第65回目(1/4) ガンダーリ 松本 先生 和のヨーガ研究所

遊びながら本来の自分に戻れる「幸せ創造劇場」

今回のインタビューは、心にも効くと人気の、日本人に合わせた健康術
「和みのヨーガ」創始者のガンダーリ松本(まつもと)先生です。

先生は、心を解放する即興劇ワークショップ「幸せ創造劇場」の
ファシリテーターでもいらっしゃいます。

長く心理学を学ばれて、体から心へのアプローチに到達された松本先生に、
「幸せ創造劇場」と「和みのヨーガ」の魅力やその可能性、
今後の夢や展望などについてお話を伺いました。

インタビュー写真

「小さい頃はどんなお子さんでしたか?」

自宅で生まれてくる時、先生を待たずに「自分で勝手に、口から先に生まれてきて、生まれた途端に、ぺちゃくちゃおしゃべりをしていた」といわれていました。いつも、何やらおしゃべりしていて、自分で作った歌を歌っていたそうです。

本来は子どもって自分のペースで旋回しながらす〜っと生まれてくるんです。引っ張られたり押されたりしないで。今思うと、私にはバーストラウマ(出産時心的外傷)がなかったんですね。だから、私は何でも自分でできるような気がして、自分のことを子どもだと思っていなかったふしがあります。

人見知りもなく、どこでも「あがらせて」と言って、よその家にトコトコ上がっていました。海も怖くないので、ジャブジャブ入っていったり。「自分で! 自分で!」と言って、何でも全部自分でやりたがる子だったみたいです。

「大きくなったら何になりたいと思っていましたか?」

母方の実家がお寺で、物心ついた時から、「欲を落とす」ことに興味がありました。自分のために生きるのではなく、人のために生きたい、世の中が幸せになるように生きたい、と漠然と思っていましたね。

父はソビエトに抑留されていて、戻って来て、「社会を変えたい。格差をなくしたい」と思っていたんですね。会社のみんなが安心して働けるような権利を獲得するために自分の事は顧みず組合で活動していたそうです。小学校の頃は、父と一緒に国会討論会を見ていて政治に興味がありました。

私はとてもかわいがられて育ち、親が優しかったので、一度も怒られたことがありません。自分の中には全く悲しみがなかったんですね。でも、小学校の頃に兄の同級生の子が、生活を苦にした親が一家心中して亡くなりました。私は、この頃から「みんなが幸せになる社会にしたい」と真剣に思っていたようです。

小学校の頃から、「結婚しないで、弁護士になろう」と思っていました。「結婚しないで」っていうところがミソなんです。私はお転婆で、相撲を取っても男の子より強かったので、お嫁さんには向かないと思っていたのかも。京大法学部を目指していましたが、九州を出ることを許されず、マルクス経済学で有名な九州大学に行きました。

「それで経済学部に進まれたのですね?」

はい、みんなには「不経済学部」と言われていました、経済観念があまりなかったのです。でも、大学に入った頃はもう、「社会を変える」ために制度や政治を変えるのではなく、人の心を変えるのが一番早いのでは…と思い始めていました。経済の勉強というよりは心理学の勉強をしましたね。学部を変えようかと思ったくらいです。

人に行動を起こさせる心にとても興味があったんです。私は自分の中に「大きなエゴ」があることに気づいていたんです。その「自分のエゴ」に振り回されて生きるのはとても大変だろうと思ったんです。きりがないから。だったら、「みんなのために生きよう」と思ったんです。

私はおせっかいで、例えば、目の前の人が工作で困っていると、手伝ってあげたいわけですよ。私がすると早いんです。だから本当はやりたいの。でも、その人が自分でやれなくなるから、「こうやったらできるよ」と、教えるわけです。その人は、教えて欲しくないかもしれないのに、自分のエゴで。

つまり、「目の前の人を幸せにしたい」と思うことが、私の最大のエゴであると気づいているのにやめられないわけです。道を歩いていて、ゴミが落ちていても、みんながいる時は拾えない。良い事をみんなの前ですることは偽善者であり恥ずかしいことだと思っていました。かなり、変な子どもだったわけです。

