第70回目(3/4) 松木 正 先生 マザーアース・エデュケーション

積極的か消極的かでなく、主体的に自分の人生の物語の主人公になる

インタビュー写真

「沢山の学校の活動に関わっていらっしゃいますが、その中で感じることは?」

学校のプログラムに入る前に、最初にヒアリングに行きます。担任の先生は「うちの子達は、まあまあ落ち着いてると思うんですよ。ただ、もうちょっと自分の思っていることがはっきり言えたり、もっと積極的にねー」と言います。保護者の人もそうですね。

積極的か消極的か、というこれは、ものすごく見え易いところですよね。なぜならこれは、表出の仕方だからです。僕らはこれを横座標doing軸と言っています。〜している、行為のことですよね。

積極的な子だったら、僕らが「次、こんなことしようか〜」と、アクティビティを提示すると「やるやる。何するの?」と言う。どちらかというとアクティブな言動をします。

消極的な子になると、「次、こんなことしようか〜」と言うと、「無理」とか、反応しなかったりとか。そんなのを見ながら、大人は積極的になったらいいなと思っている訳ですよ。

僕らがフォーカスしているのは、この積極性・消極性の表出的な横軸doing軸ではなくて、主体性が高いのか、主体性が低く客体性が高いのかという縦軸being軸なんですよ。これは、表出の仕方ではなく、存在の仕方ですね。主体性の高い人は、あるがまま度が高い人と言えます。

インタビュー図:do軸be軸

「being軸の、主体性にフォーカスしているのですね?」

自分がどうしたいのか、私にとってどうなのか、自分を主体にするということは、自分が自分の人生の物語の主人公になっているということです。その逆は、他人がどう見ているか、どう思われているか。なりたい自分でいるというよりも、見られたい自分でいるという感じですね。つまり、誰かの物語を生きるということです。

先生も勘違いするし、大体の人が勘違いするのは、積極的な子=主体的だと思っていること。違いますよ。必ずしも、積極的な子は主体的ではないですよ。

例えば、鬱状態の人や引きこもりの人は、僕らの所にも沢山くるし、カウンセリングで話を聴くこともありますが、そういう人は座標のどこに位置するかというと、主体的に消極的な態度を選んでいるということです。左上ですね。

不登校の親御さんに「お子さんは、今、主体的に消極的な態度を取っている時ですね」と話すと、「そうか主体的なんだ!」となる。「ものすごく自分とちゃんといる時ですよね」と言うんです。

「主体的に消極的な態度を取っている・・・確かにそうですね」

反対は、積極的で客体性が強いという人です。例えばある県下で最も学力が高くて身体能力も比較的に高い高校に行った時のことですが…。それは立派なものです。僕らが一歩校門に入ると遠くからでも大きな声で挨拶できるし、クラスに入ってプログラムをしてみるとどの子もみんな明るく表現できます。

アクティビティの中にエレクトリックフェンスというのがあるのですが、校庭の立ち木3本に、胸くらいの高さの所に伸び縮みするバンジーロープを張って、宙に浮いた3角形のような囲いを作るんですよ。グループメンバー約10名がその中に入るんです。

課題は、このエレクトリックフェンスに触れずに、全員で力を合わせて脱出するということです。もしも途中で誰かが壁に触れてしまったら、最初からやり直しなんです。つまりトライ&エラーを何回も繰り返さないとできないんですね。

2日間のプログラムの中で、お互いがコミュニケーション取れるようになって、信頼関係が生まれて、問題解決できる力もついて来て、最後にやるようなのがこのアクティビティなんですよ。

何回も失敗しながら、葛藤しながら、場合によっては分裂しかけたり、中だるみになったりするグループが出ることもあって、ドラマを繰り返しながらやって、大体1時間半位かかるものなんですが、この高校の生徒はこれを10分でやります。

