第22回目(1/4)  水野 浩志 先生 マイルストーン

完全に逃げ腰の状態からスタートしました

今回のインタビューは、株式会社マイルストーン代表取締役で、自己表現コーチ&コンサルタントの水野浩志(みずの ひろし)先生です。

水野先生は、ご自分の体験を活かし「苦しむことなく悪習慣からサヨナラする」プログラムを発表。悪習慣への依存をやめて、自分を確立させるためのサポートをしています。また、自己表現に焦点を当て、高品質セミナー作成講座などで、講師のためのカリスマ講師とも言われています。

軽妙な語り口が持ち味の水野先生の、意外な過去のお話、どん底状態からの転換、自分を深く掘り下げていく姿勢など、現在の先生の土壌となった経験、熱い思いなどについて伺いました。

インタビュー写真

「この仕事をする前は、どのようなお仕事をされていたのですか?」

大学は現役受験の時は文系だったのですが、一浪して理系に転向し横浜国立大学の工学部に入学しました。しかしなじめずに、3年の時に映像関係の専門学校に入り、結局映像専門の制作会社に入社しました。

企業の商品PR映像や教育用の映像の制作、イベントの企画運営などに特化したイベント会社でした。

しかし、やっているうちに芸術というよりは情報を扱っているという感覚になり、できれば情報産業の中核の部分に行きたいと思うようになったのです。

それでコンピュータ業界に入ったのですが、ちょうど1年ぐらいでバブルがはじけて、大阪出張中にそのあおりを受けて会社が倒産してしまいました。

「大阪出張中に会社がなくなってしまったのですか?」

そうです。もう戻れませんから、大阪の職安を通じて東京の仕事を探したのですが、なかなか見つかりませんでした。

東京に戻って同じ業界に入ろうかなとも考えましたが、この業界で怖い思いをしたわけです。ですから、次は地に足がついた仕事、日常生活関係のものを扱う仕事がいいと思っていました。

そんな時に、友人から声をかけてもらったので、セブンイレブンの店長と酒屋の店長を掛け持ちで5年ぐらいやりました。

しかし掛け持ちで休みなく働いていたので、付き合っていた女性と最終的に破綻し、仕事でもへとへとに疲れて、何もやる気がなくなり「もう辞めます!」と言って辞めてしまいました。

「また仕事がなくなったのですね?」

その時は29歳でした。アルバイトもする気になれず、どうやって食っていこうかと思い、結局パチンコで3か月くらい生活していました。

朝パチンコ店に並んでいる時に、スーツ姿の人たちが脇を通っていくのです。その人たちがチラリとこちらを見ていくわけです。せつなかったですね。

しかも、パチンコで稼いだお金は自分が何か価値を提供したわけではない。お店は価値を受け取ってその対価として感謝とともに支払っているわけではなく、むしろ迷惑な出費なわけですよ。
だからお金をもらうプロセスが全然楽しくなかった。

「その後、会計事務所にも勤めていらっしゃいますが、なぜですか?」

パチンコでお金をもらうのが楽しくなかった。
それで、「俺は世の中に価値を提供する人間として社会に参加していこう!」と決めたのです。そして、なぜか漠然と社長になろうと思ったのです。

そのために何をしなければいけないのかと思った時に、「社長になるのだったら財務関係は大事だろうから、簿記の勉強してみよう」、「会計事務所に入ったら、いろんな社長に会えるかもしれない」、と思いました。

失業保険をもらいながら勉強できる職業技術専門校に入り、卒業後、会計事務所に就職しました。

「実際に独立したのはいつ頃ですか?」

会計事務所に勤めて5年経って、35歳になった時に独立したいと思いました。
当初はどういったビジネスで起業するかは決まっていませんでしたが、元々コンピュータ関係については、知識もあり、好きな領域でしたし、当時はITバブルだったということもあって、サーバーのレンタル事業を手始めにやろうと考えました。

そして、1千万円を借りて2000年36歳のときに起業しました。

当初は、友人2人に手伝ってもらい会社を始めたのですが、わがままな性格が災いして、人間関係の構築がうまくいかず、その2人ともうまくコミュニケーションが取れなかったのです。

最終的には、その友人2人から絶縁され、一人とは、訴える訴えないの話にまでこじれてしまいました。

また、その友人たちがいなくなってしまったことで、事業を継続するのも難しくなってしまい、結果的には事業をたたんでしまいました。2001年の3月くらいからその事業を廃止する準備を始め、最終的に事業廃止をしたのが、2002年の初めくらいですから、1年半ぐらいでしたね。

「今のお仕事をしようと思ったのはいつ頃なのですか?

