第42回目(2/4) 入江 富美子 先生 「1/4の奇跡〜本当のことだから〜」

宇宙に感謝の量を増やす映画を作る!

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「どんな奇跡が起きたのですか?」

頭ではよく分かっていたんですよ。ありのままの自分を受け入れるとか、それが大事であるとか。分かっているつもりだったんですが、その大晦日の夜は、それを体験したのです。

その日は私を凄く可愛がってくれた祖母が亡くなった二ヶ月後だったんですね。子どもが寝静まってから亡くなった祖母のことを思って「おばあちゃーん」って泣いてたんですよ。泣いていたら、お腹の底から恨み辛みが、グワっと湧き上がって来たんですね、「あのクソババア」って。

「お祖母様に対してですか?」

はい、そうです。「あのクソババア、私をコントロールした!」って。「お父さんいないから、こんなんしたらあかん、あんなんしたらあかん」ってね。「お父さんおらへんのにクラブ活動したらあかん」とかね。

今考えたら何の関係もないと思うようなことを、お父さんがいないことを理由にコントロールしたって。でもおばあちゃん自身がやってもいいと思うことはやらせてくれたんですね。だから、おばあちゃんが与えたいものをもらっただけで、本当に欲しいものはもらえなかった。

私は気を使って欲しくないものをもらっても喜んだ。自分のせいで父親が死んだと思っていますから、「お父さんいないからしたらあかん」っていうのが殺し文句なんですよ。一切心が動かなくなって無理言えないというのがあったので、怒りが一杯だったんですね。

そんな思いが湧き上がった時は、大人の私が「そんなの考えたらあかん。感謝せな」と無いものにするのが得意だったんです。汚い心があることに気付かなかったし、あることが許されないくらい完璧に良い人を生きないと、と思っていたんですね。

「その心の存在を否定していた?」

そうですね。こういう心もあったんだね、ってできなかったんですが、その日は子どもの頃を思い出すうちに6歳に戻っていましたから、止められなかったんです。その恨み辛みで一杯になった時に不思議だったのが、その感じが懐かしいと思った。これが本当の私なんじゃないかって。

「本当の自分に再会したという感じですか?」

そんな感じですね。でも6歳になった私と、大人の私の二つがあって、大人の私が「そんなはずないやん。亡くなったおばあちゃんのことを攻撃的に思うなんて。もう一度感謝の気持ちを探してみよう」と思って探すんですが、驚いたことに感謝のかけらも無いんです。

恨み辛みしかない。その時に良い人になろうとして生きて来たけれど、私の中には感謝のかけらもないんだって、つくづく観念したんですね。

「観念したのですか?」

観念ですね。どうあがいてもかけらも無いんですよ。ふと3歳上の姉の言葉を思い出したんです。姉に「私ら子どもの頃、不幸やったよね?」と言ったら、姉が「え? 幸せやったやん」って言うんですね。

私は可愛がられていたんですが、姉はいつも我慢させられて、下の子の面倒見させられるし、プレゼントも私だけだったり。私だけ良い物もらって、お姉ちゃんは残り物とかね、明らかに差別だったんですよ。それなのにお姉ちゃんは幸せだったって言うんですよ。

私が「私ら子どもの頃に貧乏だったから子どもにはお金の苦労させたくないわ」って言ったら、姉が「お金がない時こそ工夫を教える良いチャンスやん」って言うんですね。

「富美子覚えてないの? 母がうずらの卵にハサミで耳を作って、ゴマで目つけて、卵のウサギしてくれたやん。それが嬉しくて、お母さん、私たちのために忙しいのにこんなんしてくれたんやって、手の平に乗せていつまでも食べられへんやったわ。富美子も嬉しそうやったで」って。

姉が「その時の窓から差し込む夕日の色も覚えてるわ」って言った時、古い家の木の枠から夕日がワーっと差し込むのを思い出したんですよ。うずらの卵から、母が私達に向けてくれる愛を感じ、感謝して感動していた自分を思い出したんですね。

でも、姉が「今月お金ないなって時は1つのおにぎりにいろんな具を入れて爆弾おにぎりってしたんねん。子どもも普段の晩御飯以上に喜んで食べるで」って言った時、本音の私が「貧乏くさっ。そんなん絶対いややわ」って思ったんですね。