リルケの詩を読んでは、「世界の裏側で泣いている人がいるのは、自分に責任があるんだ」と思うような子でした。そしてまた、「私は怒っちゃいけない。私が怒ると世界は滅びる」とまで思っていました。なので、大人になってワークショップの中で怒る練習をするまで、「怒る」ということができませんでした。

「心の世界に向かわれたきっかけは何ですか?」

小さい頃から、人の想いに興味がありました。幼い頃は、人の気持ちが手に取るようにわかりました、でも大きくなるにつれて、こちらが感じ取る気持ちと、大人の言っている言葉が違うんです。人が怒ったり、争ったりするのが怖かったので、どうしてなのか知りたいという思いでいろんな本を読みあさりました。

幼稚園はクリスチャンの教会でした。その頃、イエス様が大好きで、大きくなったらイエス様と結婚しようと思ったくらいです。でも、学生の頃通っていた教会で牧師さん達に質問しても、通り一遍の答えしか返って来なくて、これは違うと思いました。

社会を変えようと思って、高校生の頃学生運動をしていました。その時組織の上の人と話しても通り一遍の教義しか返ってきませんでした。これも違うと思いました。求めていたことの答えが、宗教にも思想にもあるように思えなかったんです。

最初は、社会を変えるためには組織を変えなくては、と思って、学生運動をやっていましたが、その時に、仲間が学生紛争に巻き込まれて、トラックに轢かれて死んでしまいました。それがとてもショックでした。そのことが、社会を良くするためには、制度ではなく人の心を変えることが大切なんだと気づくきっかけになりましたね。

仲間が殺されて、死というものがとても怖かったですね。命はどこに行くのだろうとか、何のために生まれてきたのだろうかとか、いろいろなことを考え、答えを求めてまた本を読みました。

誰かが社会を良くしたいと思って制度を変えようとしても、人間のエゴというのは、その制度の裏をかいて悪い方に進んで行ってしまいます。そこで、「大切なのは人の心だ」と思いました。人の意識を変えるしかないと思ったんです。

とても地道だけれども、まず目の前のその人の心が変わる、するとその人がまた、違う人を変える、やがてそれが世界中を平和にしていくのだと本気で思いました。そんなわけで、大学時代は、心理学の勉強ばかりしていました。


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「学生時代から心理学を勉強していらしたのですね?」

小学校の頃から興味がありましたね。またそれと共に、催眠や瞑想などにも興味を持っていました。私にとって、心理学の勉強をすることは、生き方を学ぶような感覚でした。その延長で、私はお釈迦様もイエス様も共に大好きな子どもでしたから、垣根なく様々な宗教の本を読みました。

今は日本古来からある、組織を作らない自然な古神道というものを、古事記などをひもといて勉強しています。私は、一人の人がいたらその人なりの心理学、その人なりの信仰(宗教)があるのではと思っています。

宗教と比べると、個人心理学というのは、最近出てきたものです。フロイトは祖と言われていますが、フロイトよりも、最初はアドラーの方に惹かれました。アドラーを学び、ユングにも惹かれ、心理学が、私の目指す問いかけに答えてくれるのではないかと、まるで修行者のように夢中で学んだ時もありましたね。

心理学を学ぶと、目の前の人の心が手に取るように分かるんです。その人がどうすれば幸せになるとか、どうしたらいいとかいうのが、全部分かるんです。なので、本当はその人に答えを見つけてもらわなくてはいけないのに、それが友達となると言ってしまうんですよ。

ある日、まだ友人はその段階ではないのに、「早く幸せになってほしい」という思いのあまり、この「早く」というのがエゴなんですね、友達に言ってしまったんです。その子は、まだ受け取るタイミングではなかったのに、受け取りたくないものを渡してしまったんです。怒って離れて行きました。

「人を傷つけない生きかたをしたい」と思って生きてきていましたので、私は友達を傷つけてしまったことに傷ついたんですね。傷つけると傷つきます。当たり前の事ですが、すべてのことは同時に起こります。また、「心理学も違う」と思いました。

「傷ついて、心理学も違う、と思われたのですね?」

そうなんです。とても大切な学びでした。学問という一つの色眼鏡をかけて人を見ることの危険性に気づかせてもらいました。いつの間にか、私自身が自分の感性や感覚で世界を感じ取ることを忘れて、誰かが見た視点を通して世界を見る癖を身に着けてしまっていたんです。尊敬するだれだれ先生と全く同じ頭になっていると気づいたときは愕然としました。

