第78回目(2/4) 関 則雄 先生 日本クリエイティブ・アーツセラピー・センター

アートセラピーは、技法ではない!

インタビュー写真

「その後は、アメリカにしばらくいらしたのですか?」

アメリカはトータルで4年間。最後の1年間はニューヨークのキングス・カウンティ病院センターの病棟付きのアートセラピストでした。だから、1年間はニューヨークの市の職員だったんですよ。

「最初のお仕事はアメリカだったのですね。お仕事を始めた時はどんな感じでしたか?」

キングス・カウンティ病院センターには、病棟の建物が16ありました。その1つに精神科の独立した病棟があり、その5階に2つユニットがあり、その1つに私は配属されたんです。入院患者は30数名いました。私はそのユニットの専属のアートセラピストでした。

ドクターが3人、サイコセラピストが1人いました。これが全部病棟付きですから、病棟の中に部屋があるんです。こういうのは日本にはあまりないと思います。

アクティビティーセラピー・デパートメント、訳すと“活動療法科”の部署がありまして、そこで作業療法士、アートセラピスト、ダンスセラピスト、ドラマセラピスト、ミュージックセラピスト、リクレーションセラピストなどを雇いまして、各病棟に種類の違うセラピストが2人ずつ配属されます。

でも、私が行ったユニットでは前任者2人が辞めた後で、折からの市の予算が凍結で補充がなくて、セラピストは私ひとりだったんです。

患者さんは7割が黒人、2割がヒスパニック、あとの1割はユダヤ人、アジア系アメリカ人といったところかな。日本人はいませんでした。スタッフは、3人の精神科医がイラン人、ユダヤ人、ドイツ人、サイコロジストはコケイジャン、ナースのほとんどはフィリピン人、補助ナースは黒人。私についたインターンの学生はハイチの女性。つまり、世界の縮図みたいになっていました。

「日本人1人で、孤立しませんでしたか?」

日本人という立場が不思議で、スタッフや患者さんを問わず、あらゆる人種の人達が好意を持って接して来るんですよ。

ユダヤ人の同僚の悪口を言うドイツ人の精神科医は私に愚痴をこぼしに来たり、フィリピン人のナースは仲間意識で話しかけてきたり、黒人の若い患者は、日本人は皆カラテができるのだと思い込んで、あこがれのまなざしで接してきたり。ですからむしろ、皆が寄ってきて、それに支えられたという感じかな。

「患者さんにセラピーをするのに、大変なことなどはありましたか?」

実は、その頃には1人でグループをリードするのには慣れていたんです。インターンの時の体験が大きかったです。

大学でのインターン先は1年ごとに別な場所を選ぶことを要求されていました。で、2つのうち、最初は半官半民の特殊学校、スペシャルスクールに行きました。3歳から15歳までの子どもがいる学校で、多くは、自閉症児、発達障害、虐待を受けた子ども達などです。そこでの絵の授業はアートセラピストが担当していました。

私はセミスターの始まる9月から行きましたが、2か月しか経っていないのに、ある日いきなりスーパーバイザーが来て、「ここを離れることにした」と言うんです。学校の経営に対してぶつかったのが原因で、彼は辞めてしまったんです。彼がいなくなって、子ども達が取り残された。でも、授業はあるわけです。

その次の日からは、私1人です。時間になったら、子ども達がドアの前で待ってるんですよ。それで、数か月間、さまざまな年齢層の子ども達のグループをリードしてきました。だから、まず体験するっていうことを、やらざるを得ないからやっていった。

2年目は精神科に行きました。近くにある精神科の病院で、先ほどのキングス・カウンティーH.C.と似た構造なんですが、スーパーバイザーが同じ大学を出た30代の白人女性のアートセラピストでした。

そうしたらまた同じことが起きて。朝早く、ドクター、ナース、セラピストが集まって個々の患者さんについての申し送りと検討のためのミーティングがあるんですね。そこで彼女とドクターとの間で衝突が起きて。それで、彼女が怒って、「もうこんなところにいられない」って他の病棟に移っちゃったんです。