何で姉とこんなに違うんだろうって思ったんです。同じ環境で育って姉の方が恵まれてなかった訳ですよね。姉にあって私にないものは何なんだろうって考えたら「感謝だ」って思ったんですよ。

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「感謝ですか?」

どんなに与えられてても感謝がなかったら、それは喜びではないんですね。姉のように何も与えられてなくても感謝する気持ちがあれば、幸せなんだと分かったんです。その時は頭での理解しかなかった。自分の恨み辛みが消える訳じゃなかった。

その後、父が亡くなった時のことを思い出して。父が亡くなった事実は記憶してるんですが、その時どう感じたかは封印しているんですね。6歳に戻った時に、怖かったとか誰かに分かって欲しかったとか、その時の思いが感じられたんです。

その時、6歳の頃だった私にこう言えたんです。「お父さん死んで怖かったやろ。誰かに分かって欲しかったよね。人のことなんか考えられなくても仕方ない。感謝なんかできなくていいよ。感謝できない私のまま生きていこな」って初めてダメな私をまるごと受け入れたんですよ。

それは周りの大人から欲しかった言葉だったんですよね。大人になった私が、してあげたいと思っていたことを6歳の自分にできたんです。その時、心がとろけるようだったんですよ。

人って受け入れられると次々文句が出てくるんですよね。6歳の私が「ほんでなーこんなこともあってなー」って。溶けるからその次の層が出て来るんですね。「そうかそうか、そんな辛かったんか」って全部出して行って、とろとろですよ。

今まで「感謝しいや。あんたが間違うてたんや」バシーンってやっていたのを、そうかそうか仕方ないよねって1つ1つ時間かけてやって行ったら、お腹がぐぉ〜って振動し出したんですね。揺れたんです。で、そこから「ありがとうー」ってブワーって溢れ出したんですよ。

無条件の感謝。何かをしてもらったからの有難うじゃなくて、ただただ有難うって。あれは6歳の私が気付いてくれて有難うって言ってるのかなって思ったんですが、もしかしたら私達という命を作った元の元の元が喜んでくれてるのかなって思うくらい何とも言えない感謝だったんですね。

「エネルギーがワーっと出て来た感じ?」

もうね、外側と自分が区別できないくらいでした。想像したりイメージしたのではなく、突然起こったことでした。

感謝がワーっと溢れ出した時に、さっきまでああして欲しかった、こうして欲しかったって恨み辛みだった私が、「おばあちゃん、あんなこともしてくれた。こんなこともしてくれた」って言い始めたんですよ。

オセロゲームが真っ黒から真っ白に一瞬で変わるようだったんですよ。今生きてる自分を肯定した時、父も母もご先祖様もそれで良かったんだって思えて、扇状に有難うという感謝と肯定的な感情が広がって行ったんです。

自分が持ってるものも全て、これで良かったんだって思えた時に、360度全てが「これで良かったんだ!」って広がっていきました。私の周りの空間に感謝の量がブワっと増えた感じがしたんですね。その時に向こうから「宇宙に感謝の量を増やす映画を作る」って来たんですよ。

「メッセージが頭の中に飛び込んで来た?」

そうです。「それ何?」って感じだったんです。「宇宙に感謝の量を増やす」って言葉自体、この時、キャッチコピーみたいな感じで、かなり怪しいから人には言ったらあかんぞって(笑)。だからしばらくは講演でもこのキーワードは言ってなかったんですね。

でも悪い自分は受け入れがたいですが、その自分を大切にして生きて行こうって思った時、自然と感謝が溢れて人の気持ちが分かるものなんだってことに気付いたんですね。

あれほど恨んでいたのに、一瞬にして、誰にも教えられず気づく。おばあちゃんがしてくれたことをちゃんと体は知ってるんですよ。でも自分を受け入れられないがために、してくださったことすら感じられないのは、自分のせいなんだってことが分かったんです。

だから、子どもに人の気持ちを考えなさいと言うのではなく、自分を大切にすれば勝手にそれができるんだってことを私は経験を通して思うんです。自分を大切にすることが全てに繋がるんだって。一瞬に起こったことに何時間でも喋れるくらい沢山の情報が含まれていたんです。