心理学のそれぞれの派には、共通言語があって、それ特有の色眼鏡があります。その派の色眼鏡をかけると、まるで、その世界の通りに見えるんです。その人達は、自分たちの共通言語で理解し合える。そして、その他にいる人達に「この世界を理解しなさい」と言います。「理解しないと、幸せになれない」。

「その世界でOK」の人は、それでいいと思いますが、そうでない人とは橋渡しができない。そこで私は、特別な用語を知らなくても、その人達がそのまんまで幸せになればいいし、みんながつながっていければいいと思いました。

それが、私にとっては言葉を通してというよりは、体を通してとか、存在を通してとか、同じことを体験することで行われると感じたんです。

「それは、いつ頃ですか?」

心理学の勉強をして20年くらいたってからの事だと思います。山のようなお金と時間をかけて勉強をして知識を身に着けて、そのあとまた山のような時間をかけてその知識を落とすということをしてきました。そしてやっと、最初に持っていた子どもの時の感性を取り戻すことができたんです。大きな回り道でしたね。

「それまでは、お仕事は?」

未来を担う子どもさん達のクラスマネージメントを学ぶために、ユニークな思想を持つ国語教室で、子どもさんを指導したり、お母さんのカウンセリングをしたりしていました。子どもさん達の才能の芽を摘むのはお母さん方なので、いかに芽を摘ませないでいてもらうかということに頑張りました。

その後は、DARC(ダルク)、薬物依存症の方のクリニックで、グループワークをやったり、薬物依存症の方のカウンセリングをしたりしていました。また、ユニークな「発想力研修」という企業研修をアメリカ人のボスと一緒に作り、自分の問題を持ってきてもらい解決策を見つけるということをやっていました。それは今でも続いています。

自分では、17年前に「スペース・友・遊」を発足しまして、当初は女性だけの為の勉強会を開催して様々なワークショップを行っていました。そこでの出会いが、今もとても大切な仲間として続いています。

16年程前、ここの松柏堂医院の先生との出会いがあり、その出会いによってワークショップの中で行っていた「手当法」が、「和みのヨーガ」として、世に出で行くことになったんです。

お医者さんである先生に「手当法を私に教えてください」と言ってもらい、その後、二階のここにホールができて、患者さん対象の運動療法として始まりました。すべてはご縁なんですね。ご縁に感謝、感謝です。

「ホールを自由に使ってください」と言ってもらって、和みのヨーガが生まれるもとになった「幸せ創造劇場」のワークショップもここで始めました。自分が人生の主人公であり、また監督でも演出家でもあるということに気づくためのとても楽しいワークショップです。

私達は体験を通してしか学べないんです。例えば、泳ぐことは、どんなに泳ぐための本を読んでも泳げないじゃないですか。でも、一度、水に浮かぶという体験をすると泳げるようになるでしょう。そういう体験を一緒にする大切な「場」なんです。

「体験を大切になさっているのですね?」

私達は、体験が違っていると、同じ言葉を使っていると思っても通じ合わないことがあります。言葉というのは「事の端」「体験の記憶」でできているからなんですね。時には、人と人を遠ざけるためにあるのかしらと思うほど、言葉が距離を離してしまいます。それが共通体験を持つことができると、言葉を超えてつながる瞬間があるんです。

本当は、私達は、目に見えるものとか、音に聞こえるものとか以外の、五感を超えたもので、つながっているということがたくさんあるんですよ。でも、現代人はあまりにも忙しすぎて、考えすぎて、感じることは麻痺してしまって、それが分からなくなっています。つながる体験をすれば本来の姿に戻れると思ったんです。

人に教えることは何もないんです。人は、教えられたことは、あまり聞きません。昔はそれが分からなくて、一生懸命教えていました。人は「知っていることしか知ることはできない」のです。知らないことは聞こえてこないんです。自分で気づくしかないんです。

最初は、世界の人を幸せにするためには、「枠を作らないといけない」と思っていました。素晴らしいルールや制度が必要だと思ったんです。それは、人を信頼していなかったのでしょう。自分も含めて、人間の「エゴ」なるものを恐れていたんだと思います。