与えた課題に関しては、本当に積極的にやります。普通、どこの学校に入っても、やる気のない子、無理だと言いだす子、いろんなことが起こるんですが、この高校の場合は、そんなことは一切入りません。積極性はものすごく高くて、課題に関してはきちっとできる。だけど明らかに大切な何かが欠落していることに気づいたんです。

「それはどういうことですか?」

我々が人間関係トレーニングのプログラムをする場合、一つのアクティビティの体験をしたら必ず振り返りを丁寧にする訳ですよ。どんな時にどんなことが自分の内側で起こり、その感情がどんなことを選択させたのかを振り返る時間があるんです。体験を経験化=主体的物語化させるためです。

「どんな時にどんなことが起こったのかあるがままを書いて」と言うと…。何を書いていいか分からないんです。「どうやったらもっと早く効率的に課題ができたか」というdoへの問いには答えられるけれど、自分を主体にしたbe(どのように存在しているか)には、応えられない。

これとは別のケースで、そんなにレベルの高い学校ではなくて、途中で中だるみしたり、結果的に時間切れになって課題は達成できなくても、振り返り用紙は書けるんですよ。「私がこう言った時、皆がうなずいてくれて嬉しかった」とか、「呼び名で、〜ちゃんはそれでいいの?そう訊いてくれて嬉しかった」とか、体験したことが自分にとってどうなのか、自分の事を主体的にして書けるんです。

つまり、最初に話した比較的エリート校の彼らは、育ちの中で「できる=うまくdoできる」という認められ方をしてきた背景が想像でき、結果的にその「有能感」にしがみついて存在できる、大切な人から切れない安心感を育んできたストーリーがあるのではないか。

自己肯定感とは、“私は、あるがままで存在していてOKな安心感”です。あれもこれもできない、そんな私でもそれでも大切だよ…という安心感をもらえる愛を十分にもらってできる感覚で、人を一本の木に例えると、自己肯定感とは「根」にあたる部分です。beingが認められることで育ちます。

根っこではなく、枝葉の「できる」という所で認められたり、自分の存在理由を見つけたり、ということが起こってくると、積極的に客体的に生きていることになります。


インタビュー写真


「積極的に客体的に生きている状態だと、どうなるのでしょう?」

人の期待に応えられるのだから、うまく行ってる時は評価は高く、大丈夫なんだけど、doがうまくいかなくなったら折れるんです。枝ぶりはすごくいいけれど、根っこがしっかり生えていないから。

根っこがしっかりしてて、幹の部分にあたる「自信」があると強い。それも根拠のない自信がある人が本当に強いよね。根拠がないって、根がないって書きますが、根はあるんですよ。根拠のない自信は、自己肯定感に根差している訳。

それで、折れたらどうなるか。今度は、主体的に消極的に生きる側に来るんです。時には鬱になって引きこもって、「何で生きているんだろう」って、初めて自分の人生の物語の主人公になろうとする。

「物語の主人公になる?」

我々がやろうとしているのは、消極的か積極的かということではなくて、物語の主人公にしようとしている。でも主人公になるには、自分を主体にしないといけない。人の期待に反応するのではなく、その事が自分にとってどうなのかに反応するあり方に、見方の転換を起こすことです。そういう投げかけが必要だと思っている。そうでないと、主体的になりようがない訳ですよ。

バブルがはじける頃までは期待に応えればよかったから、積極的・客体性である方がよかった訳です。でも今、人事の採用担当の人が「仕事がない訳ではなくて、本当に欲しい人がいないだけです」とよく言われるのは、そのあたりの事を言っているのではないかと思います。

多少、引込み思案でもパフォーマンス能力が低くてもいい。だけど、自分があって、「どう思う?」と訊かれたら、「私は・・・」と言える人が欲しい訳。問題解決できるって、そういうことなんですよ。起こっている現象面だけでなく、現象の背後にある本当の問題を自分の事として課題化し、そこに主体的に取り組もうとするあり方が問われているんです。

それには、ちゃんと自分が物語の主人公になっていないと。だから、僕らは物語ってことにすごくこだわる訳です。母親の物語を生きて来た人は一杯います。人からどう見られるかが気になる客体性の強い人に、母子コントロール関係を持つ人が多く見られます。