「また1人ですか?」

そう、スーパーバイザーのアートセラピストはいなくなっちゃって、また私が1人残されてセッションを任されたわけです。

それで、病院に行くと、画材のつまったクローゼットを開けて椅子に座り、「今日のセッションは何をしよう」と。半分瞑想みたいですよね。患者さんの顔を思い浮かべながら、2〜3時間考えて、「これがだめならこれ、これがだめならこれ」って3つくらい考えて、それでやりました。

また次もそうやって、という風に。・・・それで気がついたら1人でやれるようになっていた。

今働いている病院でも、私のスタイルは、何をやるかは基本的にその場で決める、というやり方です。大枠は「この前これをやったから、これ」ってあるんですけれどね。

頭の中に百何十ものメニューがあるから、「今日は何か皆さんどんよりしてるな〜、そういう時はこれやろう。今日は皆さん交流したがってるな、だったらこれやろう」と。

「その時のムードやエネルギーから決める?」

そうです。幸か不幸か、突き放されたからそれができたので、おそらく「私のやり方にきちんとついてきなさい」という教わり方だったらできなかったと思う。

今、他の人達を教えていて思うんですけれど、やっぱり学ぶだけでなく、自分から飛び込んでいかないと自分のものにつながらないですね。


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「日本に帰ってからは、いかがでしたか?」

それで日本に帰りまして、その時に思いました。「これ、アメリカでは通じるんだけれど、日本じゃ、お絵描きなんかと馬鹿にされ、大人はやらないんじゃないか?」と。

ところが最初に精神科回復期病棟で共同画をやったんですが、始めてみると、ひげ混じりの大人も若い女性も夢中になってクレヨンで描いて、描きあがってからは拍手まで沸き起こりました。

「病院側からもアートセラピーが受け入れられてきたということですね?」

そうなんです。そしてすごく感謝してるんですけれど、当時は病院自体がまだ余裕があって、雇ったらすぐに、「あなたできるでしょ」っていうんじゃなくて、準備の時間を与えてくれたんですよ。最初は回復期の病棟、次は急性期、その次は慢性期の病棟っていうように1か月ごとの時間差を置いて順番にスタートをさせてくれたんです。

それで少しずつ組み立てていけたんですよ。その時に、あとで気がついたんですけれど、例えば、回復期と急性期と慢性期と、同じ精神科でも患者さんの病態が違うんですが、そこで違うことをやってる自分があるんですよ。違う材料を使って違うセッションのスタイルでやっている。

後で、「ああ、これがアメリカで学んだことなんだ」って気づいたんです。基本を学んでいるから、どこに持っていってもできるんです。

これが、たとえば老人のアートセラピーはこういうやり方である、としか学んでいなければ、それしか知らないから、それしかできない。しかし、アートセラピーの対象者には子どももいれば精神科の大人もいるし、認知症の老人もいるし、といろいろありますよね。そうしたらその数だけ覚えなきゃいけない。そんなの無理でしょう?

そういうんじゃなくて、一番本質的な、絵を通して何をやるのか、素材ってどういうものなのかとか、何のためにやるのかとか、そういうことを学んでいるから、自然に自分の中で、対象者ごとのやり方の違いができてきた。

だから私のやり方は全部アメリカで学んだと思われるかもしれませんが、でもアメリカで技法を学んだわけではないんです。

「それは、どういうことですか?」

要するに、技法ではないということです。日本に帰ってきてびっくりしました。日本で行っている絵画療法は、技法になっている。技法になっていると、手順の問題なので、やっている側については問われなくて済む訳ですよ。でも、人の心と心のぶつかる所では、アートセラピーは単に手段なんです。

「ご存じでない方に、芸術療法について教えていただけますか?」

芸術療法というのは、絵や音楽やダンスなどの芸術表現という手段を通してクライエントや患者さんの中から創造的自己表現と気づきを引き出し、自己の人生に対する主体性を取り戻していくというアプローチです。英語では複数形のアーツセラピーがそれにあたり、アートセラピーは、ビジュアルアートに限定したものになります。

こう述べても、言葉上の定義の説明にしかなっていませんので、もっと本質的なところからお話ししたいと思います。つまり、芸術療法は心の癒しを目的としたメソッドです。・・・では、なぜ人は心の病気になるのでしょうか?

