第68回目(1/4) 菅原 裕子 先生 ハートフルコミュニケーション

子育てをする自分と交わした“5つの約束”

今回のインタビューは、ベストセラー『子どもの心のコーチング』の著書で
おなじみの、NPO法人ハートフルコミュニケーション代表理事、
菅原 裕子(すがはら ゆうこ)先生です。

菅原先生は、
子どもが自分らしく生きることを援助したい大人のためのプログラム
「ハートフルコミュニケーション」を開発され、
ハートフルコーチの育成にも力を注いでいらっしゃいます。

自分で考え、自分で答えを出す子どもを育てる
「ハートフルコミュニケーション」。

セミナー・ワークショップ・講演活動で全国を飛び回る先生に
「ハートフルコミュニケーション」の可能性と、
今後の展望について深いお話を伺いました。

インタビュー写真

「小さい時はどんなお子さんでしたか?」

4人兄弟の末っ子です。兄・姉・兄・私。すぐ上の兄が年子で、その兄と姉の間は少し空いていて。一家の末っ子なので、常にいじられながら、可愛がられながら生活していました。

「大きくなったら何になりたいという夢はおありでしたか?」

大きくなったら何になる、という夢はあまり持ったことがなかったですね。

父が学校の教師で、姉も高校で教えていたし、すぐ上の兄も生物学の研究を続けながら大学で講師をしていた。割と教えることをやっている一家だったので、私も父の姿を見て、自分も学校の先生になるのかなと思ったことはありました。でも、教育学部には行かなかったですね。

今になって、結局教えることが仕事になっているのが不思議ですね。大人の教育が、結局は私の仕事だったのでしょうね。

「では、どういう方向に進まれたのですか?」

高校を卒業する時に、将来何になろうかと考えて、具体的に何というのが分からなかったんです。ただ一つ分かっていたのは、どこかの企業に就職して事務をやるという姿が見えなかった。でも、何になりたいという具体的な希望もなくて、どうしようかと思っていました。

たまたま高校がキリスト教の修道院が経営している女子高で、アメリカ人の先生が何人かいらっしゃって、月曜日の朝礼は全部英語。週に1回、開始の挨拶から終わりまで全て英語という授業があるような環境でした。それで、英語で仕事ができるといいかもしれない、海外に出ようと思いました。

高校の3年間で聞く力はついていると思ったので、あと2年間で英語をしゃべれるようになって、海外に出ようと思ったんです。

それで、2年間でしゃべれるようになる学校というのを調べたら、京都にまだ比較的新しい短大で、良さそうな学校があったんです。カリキュラムを調べてみたら面白い、ということで2年間、京都に行きました。

短大での専攻は英語で、その短大に進む時点で親には、「短大を卒業したら海外に出るわ」と言ってあったんですけれど、親は冗談だと思ったんでしょうね。卒業して、さあ海外に行こうと思ったら、親から「とんでもない。資金援助はできない」と言われて。

仕方がないのでそれから1年ちょっと一生懸命働いて、自分で資金を貯めました。潤沢な資金も用意できないけれど、とにかく持っているものでやって、1年で帰ろうと。いろいろ考えて、イギリスへ1年間行ってきました。

帰国して、とにかく早く仕事をしたいと、Japan Timesを広げて仕事を探して、いくつか面接に行った中の、面白そうだなと思ったところが人材開発の外資系の会社だったんです。アメリカ人の社長で、欧米人のコンサルタントがいて、その人達の通訳として採用されました。

「では最初は、通訳というお仕事から入られたのですね?」

そうなんです。だから最初は人材開発のことはこれっぽっちも知らなかったし、大人の教育をするなんていうことがあるとも知らずに入ったんです。でも、通訳としてやっているうちに面白いなと思って、通訳を通してやるよりも日本語でやったらいいのになと思うようになりました。

通訳は2年くらいやりましたが、その会社もどんどん変遷していく中で、私もコンサルタントとしての仕事をしたいということを申し出て、少しずつ仕事をさせてもらったんです。

