第17回目(1/4)  佐藤 富雄 先生  ヒューマンギネス倶楽部

「言ってから実行する」が私の秘密兵器です

今回のインタビューは、ヒューマンギネス倶楽部の佐藤 富雄(さとう とみお)先生です。
佐藤先生は「口ぐせ博士」として有名で"口ぐせを変えることで人生を変える"ということを提唱されていらっしゃいます。

出版された著書は100冊を越え、ルーマニア名誉領事、ヒューマンテック国際大学学長などの要職も務められています。

いかに100歳を元気に美しく生きるかを探求し、「70歳を越えた今、50代の頃に比べると10倍以上に思考能力も仕事のやり方も向上した」と言われていたのが印象的でした。

まさに「人生の達人」とも言える佐藤先生に、口ぐせ博士に至る経緯、そして生きるということについてお話しをうかがいました。

インタビュー写真

「学生時代の佐藤先生を教えてください」

当時から、ほら吹きでしたね(笑)。

戦時中で、まともな勉強をできる環境ではなく、学校を止めて父の農場を手伝っていました。その後、戦争が終わり復学しました。

休学していた都合で、同級生の中では、年齢が少し上でした。仲間の間ではお兄さんのような存在でしたね。

戦争直後の当時は「世の中が大きく変わる」と言われていました。

その中で私は、「労働者のように働いて、実業家のように暮らす」とほらを吹いていました。本当は、実業家がどんな暮しをしていたかなんて当時は知りませんでした。

でも、アメリカにはヘンリー・フォードという実業家がいるとか、趣味はヨーロッパの貴族のようでなくてはいけないとか、仲間を集めて話していました。

戦後の混乱期の中、そんな話をして仲間が勇気づけられて喜ぶ姿を見るのが嬉しかったのです。

「学校を卒業されてからは、どうされたのですか?」

農業大学で生化学を研究した後、早稲田の大学院の経済学研究科に入学して、マスター(修士)になりました。そのままドクターコース(博士課程)に行こうと思っていたのですが、たまたま求人募集で面白い広告を見つけてしまったのです。

いたずら半分で入社試験を受けたのですが、試験に通ってしまいました。

オリンパスに医療機器を納品していたアメリカのメーカー会社で、理系のバックグラウンドがある私にはちょうど良かったのです。給料が高いというのも魅力的でした(笑)。

「入社後、すぐに海外でお仕事をされたのですか?」

いいえ、その会社には10年間いたのですが、日本の事務所で仕事をしていました。

その後、秋田大学に医学部ができるということで、生化学を教えに行きました。秋田美人がいると思ったので(笑)。2年半ほどいました。秋田美人はいたのですが、残念ながら縁がなかったですね。

大学を辞めた後、アメリカに移住して現地の会社に就職しました。

その後は、日本の会社の代表を務めたり、外資系の会社に勤めたり、当時の日本人としては珍しく会社を転々としましたね。会社を移るたびに収入も上がりました。

インタビュー写真class=


「良い会社に就職して、転職を繰り返しても、うまくいく人とうまくいかない人がいます。なぜ佐藤先生はうまくいったのですか?」

私は天性の楽天家なんですよ。そして冒険家であり、ほら吹きでした(笑)。

何かをやる前から既にやっているような話を自信を持ってしていました。若い頃から「人は言ってから実行する」ということを実践していました。

そして、言ったことは必ず実現してきました。そうすれば評価も上がりますし、部下からも信頼されますよね。いわば私の秘密兵器です。

「まさに『口ぐせ博士』の原点ですね。当時の仕事ぶりについて教えてください」

人の3倍は働いていました。しかし遊びを犠牲にしていたわけではありません。

今のビジネスマンのように仕事と遊びに区切りがあったわけではありませんでした。30代の後半は、ポルシェで会社に通っていました。通勤というと仕事の一部かもしれませんが、ポルシェで会社に行くのは遊びでした。女の子をドライブに誘い易いですし(笑)。

良い仕事ができているから、遊びがいつもついて歩いている感じでした。当時は一人暮らしをしていましたが、食事の相手には困らなかったですね。

人の3倍働くということは、人の3倍以上の行動力があったということです。普通の人が休みの日にゴロゴロしていても、私は遊びに行っていました。

例えば、当時の土曜日はいわゆる半ドン(半日休み)だったのですが、女性と待ち合わせをして「神戸牛を食べに行こう!」と言って東京から神戸までドライブに行っていましたね。女性は驚いていましたけど。

でも、あまり無駄なことはしていなかったと思います。

例えば、朝まで麻雀をしたり、愚痴を言い合うために飲みに行ったりすることはありませんでした。

「仕事も遊びも充実されておられたようですが、当時から『絶対にこれだけは譲れないこと』はありましたか?」

「楽しくないことは絶対にしない」ということです。これは今でも同じですね。

例えば、誰かから家に招待されたとしても、そこに訪問することが「楽しいこと」でなければ絶対に行きません。義理で行くことはまずありませんね。

例えば、教養があって対話を楽しめる相手だったり、ちょっとした会話からでもお互いに得ることがある相手なら楽しいですね。

「美味しいワインがあるよ」と言ってもらえれば、なおさら嬉しいですね(笑)。

(次回につづく・・)

佐藤富雄

「生き方健康学」という新しいアンチエイジングこれからの高齢社会で最も大きなテーマ、それは心と体のバランスのとれた健康です。人生100年の時代、時間はたっぷりとあるのです。イキイキと幸せに暮らすのも不幸に過ごすのも、脳の使い方次第です。

Dr.佐藤富雄が栄養生化学、実践科学として蓄積してきた「生き方健康学」が目指すのは、80歳を現役で、美しく、かつ楽しく加齢すること。つまり、心と体のOptimal Aging(オプティマルエイジング)です。

ときめき、幸せ気分の持続は、健康と美の源になります。ワクワク、ドキドキするものに巡り会い、夢を追いかけ実現していく生き方が肝心なのです。夢や希望を持つことができる自分であるかどうか。どうやってときめくか。熱くいられるか。これをやるんだと心に描ける人が「生き方健康学」の実践者です。



Dr.佐藤富雄 公式サイト
http://www.hg-club.jp//

<佐藤富雄先生の著書(ゴマブックス)>
cover
セレブに出会える黄金法則


cover
ハピモテ体質になれる美人の習慣


cover
最強の幸運体質をつくる魔法のアファメーション

インタビュアー:倉橋竜哉

倉橋竜哉 

アイネスト株式会社 代表取締役
マインドマップ公認インストラクター、メンタルビジネスコンサルタントとして
沖縄から北海道まで全国の学校・企業等で講演を開催している。

趣味はパラグライダー、登山、料理など。

  • 呼吸法の日本マイブレス協会
  • 毎朝1分 天才のヒント

インタビュー集

  • 毎朝1分天才のヒント メールマガジンで30日間の無料レッスン
  • さぱりメント あなたのお悩みをさっぱり解決