その次は、「人の心を変えなくてはならない」と思ったんですね。人はどう生きれば幸せになれるのかを知らないと思ったのでしょう。それを知らせて、教えてあげなきゃいけないと。でも、それも違うと思いました。

「教えるということではない?」

今は、「人が人に対して何ができるか?」と、問われたら、「何もない」と迷わず答えます。もしも人が人にできることがあるとしたら、それは、「共に在ること」だけなんだと思います。その人がその体験を選び味わっていることを尊重し、その人は「どんなことがあっても大丈夫」という信頼のもとに安心して共にいるだけなんです。

私には、「目の前の人に幸せになってほしい」というエゴがあります。小さい頃はそれが恥ずかしくて、したくても我慢したりして隠そうとしました。でも今は、それが私の一番の喜びなんだから仕方がないって居直ったんです。だって、他の事には何も興味がないんです。目の前の人がどんどん幸せになっていく姿をみるのが私の喜びなんです。自分の一番したいことをするしかないでしょう。

自分に自分のエゴを許すと、不思議なことに押し売りをしなくなりました。かつては、「ちょっとおせっかいさせてくださいね」って言って、「はい」って言われたらOKみたいなルールが私の中にあったのですが。今は、聞かれたらそれに答えよう、また、自分が伝える立場にある時には、誠実に伝えさせてもらおうと思っているだけなんです。

基本的に人はみんなそのまんまでいいんです。大変に見える体験を早く終わらせる必要もないんですよ。じっくり自分で満足できるように味わえばいいと。でも、早くチェンジして、次の体験を楽しみたいと思う人には、聞かれたらヒントを出せばいいという思いになりました。

相変わらずヒントは出したいし、気づいて欲しいから、一緒に遊びたい! 安心して、自由に遊べばどこかで気づくんです。誰もが、DNAに書かれてある記憶を呼び覚まし、本来の自分に戻れるんです。そういう遊び場を作りたかったんですね。それが「幸せ創造劇場」です。

(次回につづく・・)

ガンダーリ 松本(まつもと)  和のヨーガ研究所代表
                  和みのヨーガ創始者 幸せ創造劇場ファシリテーター

九州大学を卒業後、来談者中心療法、アドラー心理学、トランスパーソナル心理学等様々な心理学を学ぶ。その後、東洋医学、大脳生理学を学び独自の心身予防治癒整体「和みのヨーガ」を考案、様々な年代に合わせたグループ療法を行うと同時に、インストラクターの養成にあたっている。

<ガンダーリ松本先生のHP>
【ガンダーリ松本の創造の和】

<和みのヨーガのHP>
【和みのヨーガ】

<ガンダーリ松本先生の著書>
cover
和風ヨーガ 日本人の体と心に合わせた健康術

インタビュアー:鈴木明美(すずきあけみ)

鈴木明美

セラピールームChildren主催、NPO Oasis 代表
いろんな環境に自分を合わせて生きてきて、自分がなんだか分からない。
そんな、うつ病や心の悩みを抱えた方のお手伝いをしています。

心理カウンセラー、NLPセラピスト(ゲシュタルト、エリクソン催眠療法、
家族療法)、交流分析士1級、トランスパーソナル学会会員、レイキヒーラー
HP:江戸川区西葛西、セラピールームChildren
ブログ:セラピールームChildren


インタビュアー:下平沙千代(しもひら さちよ)

下平沙千代

ワクワクセラピー☆ソースで、一緒にワクワクしましょう!
日本一やさしい介護タクシー開業準備中です。賛助会員募集中!

ワクワクセラピー ソーストレーナー、NLPセラピスト
レイキヒーラー、導引養生功指導員、成年後見人講座受講中
トラベルヘルパー、ホームヘルパー2級、女性タクシードライバー
ブログ:『幸せを運ぶワクワクセラピー ソース』


インタビュアー:前田みゆき(まえだ みゆき)

前田みゆき

身も心も魂も輝やくように、いつも笑顔を心がけています。
人とのご縁で、気づかされることが喜びです。

自称 遅咲きさん

コーチングと心と体の健康について、もっか勉強中


インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
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