第11回目(2/4)  白石 由利奈 先生  SEEDS OF LIGHT

本当にコミットしたときは、不思議な力が働くのかなと思いました。

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最初に提供されていたカウンセリングはどのようなものでしたか?

カウンセリングは学生時代から始めていて、卒業して会社に勤めながらも少し続けていました。その後、ブランクが10年ほどあったのですが、1995年にNLPを学んでからは、ずっとNLPや催眠療法やバッチフラワーを使っています。

NLPでカウンセリングをするというのは、普通のカウンセリングとどう違うのでしょうか。

様々なスタイルがあると思うのですけれども、例えば催眠ですと、目を閉じて、潜在意識にアクセスしていきますね。NLPにも同じようなやり方はありますが、目をあけた状態で自分の潜在意識に入って、解決策を考えたり、自分の中の葛藤を解決したり、自分の方向性を明確にしていくこともできるのです。

しかも、変化はわりと短時間で起こります。NLPは20分で恐怖症が治療できると言われたりしますが、実際、何十年も従来の治療を受けていた方が、短い時間で症状がなくなったりするということが可能なのです。

白石先生がNLPを使い出した理由を教えてください?

NLPのアプローチというのは、カウンセラー側にもクライアント側にも両方に負担が少ないと思います。なぜなら問題にフォーカスするのではなく、ゴールまたはその人の望ましい状態にフォーカスするからです。その人の望ましい状態を前提として、ゴールを現実とするためにリソース(資源)を使って解決していきます。

NLPでは、必要なリソース(資源)はすべて自分の中にあるという考え方をします。自分の中に無ければそれを人から学ぶこともできるけれども、本質的なものは自分の中にあると考えるのです。そのことをカウンセラー側が心から確信できていれば、クライアントの力も信頼でき、それは自ずとクライアント自身が自らの力を信じる方向へと導くことにもなります。

カウンセラーが、クライアントを一生懸命背負って、なんとかこの人を助けてあげなければというというスタンスではなくて、自分で自分を助ける力を持っている本人の力を信頼しながら、そのサポートをしていくことができるのです。

実際には、NLPのスキルを使いながら、相手のリソース(資源)を引き出し、気づきや癒し、自分がパワーアップしていくことを体験して頂きながら、カウンセリングを進めていきます。

NLPのカウンセリングでは、五感を活用しながらクリエイティブに解決策を見出したり、自分の夢や目標をより明確にしていくプロセスを、クライアントさんもカウンセラー側も楽しみながら体験することができます。

もちろん、どん底にいるような状態もありますし、大変な時期もあるかもしれませんが、どこかで、自分の道の先には必ず光が灯っていると確信できるようになるように思います。

最初はカウンセリングをどのように始めたか教えていただけますか?

最初はどこかに勤めることも考えました。NLPや、催眠など学んだことを使って、どこかで仕事がないだろうかと思いました。ですが、自分がやりたいことを追求していったところ、自分で開業する流れとなったのです。

具体的には、NLPのコースがきっかけになりました。NLPのコースでは、卒業するときに、外部の方たちに練習台になっていただきます。そうやってセッションの経験を積むのですね。

その時に、職場が一緒の人や友達に声をかけたり、友達に友達を紹介して貰ったりして、セッションをやってもらっていたのです。そうしたら、その人が別の人を紹介してくれて、これは良かったから、是非セッションをやってほしいという人が出てくるようになって・・・。

いつからチャージするようになったか、よく覚えていないのですが、1996年ぐらいからだったと思います。

1番最初のお客様は覚えておられますか?

1番最初にNLPのセラピーをさせていただいたのは、職場の同僚でした。自宅に来て無料でセラピーさせていただきました。

最初は緊張されたりされませんでしたか?

彼女をよく知っていましたし、コース中も何回もセッションしていたので緊張はなかったです。ごく自然な形でカウンセリングのスタートが切れたという感じですね。

後日談ですが、その後、彼女は、それをきっかけに、NLPを勉強しにきてくれて、トレーナーの資格をとり、今や大学の助教授として、大学の生徒や、福祉や医療などの援助職に就いていらっしゃる方にNLPを伝える立場になっています。

セッションはどこかで場所を借りていたのでしょうか?