「最初はどういうお仕事から?」

その会社は企業向けの、営業マンや営業マネージャー達を対象とした研修をやったり、教材を開発したりしていたんですが、それとは全く違う一般の人達向けの公開講座をお手伝いするところから始まりました。

「それはどういう内容だったのですか?」

『子どもの心のコーチング』の中にあるように、例えば、愛するということをどう捉えているか、とか、人生を選ぶということをどう捉えているか、とか。

『子どもの心のコーチング』の中では、愛すること、責任、人の役に立つ喜びという3つを提案していますが、まさにその3つを中心として、人生の選択であるとか、いろいろなテーマをいろいろな観点から解説していくような講座をしていました。

最初はお手伝いをするところから始まり、途中で講師をやり、最終的には企業向けのいろいろな研修を提供するようになりました。

「どんなものを学ばれたのですか?」

ありとあらゆるものを学びましたね。仕事をしながら、教えながら学んだことが大きいです。

一番最初にショックを受けたのは、「人生の選択」という概念がすごく新鮮だったんです。それまでも、私は自分の人生を全部選んできていて、周りの友達と比べると遥かに選んできているにも関わらず、はっきりと選んでいるという意識がなかったんですね。

だから、選んでいるにも関わらず、何かがあると誰かのせいにしたり、何かのせいにしたり、一番ひどい時は自分のせいにして「私が充分な能力がないからこうなっちゃうんだ」とか。何でもいいから誰かとか、何かのせいにする訳ですよね。景気が悪い時には景気のせいだし。

「犯人捜しをするような?」

そう、犯人捜し。誰かたまたま人がいればその人のせいだし、会社勤めがうまくいかなければ上司のせいだし、うまくセールスが成立しないとお客が分からず屋だから、とかね。ありとあらゆるもののせいになっていた訳です。

けれど、その選択という概念を知って、一つひとつを自分が選んでいるということを分かっていくと、「誰のせいでもなく起こることは起こる」と思うようになって。景気が悪くなるのは誰のせいでもなくて、それは起こるんだと。

日本のいろいろな古典文学にも「盛者必衰の理を表す」というようなことがよく出てきますよね。永遠ということはあり得なくて、栄えているものが良くなくなる時は、必ずあるんです。

景気が悪い時代というのは必ずある訳ですから、「政治が悪い」とかいろいろ言いますけれど、誰かのせいとかじゃなくて、「じゃあどうしよう」というところに行かないといけない。犯人を捜しているうちは絶対に良くならないんです。

人生の選択という概念を知って、物事を変えていける力は自分にしかない、誰かが変えてくれるものじゃないんだということが、本当に分かった。そのことが一番大きかったですね。


インタビュー写真


「それはおいくつくらいの時ですか?」

一番最初にハッと気づいたのは24歳の時でしたけれど、分かっただけでは全然、それを生きるということはできないですよね。

繰り返し、繰り返し、また誰かのせいにして、また誰かのせいにして、気づいて。では私に何ができるのかと自分のところに引き寄せて。そうしてしばらくするとまた誰かのせいにしている、という繰り返しで。一生それを繰り返すんだろうと思うんですが。

「研修を自分のお仕事にしようと思われたのは?」

特別、これを私はやってみようと決めた記憶はあまりないんですけれど、その会社で仕事をして、がむしゃらに仕事を覚えてやっていくうちに。組織の中にいると、すごくいいこともあるんですが、ちょっと違うんじゃないと思うこともたくさんあるんですよね。

そのうちに、私は、ひょんなことからハートフルコミュニケーションの活動を始めたんです。最初は、講演などに呼んでいただくと会社をサボって行っていたんです。

「それは、どのような経緯で?」

長女を亡くしたあたりから、私の子どもに限らず、“子ども”が育つということをすごく考え始めたんです。子どもなんてポコンと生まれて、産んでおけばそれで育つものと思っていたけれど、生きていること自体がもう奇跡なんだと気づいたんです。

