第39回目(2/4) 山崎啓支 先生 NLPラーニング

一切の価値観を脇に置くと「ありのままの自分」が見える

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「山崎先生は子どもの頃、どんなお子さんだったのですか?」

小さい頃は、ぼーっとした子どもでした。完全に女の子の友達ばかりでした。女の子とままごとするのが楽しかったです。ガキ大将軍団みたいなのがあって、野球とかサッカーとかしよう、と言ってくると怖くて。

ままごとでは、いつも赤ちゃん役でした。みんなに可愛がられて育ちました。今でも坊ちゃんっぽいでしょ?

「ご両親はどのような方でしたか?」

両親について、これも人間のプログラム(条件付け)と関係がありますね。

お父さんは公務員でした。兵庫県の尼崎の工業地帯、公害が有名な場所で育ったのです。私の周りは中卒が当たり前でした。お父さんやお母さんが大卒なのは私だけだった。私の中では、お父さんとお母さんが大学に行っていたから、大学に行くのが当たり前だと思っていた。

たまたまお父さんとお母さんが、大卒。お父さんとお母さんが、大学は行った方がいいよ、と言っていた。小学生の頃から私は、ぼーっとしておっとりした子どもで、非常に成績は悪かったけど、お父さんとお母さんは「やればできるのにね」「お父さんとお母さんの子どもなんだから」と言われて「そうなんだ」と思っていました。単純ですが。

幼い頃からどれだけ成績が悪くても、両親は優しく、「頭は良い」と言われて育ったのです。それで、私は、どんなに成績が悪くても「頭は良いんだ」と自然に思っていたんです。そして今でも、仮に成績が悪くても頭が悪いとは思っていないんです。ただ、テストの点数が悪かっただけみたいな(笑)。

ここでも申し上げたいのは、いかに人間はイメージ次第なのか、ということです。そして、イメージは変えられるんです。それをNLPを通して、ずいぶん力説してきました。本当のあなたはあなたが身にまとっている「イメージ」ではなくて、「あなたの本質」なんですよ。

ほとんどの人は自分の事を自分が勝手に思い込んだイメージだと思っているんです。そして、イメージは過去の体験が作ったもの。偶然の体験が作ったもの。つまり、イメージは記憶の産物だということ。だから、記憶が違ったものだったら、つまり、過去の記憶が変われば自分に対するイメージは変わる。

だから、多くの人にとっては、この自己(セルフ)というのはイメージ、記憶のことで、脳の一部に記憶として保存されているイメージに過ぎず、実態はないのです。私(自己)というのは、全部イメージなんですよ。セルフイメージというのはまさにイメージです。

多くの人たちはセルフイメージは変わりにくい、ビリーフは変わりにくいと思い込んでしまっている。しかし、実際にはどんどん人間は変わっていく、ということを合わせて申し上げたいと思います。

「イメージと本質について、詳しく教えていただけますか?」

色々な説明の仕方があるんですけど、基本的に人間は条件付けられた存在なんですね。もしあなたと同一人物がアメリカに生まれていて、全然違う両親の元で育てられたとしたら・・・もちろん英語でしゃべる自分なわけですよね。

今のご両親と全然違う性質の両親に育てられていたとしたら、全然違う人格になっていたと考えられます。元々、赤ちゃんの時は同じ人物なんです。ただし、そこに色がついていって、ということです。

「私」というのは、「本質としての私」と「イメージとしての私」なんです。「イメージとしての私」というのは記憶の事です。もし、あなたの記憶が一切なくなったとしたら、何が残るんでしょう? 一切の記憶がなかったとしたら、恐怖症はないんです。苦手な人物に対する苦手意識もないんです。

私というのは、結局「記憶」の事なんじゃないかということなんです。「私=記憶」だということをちゃんと考えていただきたいんです。でも、「本来の自分」は、記憶ではないはずなんです。

「本来の自分とはどういったものなのでしょう?」

例えばこういうことです。価値観にとらわれることは一切なくなるはずです。なぜなら価値観は生まれつきのものではなく、生まれた後の体験、経験からできているから。体験・経験によって得た情報が積み重なる事で価値観になりますよね。それがなくなった人間が存在するとしたら、未来に対する不安は存在するでしょうか? 

