「先生」っての、なしにしませんか。ゲシュタルトに「先生」は、なじまないんですね。
子どもの頃はとてもおとなしく、教室でも手を上げるタイプではなく、いるのかいないのかわからないタイプ、そんな感じだったと思うんです。恥ずかしがり屋でしたし、自己表現もしない子どもでした。
「大学は理工学部に進まれたそうですが、どういう分野だったのですか?」
管理工学という・・・実は全然わかってないんですよ。
入ったのはいいんですが、やっている内容が確率・統計の世界で、まったく訳がわからない。結局、大学3年が終わって4年になる前に学校辞めちゃったんですよ。
4年生になって今で言うところの「就活」、あれをやるのがイヤだったんです。
それで日本にいたくなくて、ヨーロッパで1年くらいブラブラしてこようかな、なんて感じで、イギリスに行ったんです。
1972年の2月29日に旅立ったんですが、その前日に浅間山荘事件がありましてね。旅立つ前に銀座辺りでテレビのたくさんあるところをウロウロしていたら、そのニュースをやっていましてね。だから浅間山荘事件はよく覚えているんです。
「そして、日本を発たれてイギリスに?」
イギリスの語学学校に3ヶ月ほどいる手続きをして、まず、横浜から船でロシアに行ったんです。ロシアのナホトカまで行って、そこからハバロフスクまで1日かけて電車で行って。さらに飛行機でモスクワに行って、モスクワからウィーンまで汽車で3日くらい掛けて行って・・・。そんな旅を1ヶ月くらい続けました。
イギリスに着いて、手続きは3ヶ月でしたが3ヶ月じゃすまなくなって、気がついたらズルズルと3年経っていました。語学学校に行っていたのは、最初のうちだけで、あとはさぼり続けて皿洗いのバイトばかりしていました。
「心理学に向かわれた経緯をお聞かせください」
心理学に向かうもともとのキッカケは、実は中学時代に遡るんですよ。
中学のころ催眠の本とか読んで「わぁ〜〜」とか思ってね。
これは面白いと思って友達に試したら、かかっちゃったんですよ、催眠(笑)。
「おまえは犬だ」とか言ったら「ワン!」とか言っちゃってね。
それ系の本もけっこう読んでいましたから、興味はあったんですよ。
それから精神分析だとかいろいろな本、そう、ユングの本をたくさん読んでいました。ユングの本を1〜2冊読んだあたりでイギリスに行って、あっちで本格的に読み始めたんです。面白くて面白くて・・・。
ユングの本を読んで、宗教ってものにすごく興味を持ちましてね。 私、全然無宗教の人なんですけど、そういうものを勉強したい気持ちにかられたんです。
それで日本に帰ってきた時に本屋さんに行って調べたら、河合隼雄っていう人が書いた本ばかり並んでいたんで「この人に聞いてみるしかない」という感じで、直接お手紙を書いたんです。「宗教のことを勉強したいんだけれど」ってね。
そうしたら、しばらくしてちゃんと返事が来たんですよ!
達筆すぎというか…読みにくい字(笑)だったので、やっとの思いで判読したところ、どうやら「横浜国大に小川捷之先生という方がいるのでそこに行ってみろ」、と読めたわけです。
その小川先生が自分の研究所を持っていらして、大森だったと思いますけれど、「じゃあ、しばらくここに入り浸っていなさい」とおっしゃってくださったんです。