それで、次女が生まれた時に、やっぱり長女の時の恐怖が染みついていますから、これは私、放っておくとこの子に取りついてしまうと思ったんです。

長女は、生まれた時から心臓に問題があったんです。その心臓の問題は3か月の時に手術を受けて解決したはずだったのですが、6か月の時に逝ってしまいました。

生きるはずだった子が、何だかよく分からないままに逝ってしまって、その時の怖れとか、いろいろなものが私の中にまだ残っているので、これを次女にぶつけることはできないと思いました。それでどうしたらいいんだろうと考えた結果、自分と5つの約束をしたんですよ。

「5つの約束、それはどのようなものだったのですか?」

1つはとにかく愛することですね。

だけど、彼女の人生に侵入してはいけないし、侵害してはいけないと。一人の人間として尊重しようと。私のものではないという戒めですよね。それが2つ目です。

3つ目は、責任を教えようと。人生は自分次第でいかようにも切り開いていくことができる。誰かのせいではない。だから反応能力を高めていって、自分の力で自分の人生を切り開いていけるような、そういう子に育てていこうと思ったんです。

「反応能力ですか?」

責任というのは英語でresponsibiltyと言って、response(反応する)+ability(能力)なんです。勤めていた外資の企業では、アメリカからいろいろなコンサルタントやトレーナーが出入りするんですね。

入社して間もなくの頃、研修でaccountabilityを「責任」と訳して教えていたんですが、responsibilityとaccountabilityの違いは何だろうということを議論した時期があって、一人のコンサルタントが「responsibilityというのは、反応能力だ」という話をしてくれたんです。

それで、私はどちらかというとaccountabilityよりresponsibilityの方がピンときたんですね。日本語に直してしまえばどちらも「責任」なので、会社の中ではどちらでもいいのですが、私の意識の中ではresponsibilityを使ってやっていたんです。

自分次第である。自分が反応しさえすれば何かできる、ということです。

「これのせいで」と、「これ」の被害者になって、影響下にある代わりに「これが起こってしまった。そうか。それでは、これをどうしよう。まずここに置こう」というような反応をする。これが反応する能力ですよね。

「これをすれば、人生はいかようにも切り開いていかれるよ」ということを子どもに教えたいと思ったんです。

それから、4つ目は人の役に立つ喜びを教えようと。貢献できる生き方って素晴らしいと思うんですよね。人から何かを奪って生きるよりも、自分がお役に立てる側として生きていかれれば、これほど素晴らしいことはない。

元々人間なんて、人様の空気を吸って、人様のお水をいただいて、生きているだけで既に迷惑になっているのだから、少しでも何かを返せる、人の役に立てるような生き方ができたらいいなと。それを教えようと思ったんです。

「最後の5つ目は何ですか?」

どうしても5つ目が思い出せないんですよ。ハートフルコミュニケーションで3つにまとめたら、5つ目が思い出せなくなっちゃって。ごめんなさい。5つあったのは確かなんですけれど。

ひょっとしたら5つ目かなと思うのは、子どもに言葉を教えることですね。人間は言葉で考えるんですね。最近の若い人が「ヤバイ」「ビミョー」なんて、決まり文句で片づけてしまう。決まり文句で片づけているということは、つまり、考えてないんです。

考えるというのは言葉を使う作業なので、言葉を10個持っていれば10個分、20個持っていれば20個分、考えを深めることができる。だから、子どもには言葉を教えたいと思っていました。

それで、子どもが赤ちゃんの頃から、赤ちゃん言葉を使わずに大人に話すように話していたので、「あなた、自分の子どもにすごい他人行儀ね」とよく友達に笑われたんです。「これ食べますか?」とか「静かに座ってください」「ありがとうございます」みたいに接していたのでね。

