私自身はすっかり忘れていたことなのですが、小学1年のとき、学校で大人になってなりたいものを書いたとき、"魔法使い"と書いて先生に笑われたという話を、この仕事をするようになってから、母がしてくれました。当時はテレビで「サリーちゃん」などが放送されていて、魔法が使えたらいいのになんて思っていました。
また、子供の時から、人ってもっと仲良くなれるのではないかとか、なぜ人は他人の悪口を言ったりするのだろうとも思っていました。
人はそれぞれ長所もいっぱいあるはずで、そういうのってもっと引き出せたらいいなと漠然と思っていました。
そして、子供のころからずっと、一生仕事をしていくような女性でいたいと思っていました。学校が医学部の付属校だったということもあって、具体的にはお医者さんになろうと思っていました。
ですが、理数系があまり得意ではなかったということもありまして、心理学専攻に進んだのです。きっと心と体は関連性があるだろうから、やはり心理学がいちばん近いと思いました。
大学時代はいろいろな先生について、病院や施設などで研修させていただいたりして、いい経験をさせていただきました。
ですが、卒業する段階になって、大学院へ行こうか迷いつつも、自分が誰かをサポートするにしても、机上の学問だけで、一般社会での経験がなかったら、共感ができないだろうと思ったのです。
なので、一般企業の中でも一番ストレスが溜まりそうなところに行って社会経験を積もうと思って(笑)、システムエンジニア(SE)になったのです。
「SEになっていかがでしたか?思っていたような場所でしたか?」
最初は、企業と今まで自分がいた学問の世界とはギャップがある感じがしました。
企業は利益追求が必要ですし、自分がいた心理や教育の世界は社会貢献的な一面を持っている印象がありました。
最初入社した時はギャップを感じて、カルチャーショックのようなものがありました。
SEになった後、毎月100時間以上残業をしていました。確かに忙しく大変なこともありましたが、とても充実していました。
お客様の所へ行ってどういうシステムを作りたいかということを一緒に考えながらデザインやプログラミングをしていったり、パソコンの使い方を教えたりしていました。
今、「NLP」というものを教えているのですけれども、それは、「現在の状態から望ましい状態」に最善の方法で到達できるようになるためのツールです。そして、今考えると、その当時も、お客様にとっての「現在の状態から望ましい状態」になれるようにということの基本姿勢を体験できたのだと思います。
「具体的には、どのようなことをされていたのですか?」
お客様の望ましい状態―電算化することで、どういうふうに日常処理がスムースになるのか―ということをお互いに何時間も話し合いながらシステム化し、望ましい状態をアフターフォローもしながら実現していくというものでした。
「5人分働いているね」などと会社の人からよく言われたりもしたのですが、自分としても、かなり一生懸命やりました。職場の人間関係、後輩の指導、タイムマネージメントなど社会的なこともたくさん勉強させて頂きましたし、20代の華やかな楽しい時期だったなと感謝しています。
「その会社を辞めて海外へ行かれるわけですね。どんなきっかけがあったのですか?」
結局、その会社に6年いました。会社に何年もいると、もう自分は心理の世界に戻って、カウンセラーになるのは無理だろうと思うようになっていました。
これから大学院に行こうと思っても、20代後半になっていたし、難しいのではないかと半ばあきらめかけていたのです。
でも、海外に留学することは子どものときからの夢でしたので、それだけは実現しようと思って、イギリスに行きました。
大学院に行くのは何年もかかってしまって、さすがに難しいと思ったので、イギリスでは子供の福祉施設で働かせてもらいました。
大学時代に障害児の療法にかかわっていたので、同じようにてんかんの子供達のスクールが併設された入所施設に、ケアスタッフとして治療のサポートをする形で13ヶ月勤務しました。
「貴重な体験だと思いますが、心境の変化などありましたか?」
会社時代は、周りの人に随分大切にして頂いて、価値を評価してもらえました。しかしイギリスに行ったら私は単なる日本人なのですね。
日本人は私一人しかいませんでしたし、ネイティブではないですから、語学もままならないし。
そのような環境にいて、自己評価がとても低くなってしまいました。そうなってはじめて、今まで人に評価してもらって、自分の価値を決めていたし、日本人としてのアイデンティティも確立されていなかったことに気づきました。
でも、そこでも良い方たちに恵まれて、1年ちょっと過ごして戻ってきました。
そうしたら、自分の中になんだか「ぽうっ」と、自分の夢を実現できてよかったなぁというあかりが灯った感じがしたのです。
「帰国後、前からご縁があったところに就職されたとか。」
はい。私がSEをしていたときに、お客さんだったところに就職しました。私は、仕事が好きで、仕事を一生していたいなと思っていたのですけど、次を考えると、元の会社に戻るのは少し違うと思いました。
どこか就職先と考えたときに、ふっと前の会社のお客さんが浮かんだのです。福祉の情報処理をする部署でした。そこは新卒で就職したばかりの頃から、パソコンを教えに行っていたお客さんだったのです。
そこへダメもとで、電話をしてみたのです。
そうしたら、「じゃあ人事の担当の人が面接をしますから、いらしてください。」と言われました。面接に行ったら、人事の方はちょうど、私がパソコンを教えた方で、私のコンピューター会社時代の名刺もまだファイルに入れて持っていて下さったのです。
「素晴らしい偶然ですね。」
はい。とても熱心に受けて下さった方で。オフィスもとても素敵だなあと前から思っていました。
そこで福祉専攻の大学院に在学中の方たちとか、福祉の研究職の方たちと一緒に、非常勤として週に3日くらいのペースで、5年ぐらい勤めました。
子どもを出産する時もフレックスタイムで勤務が許されて、産休・育児休暇も取らせてもらい、とても恵まれた職場で感謝していました。けれども、その間何かすごく自分の中でフラストレーションが生まれてきて、やっぱり心に関わる仕事がしたい、元々の夢を叶えたいという気持ちになっていったのです。
今考えると、自分の中のフラストレーションを感じる必要がある時期だったみたいで、それのおかげで自分のやりたいことが明確になっていったのかなと思います。
自分の本当にやりたい仕事がこういうものなのだと、はっきりわかったときに、そこをスムースに辞めることができました。
ですから、人生って本当に必要な分だけ体験をさせてもらうのだなと思いました。必要な学びが終わると、すうっと縁が切れるというか、卒業させてもらう感じなのかなと。
「ここでのお仕事は、カウンセリングで独立されたときとも時期が重なっていますね?」
そうですね。スペースを渋谷にオープンした頃に、辞めさせていただいたのですけれども、NLPを勉強している間も、他の場所を借りてカウンセリングしていたときも非常勤でお仕事をさせていただいていました。
「NLPはどういう形で出会われたのですか?」
子供が生まれた年にNLPもバッチフラワーも知ったのですが、子供の誕生後、子供から勇気をもらったように思え、自分の夢をもっと追求したいと思うようになりました。
「両方同時にですか?」
そうですね。NLPは、ある人から、ヴォイスさんのセミナーのことを教えてもらったことが出会うきっかけとなりました。「へーっ、こんな怪しい世界があるの?って(笑)」。とても新鮮で…。
スピリチュアルな世界だし、よくわからないけど、行ってみようと思って行ったセミナーがNLPを紹介していたのです。その当時NLPの本はほとんどなく、事前の知識もありませんでしたが、とにかく受けてみようと思いました。