「客体性の強い人は増えていますか?」

客体性を持つ事は、ある意味大切なことです。客観的に物事を見ることもできるし、期待に応えて成果を上げる事は大切です。ただ、常に他人がどう見るかを基本にして生きるあり方は問題です。

客体性が強くdoingが極端に消極性の方へ行くと、有能感覚も弱い。「私は何もできない。居ても居なくてもどっちでもいい」となる。これが会社になると、「私は足を引張っている。私なんて居なくてもいい」って辞めていくんです。

高校もそうです。今の子らは、280人入ってきて、50人ぐらい辞めますから、3年間で1クラス消滅します。気がついたらフェードアウトしていなくなります。誰かが学校を辞めても誰も気づかないケースまであります。

doing軸で世間の評価が高い有能感覚に捉われる子と、自己評価が低い自己肯定感が持てない子が多いですね。

客体性が強く、doingの軸が積極性にある子はものすごく周りを気にしますね。自分物語の中にある信念は「勝たなくてはいけない」「失敗してはいけない」「周りに迷惑をかけてはいけない」「人に嫌われないようにしなくてはいけない」。そこに信念があるから、物の見方は客体性が強いですね。

信念も思込みも同じで、その人のBeliefです。そのBeliefは、その人の見方、つまり成功−失敗、勝ち−負けで出来事を捉えようとします。

「親の世代にも、そういう方が多いのでしょうか?」

そうだと思います。まずはお母さんが、自分はどういう物語を生きているんだろう、自分のBeliefは何だろう、自分は自分の物語の主人公だったんだろうか、とその事に気づいてもらうことが大事です。最近、僕は子育ての会で話をすることがすごく多いんですね。

お母さんは「子どもをどう育てたらいいか」っていうのを話してくれるだろうと思っているんだけど、僕が自己肯定感に遡っていくような話をすると、自分はどう育ってきたかって、自分の育ちのところにもう一回行かれます。

「ああそうか。こういう信念が私を作ってきたんだ」ってなったら、その時が物語が変わるきっかけの時です。alternativeなストーリー(もう1つの物語)に変わっていく転換期です。

私はプログラムの中で神話の語りをよくしますが、「人がどんなことに悩んできたのか」って、実はもう神話の中にほとんど全部表現されている。ということは、人類始まって以来、人の中にいるモンスターや人が怖れているものって、そんなに変わらないんじゃないかな。

だから神話の中にあるモチーフ、例えば、「親殺しの神話」。「親殺し」ってものすごく大事だと思うんですね。特に自分が自分の人生の物語の主人公になって生きていくために。

「親子関係の問題ですね?」

親は自己肯定感の高い子を育てようと思ってその子を主体にしているつもりでも、やっぱりその子が困らないように育ててやろうと思うから、ついついコントロールしてしまう。コントロール関係って、学校の中でプログラムをしてみると、今の生徒達の中にはものすごく多い。

女子特有のややこしい関係って今も昔もありますよね。グループ化していく。昔は5〜6人だったけど、今の子はペアです。周りを気にするって、ペアの子がどう思ってるかですね。どっちかが支配していて、もう片方が支配される側のコントロール関係です。

メール打ったら10分以内に返す。トイレは一緒に行く。ピンピンのロープで繋がっている感じで、これを「強い絆」って呼んでいます。「強い絆」は危険やね。

関係性の結び方をこれしか知らないから、今度は違う集団に入った時に、支配されていた子が支配する子になったりします。主体と客体の関係しか知らなくて、主体と主体になる関係なんて知らない。でも、信頼関係がちゃんと生まれてきたら対立できるはずなんです。

信頼関係っていうのは、「大丈夫」っていう感覚です。対立もできるし、時にはぶつかることもあるけれど、「でも大丈夫」「この子とは切れない」そう思える。この場合は、ロープはピンピンじゃなくて、たるみがあるんです。たるみのあるロープの繋がり方は「深い絆」です。