娘を見ていると、タメ口はききますけれど、必要な時にはちゃんとした言葉でしゃべってくれます。小学校の高学年ぐらいからちゃんとした言葉を使えるようになって、電話に出ると相手に「誰?」と聞かれて「娘です」って言うと驚かれるぐらいだったので、それはそれで良かったかなと。

だからひょっとしたら、言葉が5つ目だったかなと思います。

「独立されたのは、何かきっかけがおありだったのですか?」

そう、その話をしようと思ったんですよ。実際にこれをずっと仕事にしようと思ったのは独立した時でしょうね。会社でいろいろやっていても、組織というのは私個人がどう思うかとは関係のないレベルで動いていきますから、どうなんだろうなと思って。

そのまま組織に残れば、いずれより大きな責任を取らなければいけないし、私は会社でより大きな責任を取りたいんだろうかと考えた時に、ハートフルコミュニケーションで声を掛けていただくこともポツポツと出てきたので、「自分でやってみよう」と思ったんです。

会社を辞めたのが45歳ぐらいの時、1998年で、1999年にワイズコミュニケーションを立ち上げました。その仕事のほんの一部で、ハートフルコミュニケーションを一般公開向けの親のためのワークショップとして始めたんです。

「他のお仕事としては、企業向けの研修を中心になさっていたのですか?」

そうです。企業向けの研修を中心にしていて、ハートフルコミュニケーションはご要望があった時ぐらいと思っていたんですが、なかなかそうもいかず、そちらの方も膨らんでいったんです。

(次回につづく・・)

菅原 裕子(すがはら ゆうこ)  NPO法人ハートフルコミュニケーション代表理事
                    有限会社ワイズコミュニケーション代表取締役

社員一人一人の能力を開発することで、組織の変化対応力を高めるコンサルティングを行う。仕事の現場で学んだ「育成」に関する考えを子育てに応用して「ハートフルコミュニケーション」を開発し、全国のPTA、地方自治体、地元の有志主催による講演会で紹介。
また、それぞれの生活の中で、ハートフルコミュニケーションを伝えられるハートフルコーチを養成し、日本中の親たちの子育てや自己実現を援助する活動を展開中。
2006年11月NPO法人ハートフルコミュニケーション設立。行政機関とも連係し、ハートフルコミュニケーションを親たちの日常に紹介しつつ、ハートフルコーチの活躍の場を広げている。

<NPO法人ハートフルコミュニケーションのHP>
【NPO法人ハートフルコミュニケーション】

<菅原裕子先生の著書>
cover
子どもの心のコーチング 一人で考え一人でできる子の育て方


cover
子どもを幸せに導く しつけのコーチング


cover
ひびわれ壺 子育てに大切なことがわかる小さな物語


cover
10代の子どもの心のコーチング―思春期の子をもつ親がすべきこと

インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)

鈴木明美

セラピールームChildren主宰、Team Oasis 代表
自分がなんだか分からない。何かやりたいけど、見つからない。
心の悩み、病を抱えた方、自己実現したい方のお手伝いをいたします。

心理カウンセラー、NLPセラピスト、ゲシュタルトトレーナー、
交流分析士1級、トランスパーソナル学会会員、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren


インタビュアー:前田みゆき(まえだみゆき)

前田みゆき

身も心も魂も輝やくように、いつも笑顔を心がけています。
人とのご縁で、気づかされることが喜びです。

自称 遅咲きさん

コーチングと心と体の健康について、もっか勉強中


インタビュアー:川崎綾子(かわさきあやこ)

川崎綾子

ゲシュタルト・再決断@府中「座★すわろう会」で活動中。グループの中で
お互いにサポートを得ながら、自分らしく癒されるセラピーをしています。
ペンギン好き。趣味はバレエです。

GNJゲシュタルト療法トレーニングコース修了、日本ゲシュタルト療法学会会員
NPO再決断カウンセリングジャパン会員
矢野惣一問題解決セラピスト養成講座(上級)修了
レイキティーチャー


インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
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