それには心理学的立場や学派によりいろいろな考え方があります。でも共通していることがあります。人間、つまり自分というものは、好むと好まないとにかかわらず、社会の中で生活していくわけですよね。

そしてその社会の中で、個人としての自分は社会と必ずぶつかる。アリストテレスが、人間は社会的動物だと言っていますが、これはまさに人間存在の宿命みたいなもので、人間を社会から切り離して語ることはできないし、その葛藤の中でバランスを取っている。これのバランスの中に健康があります。つまり、健康という静止した状態があるわけじゃあない。

その自己と社会の両極の揺れの中で、社会に合わせて自分をなくすと、これも1つの病だと思うし、社会の中で自分だけ孤立しちゃうのも1つの病だと思う。

これは例えですが、「窓枠」と「窓ガラス」があって1つの窓が機能していますよね。「窓枠」が社会「窓ガラス」という自分の存在とどう折り合っていくか。「窓枠」と「窓ガラス」ってピッタリのサイズじゃないですよね。ピッタリだと、温度が変わると膨張率が違うから割れてしまう。ですから、少しすき間がありますよね。

「遊びというか・・・」

そう、それ! 今、答を言ってもらいましたね。答はまさにその“遊び”なんです。


何で病気になるかというと、“遊び”が無くなってしまうからなんです。

これは詩的な表現をしているわけではなく、イギリスのウィニコットという小児科医であり精神分析医の理論家がはっきり言っているんです。「癒しっていうのは遊びの中にある。遊びができなくなって、心の問題が出てくる。ですから、そのためには治療者も遊べないといけない」と。そして「遊びができない人はセラピストになる資格はない」と、はっきり言っています。

そうすると治療という場面ではいったいは何が起きているかといいますと、遊べないクライアントや患者さん、彼らとセラピストが一緒に遊ぶ。2人の遊びを重ねたファンタジーの世界、そこで癒しが生じることになる。

まさにそう考えると芸術って“遊び”なんですよ。

「そのやり方として、音楽だったり、絵画だったり?」

そうなんです。そしてアートは、ダンスとかミュージックとの違いとして、どこが強みかと言うと、まず素材を使うということなんですよ。素材というのは、直接に触れることができる。

音楽は音だからふっと消えていくし、普通の精神療法は言葉と言葉ですね。言葉も音の振動だから残らない。空気の振動数だけで訴えるんですね。ダンスは体を使う。たまに布やスカーフなどの物を使うんですけれど、その物を作るわけじゃない。アートは作るんです。だからそこで「触れる、創造する」っていうことと関係している。

タッチすること。タッチできる素材を通して、心の内側の何かとタッチするんです。そしてそこからイメージを引き出します。でも病気の人は内側の世界で完結している。それを、1度自分の手を通して外の世界に出す。そうすると空想の世界でなく、リアリティーのある形のあるものとして存在してくるんです。

いったん外に出て、形に表されたものは自分の目で見ることができるし、他の人に見せることができる。見せるということは交流できるんです。そこでアートがコミュニケーションの手段となるわけです。

内側にあるだけでは推測するしかないけれど、外に出たものは、例えば「これ悲しそうに見えるね。つらいんだね」って言うこともできますし、別な状況では作品を通して褒めてあげることもできる。いろいろなやり方がありますね。それがアートの特徴の1つだと思いますね。

あと、アートセラピーの治療目的は1つだけではないんです。例えば、発散することなどもその1つです。

「発散ですか?」

心理学用語でカタルシスというんですが、この大事さを見せつけられたのが、(被災地の)南三陸町での子ども達とのアートセラピーでした。その時は共同画制作をやったんですが、参加した5年生と6年生の女の子たちは互いにくっついたまま、動かないで固まっていたんです。