実は独立したいと考える前から、本当は、やったこともないのに、セミナーとか講演活動とかをしたいと思っていたんですね。

なぜかというと、物凄く自己重要感が強かったのですね。人に認められることで自分の自己重要感を満たしたかったのです。

ただ、そういうことをやりたいんだと人にボソッと言うと、「でも今のお前に何ができるの?」と言われて、「そうだよな」と。「今はなにも偉そうなこと言えないよな」と。

でも、いつかはやってみたいことだとは思っていたので、会社設立の時、登記簿の目的欄というところに、「講演会シンポジウム、セミナー等の開催」と書いておきました。ここにこう書いておけば、セミナーや講演を将来開催するときも、問題なくできますから。

インタビュー写真


「サーバーレンタル会社をたたんだ後はどうなさったのですか?

その後、落ちぶれた人間が更にうまくいかないパターンを一通りやって、引きこもり状態ですよね。それでまた、しばらく離れていたパチンコも始めるようになり、タバコも1日に3箱、酒は毎晩ボトル1本・・・。

しばらくはそんな生活も続きましたが、徐々に「このままではだめだ」という気持ちが大きくなってきまして。

そこで、そんな自分を何とかしようと思い、まず自分自身をどう変えていくか。今できることにまず粛々と取り組んでいこうと考えたのです。ここが自分の人生の大きな転機だったと思います。

「何か気づくきっかけがあったのですか?」

もちろん、引きこもっていた当初から、「このままではだめだ」とは思っていました。そして、一応いろいろと足掻いてはみたんですよ。でも、やることなすことうまくいかなかったので、八方ふさがりになってしまったんです。

で、追い込まれてしまって、このままの状態だとホームレスになってもおかしくないというところまで思い詰めてしまいました。

その時、今までの行動を思い直してみると、自分の外側の環境を変えようということに対してはいろいろやってみたものの、自分自身を変えていく、ということについては、全くやったことがなかったことに気がついたんですね。

そこで、自分自身を変えるということで、今できることからやっていこうと思い直し、まずタバコをやめることにチャレンジしてみようと考えました。

恥ずかしい話ですが、それまで、人をコントロールしようと思ってコーチングやNLPを勉強していました。そうやって、自分が置かれている環境の方を一生懸命、力技で変えていこうとし続けていたんですよね。

でも、結果的には全然ダメだったんですよ。

そこで、自分に対してそれらを使ってみようと思ったのが、変化の第一歩だったのです。

1週間、自分とコミュニケーションを取って、タバコをピタッとやめました。
忘れもしない、2002年9月1日のことでした。

根性なし、忍耐力なしということを自覚している自分が、本当に忍耐も根性も使わないでやめられたので、これは凄いと感じました。

自分の禁煙体験を人に伝えたら喜ぶ人がいるかもしれないと思い、「らくらく禁煙、タバコをやめて人生に成功する法則」というメールマガジンを発行し始めたのが、今の仕事につながる第一歩ですね。

「初めて開催したセミナーはいかがでしたか?」

初のセミナーを行ったのは、禁煙に成功してから半年ほど経った、2003年4月24日です。

その時は友人ばかり8人が参加してくれました。一人5000円で来てもらったのですが、初めてということもあって、非常に緊張してしまい、参加者の前に立つことが怖くなってしまったんですね。で、最初から完全に逃げ腰の状態で2時間半のセミナーをやりました。

もう、当然ながら結果が出ない。会場も冷めきっていて、アンケートには、それはもう、ここでは言えないほど、露骨にひどいことを書かれてしまいました。

その時の私は、今ほど図々しくなかったので、どん底まで落ち込んでしまい、帰ってからすぐ布団にこもり、三日三晩そこから出られませんでした。

でも、この仕事をやると決めた以上、ここから元には戻れない。ここから戻るとなると、タバコ、酒、ギャンブルにのめり込んでいた時か、それよりもっと下に行ってしまうに決まっている。

だから、やるしかないと思って3日後に布団から這い出て、2回目のセミナーは、ワンコインセミナーで500円から出直しました。

「出版なさったきっかけは何ですか?」

セミナーや教材販売などをやっていこうと、サイトを作って告知などをしているうちに、それを出版社の人が見つけてくれ、「面白いコンテンツをお持ちですけども、本を出してみませんか」という話になり、『「やめたいのにヤメられない!」がスパッとやめられる10秒日記』の出版となったのです。