何もないんです。

つまり、記憶が価値観などの観念を作り出しているのです。そして、それらの観念が模範や基準を作り出し、「在るべき姿」「希望」「不安」などを作り出す原因になるのです。

ですから、仮に記憶がなくなれば、希望もなければ不安もありません。その時、過去に対する後悔はあるでしょうか? 過去に対する後悔もないし、過去に対する良い思い出もないんです。

そして、その時に現在・過去・未来というイメージとしての「時間」が存在するのでしょうか? もちろん、物理的に移り行く時間はありますよ。しかし、未来を思い浮かべ不安になったり心配になったりする頭の中で空想する「時間」があるのかということなんです。

未来というのは、過去の記憶の事なんです。過去の記憶があるから、不安になるのです。例えば、お金で困った体験があると、それが原因で未来に対してお金の不安を持つのです。そのお金の不安はイメージです。つまり、お金に困ったという体験があるから、それにとらわれてしまっている。そういう意味で条件付けられているのです。

もし過去がなければ、未来の希望もありません。未来に対する希望があったとすると、今の価値観とか、過去の経験から来ているわけです。なぜなら、価値観は模範的な生き方、在り方を作り出し、それが「将来こうなりたい!」という期待や希望を生み出すのです。

そして、その希望、期待がある。その希望、期待があるから、「なりたい自分」が生まれるのです。そして、そのなりたい自分と今(現在)の自分を比較しています。当然、その未来における希望である「なりたい自分」のイメージの方が素晴らしく思えるから、その結果、今の自分ではだめだと思ってしまいます。

つまり、これが自己否定の原因になってしまうのです。セルフイメージが低い人って本当に多いのですが、多くの場合、その根本的な原因は、今申し上げたように、「なりたい自分」と「今の自分」を比較するところから生まれているのです。

セルフイメージの高い人の特徴は、外見が良いとか、他人に誇れるような権威を持っているかどうかではなく、今現在の「ありのままの自分」でOKだと思っているかどうかなのです。だから、外見が悪くても、誇れるような権威がなくても、それでいいと思っている人は、自分自身でOKだと思っている。

だから、自分じゃダメだとか、自分には何かが足りないとは思っていない。だから、自己否定することがない。だからセルフイメージが高いのです。逆に、どれだけ権威が高くても、美しくても、まだまだ足りないと思っている人は、今の自分を自己否定をしていることになる。自己否定のあるところに、セルフイメージが高いということはないはずです。

さて、では、時間の話に戻りますが、過去の記憶がなければ、現在の自分というのは存在するのでしょうか? ほとんどの人達にとっては、現在の自分は過去の記憶の集積です。

ですから、先ほどお話ししたように、アメリカ人に英語で育てられたとしたら、つまり別の過去の体験があったらなら、今の私は別のセルフイメージを持った私になっていたはずです。そういう意味で、過去の記憶がなければ、現在の自分は存在しないのです。

人間が絶対的に幸せになれるには、この方向しかないというのがあるんです。それを実現するには人によっては時間もかかるのですが、諸悪の根源は何かというと、イメージとしての私が、全部苦しみを創り出すんです。

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「イメージとしての私が、苦しみを創り出すとは?」

他人や自分自身に対してイメージを被せて見ているんです。誰かの噂を聞いたとしたら、それを被せてその人を見るんです。

例えば、私(山崎啓支)の噂を聞いた人は、山崎に対しての先入観を持つ、そして、その先入観を被せて山崎を見てしまうので、純粋に山崎を見ることができない。

ヒマワリがあるとしたら、ヒマワリを見ているのではなくて、ヒマワリはこんなもんだというイメージがあって、一瞥して、ほとんどがヒマワリこんなもんだと思って実物をありのままに見れなくなるんです。

だから、じっくりヒマワリを見たときに、思っていたものと違う、種の色が違う、花びらの形が違う、だから、新鮮な驚きがある。

普段見慣れているものを、じっくり見たとき、新鮮な発見があったという方は多いでしょう。例えば、普段良く飲むソフトドリンクのペットボトルをじっくり眺めてみて下さい。見落としていた情報がたくさんあって驚くはずです。

例えば、セラピストとしての経験がおありだったとすると、セラピストと出会った時に、純粋にその人を見られるのではなくて、セラピストとしての観念や価値観や信念が投影されてしまいますよね。イメージを被せて見ていることになりますよね。

自分の中の価値観にそぐわない事があったりすると、もしかしたら、違和感を感じてしまうかもしれません。相手が話す内容は、本当は無色透明のはずなのだけれど、無色透明に聴く事ができない。人間は経験を通してしか聴けていないはずなんです。

では経験の正体は何なのか。記憶ですよね。で、記憶が「イメージとしての私」なんだということです。

「人は自分の経験を通してしか、話を聴くことができないのですか?」

「経験」が外側の世界を見る際のフィルター(色メガネ)になるわけだから、経験を通して人(他人)を見ている限りにおいて、結局「私の経験」を通してその存在(他人)を見ているという事です。私が他人を見る時、私の経験を被せてを他人を見ているという事になる。

