大学は現役受験の時は文系だったのですが、一浪して理系に転向し横浜国立大学の工学部に入学しました。しかしなじめずに、3年の時に映像関係の専門学校に入り、結局映像専門の制作会社に入社しました。
企業の商品PR映像や教育用の映像の制作、イベントの企画運営などに特化したイベント会社でした。
しかし、やっているうちに芸術というよりは情報を扱っているという感覚になり、できれば情報産業の中核の部分に行きたいと思うようになったのです。
それでコンピュータ業界に入ったのですが、ちょうど1年ぐらいでバブルがはじけて、大阪出張中にそのあおりを受けて会社が倒産してしまいました。
「大阪出張中に会社がなくなってしまったのですか?」
そうです。もう戻れませんから、大阪の職安を通じて東京の仕事を探したのですが、なかなか見つかりませんでした。
東京に戻って同じ業界に入ろうかなとも考えましたが、この業界で怖い思いをしたわけです。ですから、次は地に足がついた仕事、日常生活関係のものを扱う仕事がいいと思っていました。
そんな時に、友人から声をかけてもらったので、セブンイレブンの店長と酒屋の店長を掛け持ちで5年ぐらいやりました。
しかし掛け持ちで休みなく働いていたので、付き合っていた女性と最終的に破綻し、仕事でもへとへとに疲れて、何もやる気がなくなり「もう辞めます!」と言って辞めてしまいました。
「また仕事がなくなったのですね?」
その時は29歳でした。アルバイトもする気になれず、どうやって食っていこうかと思い、結局パチンコで3か月くらい生活していました。
朝パチンコ店に並んでいる時に、スーツ姿の人たちが脇を通っていくのです。その人たちがチラリとこちらを見ていくわけです。せつなかったですね。
しかも、パチンコで稼いだお金は自分が何か価値を提供したわけではない。お店は価値を受け取ってその対価として感謝とともに支払っているわけではなく、むしろ迷惑な出費なわけですよ。
だからお金をもらうプロセスが全然楽しくなかった。
「その後、会計事務所にも勤めていらっしゃいますが、なぜですか?」
パチンコでお金をもらうのが楽しくなかった。
それで、「俺は世の中に価値を提供する人間として社会に参加していこう!」と決めたのです。そして、なぜか漠然と社長になろうと思ったのです。
そのために何をしなければいけないのかと思った時に、「社長になるのだったら財務関係は大事だろうから、簿記の勉強してみよう」、「会計事務所に入ったら、いろんな社長に会えるかもしれない」、と思いました。
失業保険をもらいながら勉強できる職業技術専門校に入り、卒業後、会計事務所に就職しました。
「実際に独立したのはいつ頃ですか?」
会計事務所に勤めて5年経って、35歳になった時に独立したいと思いました。
当初はどういったビジネスで起業するかは決まっていませんでしたが、元々コンピュータ関係については、知識もあり、好きな領域でしたし、当時はITバブルだったということもあって、サーバーのレンタル事業を手始めにやろうと考えました。
そして、1千万円を借りて2000年36歳のときに起業しました。
当初は、友人2人に手伝ってもらい会社を始めたのですが、わがままな性格が災いして、人間関係の構築がうまくいかず、その2人ともうまくコミュニケーションが取れなかったのです。
最終的には、その友人2人から絶縁され、一人とは、訴える訴えないの話にまでこじれてしまいました。
また、その友人たちがいなくなってしまったことで、事業を継続するのも難しくなってしまい、結果的には事業をたたんでしまいました。2001年の3月くらいからその事業を廃止する準備を始め、最終的に事業廃止をしたのが、2002年の初めくらいですから、1年半ぐらいでしたね。
「今のお仕事をしようと思ったのはいつ頃なのですか?」
実は独立したいと考える前から、本当は、やったこともないのに、セミナーとか講演活動とかをしたいと思っていたんですね。
なぜかというと、物凄く自己重要感が強かったのですね。人に認められることで自分の自己重要感を満たしたかったのです。
ただ、そういうことをやりたいんだと人にボソッと言うと、「でも今のお前に何ができるの?」と言われて、「そうだよな」と。「今はなにも偉そうなこと言えないよな」と。
でも、いつかはやってみたいことだとは思っていたので、会社設立の時、登記簿の目的欄というところに、「講演会シンポジウム、セミナー等の開催」と書いておきました。ここにこう書いておけば、セミナーや講演を将来開催するときも、問題なくできますから。