最初の頃は、自宅でセッションをしていました。でもそのうち、2人の方が場所を提供して下さるようになり、そちらを借りてはじめました。

その後、やはり自分の場所がほしいと思うようになりました。そういう目標を実現するためにも、NLPは使えるのですけれども、自分の夢のプランをリストアップし始めました。

非常勤の仕事もしていたので、カウンセリングだけをやるのであれば、そんなに広くなくてもいいだろうということで、ワンルームマンションを借りようかなとか、8万円ぐらいだったら東京の郊外で借りられるかな…などといろいろと考えていました。

そんな折に、内科の先生と出会ったり、バッチフラワー療法の関係の人を紹介されたりする機会がありました。バッチフラワー療法をしているイギリス人の先生を紹介された日に、いろいろ話をしていると、その場にいた人たちが皆偶然にもスペースを探しているということがわかったのです。1996年の年末のことです。

内科の先生と私は既に一緒にセラピーのスペースを開きましょうという話になってきていたのですが、イギリス人の先生も新居を探していて、さらにバッチフラワー療法の輸入の会社もちょうど事務所を移転しようと思っていたところだと言うのです。

では一緒にやりましょうということになって。おもしろいことに、蓋を開けてみたら、そのスペースの家賃を均等割すると、私の負担額は8万ぐらいでした。私は8万ぐらいでは、本当に小さいワンルームしか借りられないと思っていたのですが、何人かの意思が集まったことによって、ずっと大きなスペースが使えるようになったのです。

すばらしいですね。これからスペースを探される方にも参考になりそうなお話ですね。

NLPで、「自分の意図を明確にする」というのは、基本的なこととして言われるのですけれども、「何のためにそれをやりたいのか」を明確にすればするほど、その意図に見合ったものが、期待を超えた形で、現実として現れてくるように思います。

ですから、もし私がスペースを持つことだけにフォーカスして、それしか考えていなかったら、ワンルームマンションで、一人でやっていたかもしれません。

私は「このすばらしいアイディアやスキルを人に伝えて、皆が幸せになれたらいい」ということにフォーカスをしたところ、そういう意図をもった人たちと出会うことができ、さらに自分が期待した以上の結果が得られました。

NLPでは意図とかゴールが達成できたときに、どんな気持ちになるのかイメージしてもらいます。嬉しいとか、ワクワクするとかみんなの喜んでいる顔が見えるとか…。私の場合はそれをしていたら、自分が開業、つまり、実際に夢が叶って自分のスペースを持つという形になりました。

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最初の頃、お客さんは口コミでご紹介というケースが多かったのですか?

どちらかといえば、カウンセリングに関しては、ずっとそうですね。セミナーなどの仕事もありますし、カウンセリングの宣伝らしいものは、ほとんどしていません。ただスタート時に、自分がやっているということを知らせる必要があると思いまして、パンフレットを作りました。

最初は自分の友人や、一緒にコースを受講した人とか、昔からの友達とか…何人だったか忘れましたけれど、スペースを開設しましたというご挨拶と、メニューみたいなものを送りました。

そうしたら、昔からの友人が知り合いを紹介してくれたり、自分が受けて、元気になったということで他の方を紹介して下さったり、知り合いの精神科医の方も患者さんを紹介して下さるようになりました。

初めてのご自分のスペースはどんなところでしたか?

先ほどお話したように、他の方達と共同で開設しました。全体で100何平米かの住居を、オフィスとして、借りていたのです。いわゆるメゾネットタイプの住居だったのですが、16畳くらいのダイニングキッチンがあって、床に座れば20人くらい入るので、最初の頃のセミナーはそこで開催していました。

スペースは、こころと体のケアを行うための場所として開設しました。名前は、ギリシャ神話に出てくる叡智の女神の名前からとり、「セラピースペース ソフィア」としました。

そのスペースのコンセプトを表すものとして「1個のリンゴに何個の種があるのか数えることは簡単です。でもその1個の種からどれだけのリンゴができるかと言うのは誰もわかりません。誰もが自分の中に素敵な種を持っています。」というコピーをパンフレットなどに書きました。

また、そのコピーに合わせて、地球にリンゴの木が生えている絵もイラストレーターの方に描いてもらいました。そのコンセプトは、後に興した会社の名前に引き継がれています。

勉強会は、どんなことをされたのでしょう?

