第11回目(1/4)  白石 由利奈 先生  SEEDS OF LIGHT

誰もが自分だけの人生、そして使命や役割がある

今回のインタビューは、バッチフラワー療法家、NLPトレーナー、ライフトラックトレーナーの白石 由利奈(しらいし ゆりな)先生です。

先生は、バッチフラワーレメディ協会の代表でもあり、株式会社 SEEDS OF LIGHT代表取締役でもある上、NLP創始者Richard Bandlerの米国NLP協会・日韓ディレクターであるA.スウィル先生とNLPを日本に広めるための活動もされてきた、多才な方です。

その活動ぶりとはうらはらに、ほんわかと柔らかな白石先生が「魔法の杖」とおっしゃるNLPや、「電流が走る」出会いをされたバッチフラワー療法を中心にお話を伺いました。

インタビュー写真

「大学では心理学を専攻されていますが、子供の頃はどんなお子さんでしたか?」

私自身はすっかり忘れていたことなのですが、小学1年のとき、学校で大人になってなりたいものを書いたとき、"魔法使い"と書いて先生に笑われたという話を、この仕事をするようになってから、母がしてくれました。当時はテレビで「サリーちゃん」などが放送されていて、魔法が使えたらいいのになんて思っていました。

また、子供の時から、人ってもっと仲良くなれるのではないかとか、なぜ人は他人の悪口を言ったりするのだろうとも思っていました。

人はそれぞれ長所もいっぱいあるはずで、そういうのってもっと引き出せたらいいなと漠然と思っていました。

そして、子供のころからずっと、一生仕事をしていくような女性でいたいと思っていました。学校が医学部の付属校だったということもあって、具体的にはお医者さんになろうと思っていました。

ですが、理数系があまり得意ではなかったということもありまして、心理学専攻に進んだのです。きっと心と体は関連性があるだろうから、やはり心理学がいちばん近いと思いました。

大学時代はいろいろな先生について、病院や施設などで研修させていただいたりして、いい経験をさせていただきました。

ですが、卒業する段階になって、大学院へ行こうか迷いつつも、自分が誰かをサポートするにしても、机上の学問だけで、一般社会での経験がなかったら、共感ができないだろうと思ったのです。

なので、一般企業の中でも一番ストレスが溜まりそうなところに行って社会経験を積もうと思って(笑)、システムエンジニア(SE)になったのです。

「SEになっていかがでしたか?思っていたような場所でしたか?」

最初は、企業と今まで自分がいた学問の世界とはギャップがある感じがしました。

企業は利益追求が必要ですし、自分がいた心理や教育の世界は社会貢献的な一面を持っている印象がありました。

最初入社した時はギャップを感じて、カルチャーショックのようなものがありました。

SEになった後、毎月100時間以上残業をしていました。確かに忙しく大変なこともありましたが、とても充実していました。

お客様の所へ行ってどういうシステムを作りたいかということを一緒に考えながらデザインやプログラミングをしていったり、パソコンの使い方を教えたりしていました。

今、「NLP」というものを教えているのですけれども、それは、「現在の状態から望ましい状態」に最善の方法で到達できるようになるためのツールです。そして、今考えると、その当時も、お客様にとっての「現在の状態から望ましい状態」になれるようにということの基本姿勢を体験できたのだと思います。

「具体的には、どのようなことをされていたのですか?」

お客様の望ましい状態―電算化することで、どういうふうに日常処理がスムースになるのか―ということをお互いに何時間も話し合いながらシステム化し、望ましい状態をアフターフォローもしながら実現していくというものでした。

「5人分働いているね」などと会社の人からよく言われたりもしたのですが、自分としても、かなり一生懸命やりました。職場の人間関係、後輩の指導、タイムマネージメントなど社会的なこともたくさん勉強させて頂きましたし、20代の華やかな楽しい時期だったなと感謝しています。

