第73回目(1/4) 宮島 賢也 先生 薬を使わない精神科医

医者は、健康の専門家ではない?!

今回のインタビューは、「薬を使わない精神科医」としてご活躍の
湯島清水坂クリニック院長・宮島 賢也(みやじま けんや)先生です。

先生は現在、健康回復・幸せ増進の講演を全国で開催されるとともに、
メンタルセラピスト養成にも力を入れていらっしゃいます。

ご自身もうつ病で7年間も苦しまれ、そこから「脱出」された先生に、
薬に頼らずに、心身ともに元気に、幸せになる「考え方」について、
そして、今後の展望や夢についてお話を伺いました。

インタビュー写真

「先生はどんなお子さんでしたか?」

父親と母親がしょっちゅうけんかをしている家で生まれました。母親は英語の先生をやっていて、僕を妊娠して学校を辞めた。母親の態度からは全然分かりませんでしたが、父親はエリートサラリーマンだったみたいです。父親が仕事に集中していくようになると、母の興味が僕の成績に集中していきました。

小学校4年から塾に行っていて、試験の成績が悪いと母親がいい顔をしない。それでだんだんカンニングをして試験に臨むようになっていった。カンニングしている自分が大嫌いで、どんどん自分が大嫌いになっていましたね。

多い時は週6日も塾に通っていて、昼は小学校に行って夜は塾に行く。熱血サラリーマン顔負けの労働時間でした。開成中学一校だけ受けて、落ちたら公立に行こうと思っていました。ちょっとした反抗心ですね。けれど、受かることができました。

受験勉強しながらの唯一の楽しみがTVの『スクールウォーズ』だったから、中学校でラグビー部に入りました。スクラムハーフというフォワードからバックスへボールを投げるポジションをもらったんですが、ボールが届かず、1年半ボールを投げる練習をして、結局届かず、退部しました。

それからは部活に入らず、家に帰ってパソコンゲームで遊んでいました。すると母親から「勉強しろー」と怒鳴られ、全然心が休まらない家庭でした。自暴自棄になっていて、自分を傷つけたり、自殺することをイメージして、「20歳まで生きないぞ。大学なんて行くもんか」と思っていました。

「では、そのあと医学部を目指されたのは?」

開成に先輩の彼女で医学生の女性が来ていて、憧れちゃって、「医者だったら価値のない自分でも人の役に立てるかな」と思って、1年浪人して防衛医大に行きました。別の医大も受かったけれど、家から離れたくて、全寮制の防衛医大を選びました。

「学生時代はいかがでしたか?」

防衛医大に入って、よせばいいのにまたラグビー部に入ってしまいました。それでまたやめたくなったのですが、今度は先輩が怖くてやめられなかったんです。最後は左足を折って、ラグビーはやるものでなく、見るものだと思いましたね。

あと、医学部は自分が目指したのか、親が望んでいたのかと、そこでブレたりしていたかなあ。自分で選んだつもりだったけど、親が望むのが医者か弁護士かだった気がして、本当に自分がやりたいことなのかなあ、とブレていましたね。

6年間終わって研修医になって、ラグビーも大変だったけど、研修医はもっと大変だったんですよ。ほとんど寝る時間もなかった。研修医が看護師さんに指示を出すのですが、最初の頃はそれに全然自信がなくてね。この指示でいいのかなってドキドキしながらやっていました。

「その後はどのように?」

最初は循環器内科医になりました。全身を診られる赤ひげ先生のような家庭医になりたかった。それで最初は循環器内科医で緊急性の高い心臓が診られるようになったら、あとはゆっくり一生かけて勉強すればいいかなと思って。

でもそこは心筋梗塞や狭心症とかで、患者さんが昼夜問わずやってくるところでね。寝る時間もない中で研修していて、だんだん身体がしんどくなってきた。

なんとか自分にむち打ってやっていたけど、先輩から「1か月休んでいいよ」と言われました。よほど青い顔していたんでしょうね。それで休ませてもらいました。1か月休んで決めたことは循環器内科医は辞めようと。

それで家庭医、子どもから老人まであらゆる患者さんを診るところに移りました。そこでは夜はあまり呼ばれなくなったから、体はずいぶん楽になりました。でも意欲が出てこない。精神科の勉強もしていたので、これはうつ病だなと。

自分ひとりじゃ元気になれない。薬の力が必要なんだと思って、精神科を受診しました。うつ病との診断で、薬を飲み続けることになり、結局7年間薬を飲んでいましたね。


インタビュー写真


「お薬を飲んで、どんな具合でしたか?」

本当に行ったり来たりというかね。やれそうと思う時もあれば、不安が強くなって、このまま医者を続けられるのかとか、誤診して訴訟問題を起こしたらどうしようとか、そんな不安にさいなまれたりしていました。

主治医に「この薬は一生飲み続けたらいい」と言われてね。1回うつになったら50%再発し、2回うつになると70%再発し、3回うつになった人は90%再発すると教科書に書いてある。

僕は何度か再発していたから一生飲んだらいいと言われたんだけど、1回目のうつでも50%の再発率が高いから飲んどいた方がいいということで、初発のうつで、ずっと薬を飲ませる医師もいるんだよね。良かれと思って薬を一生飲ませちゃうんだよね。

「薬には副作用がありますよね?」

正作用なんかないような気がするんだよね。うつの症状が、苦しい生き方・考え方をしているよ、苦しい状況にいるよ、ということを教えてくれているんだね。

その体からの愛のメッセージ・警報を、薬がムリヤリ切っているんだよね。警報機が鳴なるような危険な状況は続いているんだよね。だから自殺者が増えちゃう。

「そのあと、どんな転機が訪れたのですか?」

家庭医も、広さがアダになったり、他にも優秀な人がいたりして、自分には無理だと思って、こんなんで病気見逃して訴訟になったらいやだなと思って、医者を辞めようと思ったんです。でも、医者以外やったことがないから、医者辞めても何やっていいか分らないんだよね。