あなたがあなた自身を見るという事はどういう事なのか。この事がわかったら、セルフイメージの意味が良くわかるはずなんです。結局ね、自分の経験つまり、フィルター(価値観など)を通して自分自身を見ている。これは凄く大事な事です。

「人間、良い悪いというのはない」とよく言いますよね。でも、私を通して誰かを見る限り、絶対に良い悪いが存在するんです。それはもう色々な条件付けがあるわけだから、完全な意味でニュートラルになることなんてありえないんです。

お父さんに対して苦手意識を持っていたとすると、お父さんに似た人を見た時、思考のレベルではこの人はお父さんではないと思っていても、身体が先に反応してしまいますよね。頭では、お父さんではないと明確に分かっていても、違和感を感じてムカムカしてくる。本に載っている事はそのまま見たとしてもただ知っているだけであって、実際にそのように生きる事は人間にはできないんです。

「知っている事と、そのように生きる事の違いですか?」

別に私は宗教をやっているわけではないけれど、聖書を読んでいる人間はキリスト教徒なのか、私は違うと思います。ブッダの言葉を全部知っているのが仏教徒なのか? 教えを実践できている人が仏教徒なのではないでしょうか。

キリストは「右の頬を叩かれたら左の頬を」純粋にそう思ってそうしたのでしょう。聖書を読んだ人は、そういう価値観を持っているから、純粋にキリストがごとくそれを行っているというより、キリストを模範として努力して辛いけどどそうしているのではないかと。知っているという事と、本当に理解して生きるということは別です。

私も、かつて世界各国の古代から伝わる思想や教えをとても熱心に実践した時期があります。しかし、師が実践しているのと同じレベルで行うことはできなかった。

私にとってはその教えは模範であり価値観であり、それらを頭で知ることはできるが、実践するときに相当無理をしなければならなかった。何かを実践した師が、それを言葉にして、その言葉を模倣しても、それはむしろ葛藤を生み出すというか。

このように「こうあらねばならない」「こうあるべき」という価値観は記憶であり、私というものは、記憶で条件付けられているはずなんです。たまたま体験・経験した記憶が、私を構成しているはずなんです。

もしアメリカに生まれて英語で育つとしたら、また全く別の条件付けが存在するはずなんです。文化にも条件付けられているわけだから。日本人だから、日本語の条件付けをされているんです。意識ではなく無意識のレベルで。だから、日本人は自分より年下の人があいさつしなかったらカチンと来たりするんです。

このように結局、私が誰かと関わる時に、自分の記憶を張り付けてその人を見ている事になるんです。どんなイメージを被せて見ているかによって、カチンと来たり、嬉しいと感じるかもしれない。自分の経験を通して見ているんです。だから他人は自分の鏡なんでしょ。

本当に多くの人と接してきましたが、セルフイメージが高い方は少ないように思います。多くの人達はセルフイメージが高くない。セルフイメージが高くないから、権威が必要なんです。足らないから頑張るんでしょ。足らないから誰もが知っている有名な会社に入りたいと思うわけでしょ。

私自身、経営コンサルタントになりたいと思ったのは、誰もが認めてくれると思ったからです。仕事ができる人間だと思われたかった、有能だと思ってもらえる、そんなイメージが欲しかったのですね。後で分かったことですが、そんなレベルで自分らしさを追求していっても、それは価値観を追及しているだけであって、絶対に報われませんよ。本来自分が生まれてきた性質に合わせたものでないと。

「本来自分が生まれてきた性質は、どうしたら見られるのでしょう?」

結局ね、本当の自分は、「イメージとしての自分」ではなくて「本質」のはずなんです。ただし、色々な条件付けを重ねてきたでしょ。「本質」の上に記憶を重ねてきたはずなんです。

女ってこういうもんだ。男ってこういうもんだ。日本人ってこういうもんだ。アメリカ人ってこういうもんだ。上司ってこういうもんだ。クライアントってこういうもんだ。色々な観念を重ねてきたでしょ。これを通してしか自分を見れないんじゃないでしょうか。

要するに、価値観って自分のことでしょ。価値観の通りであったら良かった、と思うでしょ。価値観からかけ離れた事をした時に後悔するでしょ。

では、価値観通りに生きなければいけないのが人間なのか。そもそも価値観は、文化的、個人的なものであって、全ての人間にとって共通のものではない。つまり、価値観はそれを信じて、大切だと思っている人にとってのみ大切なこと。

だから、価値観をいったん脇に置いて人を見たとき、一切の判断なしに人を見ることができるはずです。そして、そのように人を見た時、そこに何が見えるのでしょうか? そこに見えるのは、「ありのままのその人」なのではないでしょうか?