「その会社を辞めて海外へ行かれるわけですね。どんなきっかけがあったのですか?」

結局、その会社に6年いました。会社に何年もいると、もう自分は心理の世界に戻って、カウンセラーになるのは無理だろうと思うようになっていました。

これから大学院に行こうと思っても、20代後半になっていたし、難しいのではないかと半ばあきらめかけていたのです。

でも、海外に留学することは子どものときからの夢でしたので、それだけは実現しようと思って、イギリスに行きました。

大学院に行くのは何年もかかってしまって、さすがに難しいと思ったので、イギリスでは子供の福祉施設で働かせてもらいました。

大学時代に障害児の療法にかかわっていたので、同じようにてんかんの子供達のスクールが併設された入所施設に、ケアスタッフとして治療のサポートをする形で13ヶ月勤務しました。

「貴重な体験だと思いますが、心境の変化などありましたか?」

会社時代は、周りの人に随分大切にして頂いて、価値を評価してもらえました。しかしイギリスに行ったら私は単なる日本人なのですね。

日本人は私一人しかいませんでしたし、ネイティブではないですから、語学もままならないし。

そのような環境にいて、自己評価がとても低くなってしまいました。そうなってはじめて、今まで人に評価してもらって、自分の価値を決めていたし、日本人としてのアイデンティティも確立されていなかったことに気づきました。

でも、そこでも良い方たちに恵まれて、1年ちょっと過ごして戻ってきました。

そうしたら、自分の中になんだか「ぽうっ」と、自分の夢を実現できてよかったなぁというあかりが灯った感じがしたのです。

「帰国後、前からご縁があったところに就職されたとか。」

はい。私がSEをしていたときに、お客さんだったところに就職しました。私は、仕事が好きで、仕事を一生していたいなと思っていたのですけど、次を考えると、元の会社に戻るのは少し違うと思いました。

どこか就職先と考えたときに、ふっと前の会社のお客さんが浮かんだのです。福祉の情報処理をする部署でした。そこは新卒で就職したばかりの頃から、パソコンを教えに行っていたお客さんだったのです。

そこへダメもとで、電話をしてみたのです。

そうしたら、「じゃあ人事の担当の人が面接をしますから、いらしてください。」と言われました。面接に行ったら、人事の方はちょうど、私がパソコンを教えた方で、私のコンピューター会社時代の名刺もまだファイルに入れて持っていて下さったのです。

「素晴らしい偶然ですね。」

はい。とても熱心に受けて下さった方で。オフィスもとても素敵だなあと前から思っていました。

そこで福祉専攻の大学院に在学中の方たちとか、福祉の研究職の方たちと一緒に、非常勤として週に3日くらいのペースで、5年ぐらい勤めました。

子どもを出産する時もフレックスタイムで勤務が許されて、産休・育児休暇も取らせてもらい、とても恵まれた職場で感謝していました。けれども、その間何かすごく自分の中でフラストレーションが生まれてきて、やっぱり心に関わる仕事がしたい、元々の夢を叶えたいという気持ちになっていったのです。

今考えると、自分の中のフラストレーションを感じる必要がある時期だったみたいで、それのおかげで自分のやりたいことが明確になっていったのかなと思います。

自分の本当にやりたい仕事がこういうものなのだと、はっきりわかったときに、そこをスムースに辞めることができました。

ですから、人生って本当に必要な分だけ体験をさせてもらうのだなと思いました。必要な学びが終わると、すうっと縁が切れるというか、卒業させてもらう感じなのかなと。

「ここでのお仕事は、カウンセリングで独立されたときとも時期が重なっていますね?」

そうですね。スペースを渋谷にオープンした頃に、辞めさせていただいたのですけれども、NLPを勉強している間も、他の場所を借りてカウンセリングしていたときも非常勤でお仕事をさせていただいていました。