「一瞬で変わったのですね?」

私は子どもの頃から「感謝しなさい」って育てられたんです。お父さん居ないのに学校に入れてもらってとか、早く大人になってお母さんに楽させてあげなさい、感謝しいや、感謝しいやって。

でもね、猫や植木も「あんた育ててもらって感謝しいや」って毎日言われたら、自分は喜ばれてるのかな、育っていいのかなって思いながら根腐れすると思うんですよ。私は完全に根腐れしていたので人のこと考えなさいと言われてもできなかったんです。

でも根腐れしてても、その自分でできることをやろうって、私が私の存在を認めて感謝が溢れた時、感謝はするものじゃなくて溢れ出すものなんだって確信したんですね。

明るく元気に何不自由なく過ごしているように見える子どもにさえ心の中に「分かって」という思いや、逆にお金や物や地位があるからこそ本当のことを分かってもらえない人が一杯いるんじゃないかと思ったんですよ。金持ちだからいいやんとか、旦那さん優しいからいいやんって、あればあるほど弱音吐けなかったり。

だから人の思いを受け取れなくて孤独だったりマイナス思考でいるなら、もっと早くそのことに気づけば人生を無駄にしなくていいんじゃないかって、思ったんです。

そんなこともあって映画を作ろうと思った。映画なんてもちろん作ったこともないし作る方法も知らないし、どうしようって思った時、言いふらすことから始めたんです。子どもの運動会のために買ったハンディカムを使ってテープさえあれば映画は撮れると思ったのでね。

もう1つは、感謝の無い私が考えても感謝の映画が作れる訳がないから、それができる人のサポートになる映画を作ろうと思ったんです。ふとミッションを生きると教えてくれた先生のことを伝えたらいいと思ったら、心が「山元加津子」って。まだ、私は講演を聞いたことも本を読んだことも無かったんですが。

                

(次回につづく・・)

入江 富美子 ドキュメンタリー映画『1/4の奇跡〜本当のことだから〜』監督
         『光彩〜ひかり〜の奇跡』
         『宇宙の約束〜いのちが紡ぐ愛の詩〜』

★ ドキュメンタリー映画『1/4の奇跡〜本当のことだから〜』 ★
2005年の大晦日の夜、「宇宙に感謝の量が増える映画をつくりたい!」と
一念発起し、主婦兼映画監督の道に入る。撮影、インタビュー、映像編集、
そして挿入歌を作詞・作曲し、そのうえボーカルにも挑戦。
こうして仲間とともにつくりあげたドキュメンタリー映画
『1/4の奇跡―本当のことだから』は各地で反響を呼んでいる。
「監督」「ミュージシャン」として講演に全国を飛びまわり中。
◆ 自主上映募集中
自主上映をしてみたいという方、是非、上映をお願いします。
お母さん仲間を集めての小さな上映会から、ホールを借りての上映会まで、
どしどしお申込みお待ちしています。
 詳しくは: ハートオブミラクル
<入江富美子先生のHP>
ハートオブミラクル
<入江富美子先生のブログ>
ふ〜ちゃんの”宇宙に感謝の慮を増やしたい♪”日記
<入江富美子先生の著書>
cover
1/4の奇跡 もう一つの、本当のこと

インタビュアー:下平沙千代

下平沙千代

ワクワクセラピーで、好きなことを話しているうちに、希望が湧き上がり、
レイキでもっと元気になって、ショッピングや旅行にも行きたくなっちゃうような、
日本一やさしいワクワク介護タクシー開業準備中です。賛助会員募集中!

ワクワクセラピー ソーストレーナー、レイキヒーラー、導引養生功指導員、
ホームヘルパー2級、普通二種&大型一種免許取得
斉藤一人さんの全日本バンザイ連盟正会員
ブログ:『幸せを運ぶワクワクセラピー ソース』

インタビュアー:Rico Bonafede(りこ ぼなふぇで)

りこ ぼなふぇで

セラピスト
『五感が喜ぶカラフルマインドな毎日』をテーマに活動中。

以心伝心の文化を離れて暮らしたことから、
コミュニケーションのあり方と、
言葉そのものが持つ不思議なエネルギーに魅せられ、
そこに潜在意識と色を絡めたセッションを行なっています。

インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
発行メルマガ:こころの栄養@さぱりメント
 

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