だから、私が価値観を脇に置いて誰かを見た時に、良い人も悪い人もありません。そこに何があるか? そこには、ただ「ありのままのその人」がいます。

そして、ただ「ありのままのその人」を見る時、それは、赤ちゃんが、ただ存在しているだけで素晴らしいように、素晴らしいのではないでしょうか? どの赤ちゃんも抱いているだけで癒してくれるように。

そして、同じく、一切の価値観を脇に置いて自分自身を見た時に何があるのでしょうか? その時、そこに「ありのままの自分」がいるのではないでしょうか? お腹が出てたとしても、洋服のセンスが良くなかったとしても、ただそこに私がいるのではないでしょうか?

そして、そこに心の痛みとか辛さとかあるんでしょうか? ないと思います。

しかし、人間は、他人を見る時と同じ価値観を通して、いつだって自分自身を裁いているんですよ。例えば、時間厳守という価値観を持っている人は、他人が時間に遅れると苛立ちますが、自分が遅刻した時にも、その価値観があるために罪悪感を感じるでしょう。

ということは、積み上げてきた記憶が諸悪の根源なんです。もし積み上げられてきた過去の記憶がなかったら、そこに未来と過去はあるのかって話なんです。まずは、比較の必要がなくなるはずなんですね。なぜならば、過去の体験による模範や基準がなくなるからです。なぜなら、模範や基準は過去の体験によってできるものだからです。

だから、過去の記憶がなければ、それらの模範や基準を未来に投影することはなくなる。つまり、模範や基準にしたがって自分自身がそれを満たしているかどうかを判断することはなくなる。つまり比較はなくなる。その時、何があるのか?

その時、ただ、「ありのままの自分」が今存在するだけなのではないでしょうか?

だから、過去の価値観から未来に不安を持ったり、そういう形で過去を投影するという観点の未来はないはずですね。そうすると、今この瞬間に生きる事ができるんです。

あらゆる宗教が、あらゆるスピリチュアル、偉い先生が「今ここに生きると問題は何もない」と言うんだけど、どうすれば今ここに生きられるんでしょうか。具体的にどうしたら、今ここに生きられるのかを知りたいし、教えなければならないと思うんです。

誰かが苦しんでいるとしたら、100%自分で自分を苦しめているんです。私が私を裁いているんです。その人が他人を見る時は、自分を裁くのと同じように裁いているはずなんです。

「イメージとしての(記憶としての)私」が変わったら、自分自身に対する見方も変わるし他人を見る見方も変わるんです。他人の見方が変わるから、反応が変わる。その結果として変化するということなんです。

結局、本当の私になるという事はどういう事なのかというと、「本質」に立脚した生き方ができるかどうかだということを申し上げたかったのです。ここはごまかしたくなかったんです。

               

(次回につづく・・)

山崎啓支  株式会社NLPラーニング 株式会社NRT 代表取締役
        米国NLP協会認定トレーナー

    ● NLPラーニングの存在理念
私たちNLPラーニングはクライアントお一人お一人の存在そのものを
大切にし、クライアントが本当に望む豊かな夢の実現を強力にアシストします。
そのためにクライアントお一人お一人に誠実に関わる姿勢と、
NLPのパワフルな能力開発のノウハウを通してクライアントの無限の
可能性を引き出します。

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インタビュアー:下平沙千代

下平沙千代

ワクワクセラピーで、好きなことを話しているうちに、希望が湧き上がり、
レイキでもっと元気になって、ショッピングや旅行にも行きたくなっちゃうような、
日本一やさしいワクワク介護タクシー開業準備中です。賛助会員募集中!

ワクワクセラピー ソーストレーナー、レイキヒーラー、導引養生功指導員、
ホームヘルパー2級、普通二種&大型一種免許取得
斉藤一人さんの全日本バンザイ連盟正会員
ブログ:『幸せを運ぶワクワクセラピー ソース』

インタビュアー:脇坂奈央子(わきさかなおこ 日本メンタルサービス研究所 所長)

脇坂奈央子

『道開きの心理士』 ……本来のあなたの道を開く、お手伝いをします。
ブライアン・ワイス博士直伝の、プロフェッショナル・ヒプノセラピスト。
前世療法・催眠療法を中心に、ニーズに応じた各種心理セラピーを施療。

心理士、認定THP心理相談員、統合心理セラピスト、心理カウンセラー、
米国NGH認定ヒプノセラピスト、認定キャリアコンサルタント、
代替療法セラピスト(レイキティーチャー)
HP:ワイス博士直伝の前世療法・催眠療法・心理療法★ラポール
発行メルマガ:こころの栄養@さぱりメント
 

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