勉強会というか、さまざまな分野の方を講師として呼んだ集まりのようなものです。世代とか職業とか国境とか障害の有無とかを越えたスペースができたらいいと思っていました。

例えば、知り合いの精神科医の方や、職場で一緒だった筋ジストロフィーの方にきていただいてお話を頂いたり、スウィルをはじめとしたNLPのトレーナーの方などにセミナーをしてもらったりしていました。

セラピースペースのオープン時期に、スウィルさんとのご縁も強いものになったそうですが?

スウィルは、私がNLPのコースを受けたときの先生でした。その後、私と一緒にスペースをオープンした内科の先生もNLPを受けに行ったのです。

そして先生がスウィルに、イギリス人も住んでいるし、休める部屋もお布団もあるので、よかったら自分たちのスペースにステイしてくださいと言ったのですね。

スウィルは、ホテルの長期滞在は疲れてしまうし、それはうれしいと言ってステイするようになりました。そこで、私はNLPのコースは卒業していましたが、スウィルと話をする機会がまた持てるようになったのです。スウィルが来日されるたびに、会って話をするようになりました。

その後一人のオフィスもオープンされたそうですね。

はい。私は三軒茶屋に住んでいるのですが、同じ三軒茶屋に親友の夫が物件を持っていて、良かったら使って欲しいと言っていたのです。不動産屋さんを介さないので、初期費用があまりかからずに貸してもらえ、好条件でした。

ですが、自宅と渋谷のオフィスの家賃と、三軒茶屋の家賃を合わせると、結構な額になります。払えるのかどうかまったくわからないし、そんな馬鹿なことと頭では思うのだけれども、何か自分に必要な気がする、と思ってスウィルに相談をしたのですね。

すると、スウィルは、NLPにメタファーという、比喩を使う手法があるのですが、それを使って、言いました。「ひな鳥は、その巣にいる間は自分が飛べることを知らないけれども、実際飛んでみたら、飛ぶことができるのだよ」と。

それ以上、何も言わなかったのですけれども、私は魔法がかかったみたいに、借りることに決めたのです。98年の5月にそのオフィスをオープンしたのですけれども、次の年の確定申告で意外なことに気がつきました。

月別の収入を申告するのですが、オープンした5月から、きっかり家賃分だけ収入が増えているのです。ありがたいことにバッチフラワー療法を教える仕事なども増えてきて。本当にコミットしたときは、不思議な力が働くのかなと思いました。

だからといって、無謀なことをしてくださいって言っているわけではないのですけれど(笑)。

プライベートオフィスを開設されたのは、1998年とのこと。

はい。オフィスは私一人だけなので、男性のカウンセリングは避けた方が良いだろうと思いましたので、名前は「女性と子供の相談室」としました。タウンページに、「女性と子供の相談室」って載っていたので、その名前がきっかけできてくれたという方もいましたね。

他にも電話帳で見ましたとか、電話番号案内の104に聞いたら、「『女性と子供の相談室』というのがあります」と教えてくれたと言う人もいました。

いつごろまで渋谷におられたのですか?

渋谷のスペースは2002年まで続きました。その頃、イギリスの先生も帰国が近づき、バッチフラワーの輸入会社も別のオフィスを持つし、私が理事と講師をしていたバッチフラワー療法の教育機関も新しくオフィスを構えましょうということで、それぞれが別の道を歩むことになったのです。

そのころから、自分のフォーカスしたいことと、組織の方針が違うということが見えてきました。

その時、メインの収入は、バッチフラワーの講師としてのお給料だったので、暮らしていけるだろうかという不安はありました。ですが、自分の魂の意思というか、自分の意図にフォーカスしていくと、やはり辞めた方が良い状況になってきたのです。

そのころ、それまで経験したことがないような感情をいろいろと体験しました。これも貴重な体験だったし、その機関のお仕事に関われたことを本当に感謝していますが、自分の道を更に追求していった結果、そこから独立することとなりました。

                 

(次回につづく・・)

インタビュアー:長谷川 碧

「ソース」トレーナー。目標を努力と根性で実現してきたのが「ソース」に出会って一変!現在、情報サイト「なるにわ情報局」で自分らしく生きるヒントを発信している。

なるにわ情報局 :http://www.naruniwa.info/

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