「NLPはどういう形で出会われたのですか?」

子供が生まれた年にNLPもバッチフラワーも知ったのですが、子供の誕生後、子供から勇気をもらったように思え、自分の夢をもっと追求したいと思うようになりました。

「両方同時にですか?」

そうですね。NLPは、ある人から、ヴォイスさんのセミナーのことを教えてもらったことが出会うきっかけとなりました。「へーっ、こんな怪しい世界があるの?って(笑)」。とても新鮮で…。

スピリチュアルな世界だし、よくわからないけど、行ってみようと思って行ったセミナーがNLPを紹介していたのです。その当時NLPの本はほとんどなく、事前の知識もありませんでしたが、とにかく受けてみようと思いました。

インタビュー写真


「今でこそ、たくさんNLPを教えている方がいらっしゃいますけれども、まだそれほど認知されていなかったころではないですか。」

そうですね。当時コースを教えているのは日本中でスウィルだけしかいなかったのです。だから日本全国から何十人も集まって、コースを一緒に受けていました。

NLPのコースは、スキルを学びながら、自分も皆も目覚ましい変化をしていく手応えがあるのですね。それを自分も体験し、自分自身もどんどん変化していきました。

その時はこんなふうに、NLPを教える仕事をしているとは思ってもみなかったですけれど。

「今振り返ってNLPのどんなところに魅力を感じたと思いますか?」

心と体というのは一緒のもので、どちらかからアプローチしてもいいし、両方からアプローチしたら、より効果のあるものだと思っていました。また、人間は五感を持っているから、五感のすべてに働きかけるようなことができたら、とても効果的な療法になるのではと思っていたのです。

ですが、それまで自分が学んできた心理療法というのは、どちらかというと、非指示的―つまり、相手をジャッジしないで相手に共感、理解をしていくというものでした。クライアント本人が話している中で、だんだん自分で気づきを得ていくという…。

それはそれで大変すばらしいことなのですけれども、シンプルで、もっと時間がかからないものがないのかと思っていました。

何年も何年もカウンセリングに通うというのは、その人にとって貴重な時間ですし、お金も当然かかってくるでしょう。もし自分のレッスンとして何か学ぶことがあるのだったら、その人が苦しんでいる期間をもっと短縮できたならいいのではないかと考えました。

もちろん必要な期間というのはあると思うのだけれども、必要以上に長くする必要もないと思って、何かないかなと探していました。

そうやって探しているうちに出会ったのがNLPとバッチフラワーなのです。

「バッチフラワー療法との出会いについて教えてください。」

そのころ催眠療法もしていたのですが、そのアメリカ人の先生がチラシを私に1枚くれたのです。チラシをみて、その時に体に電流が走る感覚がしました。

「その、チラシがきっかけだったのですか?」

そうなのです。「ああ、これは絶対にやらなければいけない」という直感のようなものが働いて。

そのころはまだメールがなかったので、すぐにイギリスに手紙を書きました。それで、商品とか本とかリストの端から端まで、ポスターからカードに至るまですべて取り寄せました。

そのときはNLPのコースも終わっていたし、周りの人にカウンセリングを始めていたので、早速バッチフラワーを一緒に体験してみましょうということで、一緒に考えながら選ぶことを始めたのですね。

また、バッチフラワー療法に出会った時に、私はこれを伝える人になりたいと強く思いました。

そして本も出したいと思ったのです。

そうしたら、意外にもチャンスがやってきたのです。あるセミナーに参加したときに、目の前にすわっている参加者の一人が話しかけてきて下さって、「先ほど自己紹介で催眠療法をなさっているとおっしゃっていましたけれども、うちの病院で催眠を教えてもらえませんか?」と言われたのです。

その方は、後に共同でセラピースペースを持つことになる内科の医師だったのですが、その先生と数ヶ月後に再会したときに、「白石さん、バッチ療法というのはご存知ですか?」と聞かれたのです。

「はい、クライアントさん皆さんに使っていただいていますよ」と、その場でバッグからボトルを出して見せたら、びっくりしながら「あぁそれは良かった、実はイギリス人の友人がバッチフラワー療法をやっていて、日本で普及しようとしているので、ぜひご紹介したい」と言われました。