でも、このピンピンの関係は親子関係の中にもある。「どこ行くの。誰と会うの。何時に帰ってくるの。絶対まだ無理なんだから、お母さんが全部やっとくから、もうやめなさい!」とか。でも自立させたいとか言ってる訳ですよ。

これが段々ロープが伸びていくと、この子はどこでも行けるようになってくる。「転ぶかもしれないけど、でもちゃんと自分で立ち上がれるし、いよいよ困ったら誰かに助けてって言えるから、あの子は大丈夫」って、これが親子の信頼関係。「深い絆」です。

「コントロール関係から信頼関係へ・・・ですね?」

コントロール関係が母親の支配にあるっていうことは、子どもは母親の物語を生きなくてはならないということ。母親の思い込み・見方に取り込まれていく感じ。だけど、どれだけこれがまずいか。

コントロール関係じゃないものを作りたいって思っていても、やっぱり親は、どこかでコントロールするんだよね。元々保護してるから、どうしても母親はそうなる。愛がないわけじゃない。愛があるからタチが悪いんだよね。

自己肯定感がちゃんと育って、深いところでちゃんと繋がってる深い絆ですね。強い絆ではなくて、深い絆。それがちゃんとできたら反抗できる。それが反抗期です。

だからよく反抗期で悩んでカウンセリングに来られるけど、「お母さんよかったですね、反抗期が来て。それはよく育った証拠ですよ」って。大体14歳とか15歳ですよ。普通は2年、長くてもたかだか3〜4年です。

でもそこで親のコントロールから離れるんですよ。つまりその時にちゃんと親を否定する。それが「親殺し」です。親殺しの神話がどれだけ多いか。

(次回につづく・・)

松木 正(まつき ただし)  マザーアース・エデュケーション主宰
                   チーフ・ディレクター

大学在学中、キャンプカウンセラーとして小学生・中学生を対象とした教育キャンプに携わる。また在学中、自身がうつ病を克服していく過程でカウンセラーと出会い、教育の現場にカウンセリングの手法を用いることの可能性を探り始める。
卒業後、大阪YMCA六甲研修センターに奉職。「体験学習法」を用いた企業研修や幼稚園児から大学生までを対象にカウンセリングの手法を用いた野外教育(キャンプ)を実践。
YMCA在職中にアメリカの環境教育に出会い、本物を目指して渡米。全米各地で環境教育のインストラクターをする中でアメリカ先住民の自然観・宇宙観・生き方、またそれらをささえる儀式や神話に強く引かれ、サウスダコタ州シャイアン居留区に移り住みスー・インディアン(ラコタ族)の子どもたちの教育とコミュニティ活動をしながら伝統を学ぶ。
現在、神戸でマザーアース・エデュケーションを主宰し、“自分をとりまく様々な生命(いのち)との関係教育=環境教育”をテーマとし、独自の環境教育プログラムを展開。
小学校・中学校・高校での人間関係トレーニング、また保護者に向けてのワークショップ・子育て講座、アメリカ先住民の知恵を前面に打ち出したキャンプの企画と指導、神話の語り(ストーリーテリング)、教育的意図をもった企画講座、自宅横にワークショップ棟(ストロングホールド)を構え、個人カウンセリングと独自のワークショップを展開中。

<マザーアース・エデュケーションのHP>
【マザーアース・エデュケーション】

<松木正先生の著書>
cover
自分を信じて生きる―インディアンの方法



インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)

鈴木明美

セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、NLPセラピスト、日本ゲシュタルト療法学会・GNJ会員
交流分析士1級、トランスパーソナル学会会員、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren


インタビュアー:前田みゆき(まえだみゆき)

前田みゆき

身も心も魂も輝やくように、いつも笑顔を心がけています。
人とのご縁で、気づかされることが喜びです。

自称 遅咲きさん

コーチングと心と体の健康について、もっか勉強中


インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
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