結局、自分で薬を飲んでいることもあって、精神科医になることに。今の精神科医は診断基準が決まっていて、患者さんから症状を聞いて診断基準と照らし合わせて診断確定をしていく。診断が決まったら、治療ガイドラインに従って薬を処方していく。

それだったら、自分でも診断間違えずに、治療も間違えずにやれるな、そう思って。

「精神科医になられて、いかがでした?」

精神科医になってゆとりもって研修できたかというと、今度はうつ病と適応障害の違いは何だろうとか、統合失調症の人は精神科医がそう診断すると一生薬を飲み続けることになり、診断が間違っているととんでもないことだなと思うと、またストレスを感じてしまってね。

研修期間も終えて、主治医として患者さんを沢山診ていくと、今度は自殺される患者さんも出てこられて、もっとできたんじゃないか、診断治療を間違えたんじゃないか、と自分を責めたり、後悔の念に襲われたりしました。さらには、遺族の人に訴えられたらどうしようという恐怖を感じたりしていました。

精神科でもしょっちゅう不安を感じていて、「もういやだ。死んじゃった方が楽なんじゃないか」と考えることもありました。そして、医者を辞めても生きていく道はないかと思って、不動産とか投資とか、資産形成の勉強を始めました。

色々な本を読む中で『成功の9ステップ』という自己啓発の本に出会ってね。自分を変えるとか、食生活を変えるということを学んで、「これやってみようかな。自分を変えてみたらどうなるのだろう」と思ったんです。

そしてその本には、「人間は本来健康である。医者は健康の専門家ではない」と書いてあった。「え? 今まで何やってきたのだろう。確かにそうかもしれないな。健康って根本的なとこに解決策があるのだな。それは食生活だったり、考え方だったり、人間関係だよね」と気づいたんです。

これ、医学部で学ぶと思います? お医者さんは知らないのですよ。お医者さんが一番苦手なことかもしれないですね。そこに気づきました。

「その時はどう感じましたか?」

医療って余計なことやっているな、ということ。せっかく体が生き方や考え方が苦しいよってサインを出してくれているのに、薬で麻痺させたり、手術で切ってとりあえずの作業をして、原因を残しちゃっているんだよね。

最初、「成功の9ステップ」のセミナーに出だした時は、医者を辞めるためだったけど、2007年に離婚をして、自分のコミュニケーションに問題ありだなと思って、カウンセリングを学ぶようになりました。

医者を辞めるためにセミナーに行っていたけれど、最終的には薬を出すことをやめました。

薬を使わない精神科医になって、同じように患者さんに接していても、今は患者さんが自立するお手伝い、自分を解放するお手伝い、自由人になるお手伝いをしていて、診療という同じことをやっているけれど喜びを感じるようになりました。

人生の主役は誰なのか。それまでは自分が治すものだと思って、治らないのはなぜだろうと思っていたけど、人間は本来健康であるという考えに出会って、生き方を変えるかどうかの主役はご本人で、そのお手伝いをしていけばいいと思った時に、すごく楽になったかな。

今は患者さんにも、「病気治しではなく生き直し。修行するのではなく、自分を苦しくする考え方をどんどん楽にしていこう」とお伝えしています。今は僕自身が楽になっていますね。

(次回につづく・・)

宮島 賢也(みやじま けんや)  「薬を使わない精神科医」
                       湯島清水坂クリニック院長

1973年、神奈川県生まれ。
精神保健指定医 認定産業医 自律神経免疫療法研究会会員
防衛医科大学校卒業後、自衛隊中央病院、ナチュラルクリニック代々木院長、宮島元気クリニック院長を経て、現在、湯島清水坂クリニック院長。薬を使わない医師として活動中。
健康回復や幸せ増進の講演、メンタルセラピストの養成にも力を注ぐ。

<宮島賢也先生のHP>
【薬を使わない精神科医/みやじっちのメンタルセラピー】

<宮島賢也先生のブログ>
【宮島賢也のメンタルセラピー】

<メンタルセラピスト養成講座のページ>
【メンタルセラピスト養成講座】

<宮島賢也先生の著書>
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自分の「うつ」を治した精神科医の方法 (イラスト図解版)


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薬を使わず治すうつ―みやじっち先生のメンタルセラピー


cover
自分の「うつ」を治した精神科医の方法

インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)

鈴木明美

セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、NLPセラピスト、日本ゲシュタルト療法学会・GNJ会員
交流分析士1級、トランスパーソナル学会会員、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren


インタビュアー:前田みゆき(まえだみゆき)

前田みゆき

身も心も魂も輝やくように、いつも笑顔を心がけています。
人とのご縁で、気づかされることが喜びです。

自称 遅咲きさん

コーチングと心と体の健康について、もっか勉強中


インタビュアー:高橋美智代(たかはしみちよ)

高橋美智代

不惑を過ぎてから、心理学を勉強中の身です。
一瞬一瞬を、共に過ごす人々と、大事にして生きていきたいと思う
今日この頃です。

好きな動物:猫
趣味:読書 ピラティス
レイキマスター


インタビュアー:古武家真美(こぶけまみ)

古武家真美

心理学とカウンセリングを勉強中。
自分らしさを探す旅の真っ最中です。

学生の悩みに手紙やメールで答えるVFM東京でも活動しています。


インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
発行メルマガ:こころの栄養@さぱりメント

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