それで、そのイギリス人の方とも一緒にお仕事をすることになって、渋谷にセラピーやセミナーのスペースを借りることになったのです。

「バッチフラワー療法の方は、すぐに教えたいという気持ちがおありになったということですけれども、NLPを教えたいと思ったきっかけは?」

アプローチは随分違うのですけれども、NLPもバッチフラワーも根底にある考え方が共通しているのです。1930年代にバッチフラワーを作った、パッチ博士という医師も、NLPという名前ではないですけれども、NLP的なコミュニケーションのとりかたを患者さんにしていたのですね。

NLPって五感を活用するのですけれども、例えばバッチ博士は診療をする時に、五感をフルに使って、非言語的な部分も含めて患者を観察していたりとか。また、博士が実践していた相手とのラポール―信頼関係―の築き方にもNLP的な要素が見られます。

「人は幸せになれる力がある」ということや、「自分を改善していくことや、病気を治していく力は自分の中にある」ということや、「病気とかトラブルなどの問題というのは、その人にとって災いではなくってむしろギフトなのであり、チャンスなのだ」ということとか、「誰もが自分だけの生きるべき人生、使命や役割がある。そして、そのための才能や力は、自分の中にあり、見つけて貰うことを待っている。」ということなどを、バッチ博士は言っていますが、それはNLPでも言えることです。

そして、それは私が子供の頃から思っていた、「誰にでも魔法を使う力があるのではないか。平和な世界を築くことができるのではないか。」という考え方と一致したというか、つじつまが合ってきたというか。今までバラバラになっていたジグソーパズルが、だんだんまとまった絵になってきたという感じがしたのです。そして、それらのメッセージを伝えたいということが、生き生きとしたより大きなヴィジョンとなってきたのです。

「それで、NLPをアメリカまで勉強しに行かれたのですね。」

はい。スウィルにサポートをして貰いながら、NLPを教えるためのトレーナーコースをNLP創始者のリチャード・バンドラーという方のところに受けにいって、トレーナーの資格を取りました。そのコースに行ってから、自分の道がより明確になり、更に人生が急速に展開し始めました。

そのコースを受けた年は、勉強会や小さなセミナーのようなものを開催し、次の年には、先ほどお話ししたように、共同で渋谷でセラピースペースを開いてバッチフラワー療法やNLPや催眠療法を使ったカウンセリングやセミナーをスタートしました。

                 

(次回につづく・・)

白石 由利奈  SEEDS OF LIGHT(東京都千代田区)

SEEDS OF LIGHTは、日本で最初にNLPセミナーを開いたスウィルをはじめ、魅力あふれる講師陣によるNLPセミナーやライフトラックを主催しています。そして、あなたに幸せな変化が訪れるのをサポートしています。

NLPは様々な事柄の問題解決の鍵を見つけ、自分自身が望む本当の自分らしさに近づくためのコミュニケーシーョン・テクニックの玉手箱。今の自分にとって、必要のない過去の制限を手放し、新しい自分自身の姿勢や習慣を身につけていくことができます。

NLPのテクニックを手に入れることで人間関係や人生の流れがよりスムーズに。自分の望みが実現しやすくなり、さらに、自分自身が大きく成長していることを実感できます。

ホームページ NLP・ライフトラックの SEEDS OF LIGHT
http://www.happy-sol.com/
リチャード・バンドラー博士のスウィルによるインタビュー
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<白石先生の著書>
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バッチ フラワー BOOK 〜38種 花のエッセンスが心をいやす〜

インタビュアー:長谷川 碧

「ソース」トレーナー。目標を努力と根性で実現してきたのが「ソース」に出会って一変!現在、情報サイト「なるにわ情報局」で自分らしく生きるヒントを発信している。

なるにわ情報局 :http://www.naruniwa.info/

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