そこで、自分の好きな色を1色手に取らせ「描かなくてもいい。ただ色を塗るだけでいいよ」とだけ言ったんです。するとこわごわと塗りだした手の動きが少しずつ大きなストロークになり、全員くっついて時計回りに移動しながらすごい力で紙面一面を塗りつぶしていったんです。

「ああ、彼女らはこれをしたかったんだ。こんなにストレスがたまっていたんだ」と思いました。気持ちを聞いてあげるとか、いろいろなアプローチがあるけれど、それ以前に、まずはそれを外に安全に吐き出す場所を作ってあげる。それがまず1つありますね。

あと、自分に自信がない、自分ってこんなことしかできない、っていうのを、自分が表現したものに対して、皆に拍手もらったりに褒められたりすると、すごく自信につながるし、自己評価が上がります。自分が生み出したものを褒めてもらうということは、間接的ですけど、自分の深い部分を肯定してもらったという気持ちなんだと思います。

あとは、作品を通して気づくってありますね。これは大きいです。それはいったん自分の思ってるものを、外に出して形にするんです。絵という形でね。形に出たものって距離を置けるでしょう。距離を置くことにより気づきへとつなげることができるんです。頭の中ではできないんです。

距離を置くっていうのは、実際に外に形にするからできること。だからアートセラピーは深いレベルでの「気づき」というプロセスが可能になってきます。

(次回につづく・・)

関 則雄(せき のりお)  一般社団法人 日本クリエイティブ・アーツセラピー・センター代表
                  アートセラピスト 日本芸術療法学会認定芸術療法士
                  日本集団精神療法学会認定スーパーバイザー

上智大学外国語学部ロシア語学科卒。ニューヨークのプラット・インスティチュートにてクリエイティブ・アーツ・セラピー学科(大学院)卒業。ニューヨーク市立キングス・カウンティー・ホスピタル・センターにアートセラピストとして勤務し、精神障害者へのセラピーに携わる。
1990年に帰国後、碧水会長谷川病院(精神科)にアートセラピストとして勤務、現在に至る。また、1993年よりクリエイティブ・アーツ・セラピー研究会をスタートし、アートセラピーの普及に努める。
2006年10月には実行委員長としてクリエイティブ・アーツ・セラピー国際会議を開催し、大会議長を務めた。
長年にわたり日本芸術療法学会研修セミナー講師、明治安田精神保健講座の講師等を務める。聖マリアンナ医科大学神経精神科および関西医科大学心療内科におけるアートセラピーのスーパービジョンも行なう。
また、東京都教職員研修センター、全国学校教育相談研究会をはじめ、各自治体の教育相談室、フリースクール、養護学校の職員、幼稚園教諭、養護教諭などを対象に数多く行なう。さらに上智大学、日本大学芸術学部、女子美術大学(大学院)での講義を行っている。

現在、アートセラピーのトレーニングと実践の場を広げるための一般社団法人 日本クリエイティブ・アーツセラピー・センターを立ち上げ、代表理事を務める。碧水会長谷川病院精神科アートセラピスト(2010年6月からは非常勤)。女子美術大学非常勤講師。臨床歴25年。

<日本クリエイティブ・アーツセラピー・センターのHP>
【一般社団法人 日本クリエイティブ・アーツセラピー・センター】

<関則雄先生のHP>
【多摩蘭坂アートセラピー・ルーム】

<関則雄先生の著書>
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芸術療法(共著)


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新しい芸術療法の流れ クリエイティブ・アーツセラピー


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practica〈2〉アート×セラピー潮流



インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)

鈴木明美

セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、NLPセラピスト、日本ゲシュタルト療法学会・GNJ会員
交流分析士1級、トランスパーソナル学会会員、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren


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前田みゆき

身も心も魂も輝やくように、いつも笑顔を心がけています。
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自分のキャリア(強み・経験・スキル)を活かして楽しんで生きよう(エンジョイ)
という思いから、「キャリエンジョイ」を立ち上げました。
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脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
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前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
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