「出版することで何か影響はありましたか?」

初めのうちは出版できると浮かれていたのですが、知り合いの一人から、「水野さん、こういう本を書くとメンタル的に弱い人たちからどんどんまとわりつかれるよ、大変なことになるよ」と脅されてしまいました。

「それは自分の本意ではなかった。もっと前向きな人たちと付き合っていきたい」、と思ったので、この本のテーマから離れて、文章セミナーなどの自己表現系のセミナーに、自分の活動をシフトさせようと思ったんですね。

しかし、それが良くなかった。軸足が揺らいでしまい、2,3ヶ月迷走してしまったんですね。

で、もう一度考え直してみると、今の自分は本を出しただけで、この本を読んだ読者に対して何の責任も取ろうとしていなかったことに気づいたんです。

そこで、この本に関するセミナーを定期的にやっていこう、それにあたって、受講者に対して必ず100% の結果を追い求めていこうと考えました。そのためには、数、経験が必要だから、週に1回セミナーをやろうと思い立ったのです。
それが、2004年の4月に入ってからのことだったのです。

                

(次回につづく・・)

水野 浩志(みずの ひろし) 株式会社マイルストーン 代表取締役

NLP(神経言語プログラミング)及びコーチングを自らに適用することで、悪習慣脱出に成功。その体験を体系的プロセスにまとめ、2003年11月に著書「やめたいのにヤメられない!」がスパッとやめられる10秒日記(大和出版)を上梓。

 その後、行動改革セミナーや文章作成等の自己表現セミナーを自社開催し、具体的な成果を出して好評を博す。特に行動改革セミナーでは、受講者の8割が48時間以内に自ら決めた新しい行動習慣を自発的に起こし、1ヵ月後時点での新習慣の定着率は50%を超える。  

 また、自社開催セミナーと平行して、著者、コンサルタントを中心に、セミナーや講演、プレゼンテーション、教育カリキュラム等の構築コンサルティング業務を行う。理論的なコンテンツ構築手法に加え、心理学および映画・演劇のドラマツルギーの手法を融合させた独自のメソッドが評判を呼び、コンサルティングに携わったコンテンツは30本以上、構築したセミナーの延べ時間数は350時間以上に及ぶ。

 2005年より、セミナー構築メソッドを体系化させた「高品質セミナー作成講座」を定期的に開催。参加者が1年間で100名を越え、初心者はもとより、大学の助教授、プロの研修講師、大手コンサルティング会社等、話のプロフェッショナルも多数受講している。

 自身の経験・体験から導き出した手法を、ロジカルかつエモーショナルに伝えることで、参加者を行動に駆り立て成果を出させるセミナーを行うことが信条。

株式会社マイルストーン ホームページ
http://www.sp.m-stn.com/
燃えるセミナー構築士 水野浩志の日記
http://plaza.rakuten.co.jp/nosmoke/
<水野 浩志先生の著書>
cover
「やめたいのにヤメられない!」がスパッとやめられる10秒日記

インタビュアー:奥原 菜月

奥原菜月

フリーライター、占い&カウンセラー(奥原朱麗)として活動中。
夫と子供2人、犬1匹で横浜に生息中。

占い・カウンセリング・開運などをメインにしたブログ
『占いカウンセラー朱麗のまったり開運日記』

HP:アストロ・ハーティ「朱麗の占いカウンセリングルーム」

インタビュアー:朝比奈 凛香

朝比奈凛香

セミナー講師。
コーチング・コミュニケーション・プレゼンテーション・ビジネスマナーなどの
セミナーを提供している。ラシャンス代表。

あなたの「素敵」引き出します :
http://ameblo.jp/lachance/

インタビュアー:岩田 広美

岩田広美

埼玉県川越市に夫と高校生の息子と3人で在住。(出身は福島県)
カウンセリングと女性学を融合した女性心理学専門のカウンセリングを実践中。
現在、自治体の女性相談員と同時に民間カウンセリングルーム
「川越女性専門相談室femme」(femmeは仏語で女性の意)を4人の仲間と開設し、
NPO法人教育ルネッサンスにて不登校・引き込もり者対応の主席カウンセラーを務める。

「好奇心がいっこうに衰えず、素敵な出会いはまだまだあると確信し大いに期待!」

HP:「川越女性専門相談室femme」

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