイメージを持っているかで、モティベーションは変わる。性格ではなくて考え方だと。彼女は認知(cognition)の問題として動機づけの研究に取り組んでいたんですね。

それをベースに2009年に『プレイフル・シンキング』という本も書かせていただいたのですが、何か課題が出された時に「Can I do it?」と考えるタイプと「How can I do it?」と考えるタイプがいると。

僕達は、できるかなと悩むことが多いですが、もし、課題をもらったときに、最初からHowで考えられれば、ポジティブに一歩踏み出せる。どうやってこれやろうかという風に。だから、CanからHowに変わるにはどうすればいいかと考えてきたのです。その時に浮かんだ考え方が、「How can we do it?」という考え方。誰とだったら、これができるか?つまり、他者の存在ですね。

「誰とやるか・・・ですか?」

あの人とだったら、この道具を使えば、こんな条件だったら、と全て前向きに考えられる。そういった姿勢を持つことによって、ものすごく大きく変われるじゃないかと思いました。

人間が悩むのは一人で抱えるからであって、もっと前向きに人を頼ればいい。寄りかかって頼るのではなく、相手と一緒になって、相手を信用して頼る。そういうことで僕は大きく変わった。

じゃあ、みんながHowに変わるような場を作るにはどうしたらいいか。実践的に研究をやっていこうと思いました。それで帰国後、このような学びを実現するフィールドとして奈良県吉野町に「ネオミュージアム」を創りました。実験的にスタートしたのです。どうやったら自分の可能性を信じて、いろんな人と協力して生きていけるか。

多分、悩んでいる人は一人きりで悩んだり、自分はダメだと思っているけれど、自分に注意を向けないで、外に注意を向ける。課題が出た時に、自分にできるだろうかと自分を見るのではなく、課題を見る。そして、どうやったらできるのかと考える。

そうすると全部外(課題)に注意が向いていますから、あまり落ち込んだりしないですね。僕ももちろんしょっちゅう落ち込むのですが、こう考えようと思って、自分で努力して、考え方を変えてやっている。特にいい仲間と共に生きるというのが、大切だと思います。

「先生にとってワークショップとは?」

僕がワークショップを始めた頃は、この言葉はあまり使われていませんでした。いろんな人が集まって何かを作り出そうとするものに名前がなかったのですね。それでふとセサミストリートのプロダクションが「チルドレンズ・テレビジョン・ワークショプ(CTW)」という名前を使っていたのを思い出して、この言葉を使おうと思いました。その頃僕は、CTWのことをテレビ実験室と訳していました。

ワークショップは僕にとっては、いつも実験室なんです。みんなで集まってグループでやるからワークショップではなくて、何か新しいものを創っていこうという実験的スピリットが入っていることがすごく大切で、何が起こるかわからないことに面白さがあるのです。

僕らは何が起こるかわからないこと、変化に不安を持ちますが、これからの時代は変化を楽しめないといけないし、自分の可能性を試していかないと。自分の殻に閉じこもれば閉じこもるほど住みにくい世界になりますね。世界がどんどん動いていますから。

ですからそのためにはチャレンジし、試して直していけばいい。長い時間をかけて計画を立てるというより、やり始めて、やりながら修正していく。ワークショップを通してそれを学んでいこうと。ワークショップは場だし、装置です。いい仲間のいるところに自分の身を投じて行ってください。

「仲間と、やりながら修正していくのですね?」

ロシアの心理学者ヴィゴツキーが「発達の最近接領域」という概念を発明したのですが、僕はこの概念がとても好きです。一人じゃここまでしかできないけど、誰かと一緒だったらここまでできる。この可能性のゾーンを彼は発達の最近接領域と呼んだんです。自分一人でここまでいくのは時間がかかる。でも誰かのサポートがあれば今日実現できるかもしれない。

僕はこのアイディアを借りて(appropriateして)、「憧れの最近接領域」という概念を創りました。この場にいれば憧れに手が届く。僕はよくジャニーズの例を出すのですが、例えば嵐の後ろでジャニーズジュニアが踊っている。ジュニアにとっては、嵐の舞台に一緒に立つこと、この舞台そのものが憧れの最近接領域なのです。ここで踊っていれば次には必ず前にいける。そういうようなことが、人間を可能性へチャレンジさせていくのですね。

根性論ではなく、ものの考え方や他者のサポートによってあきらめずに前に進んでいける。人間一人では弱いし脆いかもしれないけど、いい友達・仲間を持つことによって可能性を広げていける。

全てが個人の中にあると考えると、落ち込むかもしれないけど、可能性は、状況や仲間の中に存在するんです。僕の能力は僕の中だけにあるのではなく、この環境の中にある。今だって、みなさんが聞いてくれているから僕は話ができている。だから場作りが大切なんです。

(次回につづく・・)

上田 信行(うえだ のぶゆき)  同志社女子大学 現代社会学部現代こども学科教授
                     ネオミュージアム館長

1950年奈良県生まれ。同志社大学卒業後、『セサミストリート』に触発され、セントラルミシガン大学大学院、ハーバード大学教育大学院で学ぶ。ハーバード大学教育学博士(Ed. D.)。帝塚山学院大学専任講師、甲南女子大学人間科学部人間教育学科教授を経て、現職。
専門は教育工学。学習環境デザインとメディア教育についての実践的研究を行っている。
実験的アトリエとして奈良県吉野川のほとりに「ネオミュージアム」をつくり、1990年以来、実験的ワークショップを数多く実施している。
現在、人と人が織りなすコミュニケーションから豊かな学びの場をつくる「プレイフル・ラーニング」という新しい考え方を構築し、実践的な研究を続けている。

<上田信行先生のHP>
【learningthroughlove label】

<ネオミュージアムのHP>
【neomuseum】

<上田信行先生の著書>
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プレイフル・ラーニング


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プレイフル・シンキング



インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)

鈴木明美

セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、ゲシュタルトファシリテーター、NLPセラピスト、
交流分析士1級、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren


インタビュアー:前田みゆき(まえだみゆき)

前田みゆき

身も心も魂も輝やくように、いつも笑顔を心がけています。
人とのご縁で、気づかされることが喜びです。

自称 遅咲きさん

コーチングと心と体の健康について、もっか勉強中


インタビュアー:古武家真美(こぶけまみ)

古武家真美

心理学とカウンセリングを勉強中。
自分らしさを探す旅の真っ最中です。

学生の悩みに手紙やメールで答えるVFM東京でも活動しています。


インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
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