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メンタルビジネスへのご招待(インタビュー)

メンタルビジネスの最前線で活躍されている各分野の第一人者の生の声を皆様にお届けします。




第9回目(1/4)  青木 勇一郎 先生   ヒーリングサポート研究所YOROKOBI

2006年 12月 2日

自分のサービスに合ったお客様に喜んでもらえるようにすること



←前回号「感謝されないカウンセラーを目指しています」



今回のインタビューは、ヒプノセラピストの青木 勇一郎(あおき ゆういちろう)先生です。

ヒーリングサポート研究所YOROKOBI代表、日本ヒプノマネジメント協会代表、日本メンタルヘルス協会外部講師として、講座や研修、講演など幅広く活躍していらっしゃいます。

武道の心得もあり、数学の講師をしていた話術を活かした講座は、明るく笑いにあふれています。癒しと成功法則をマッチングさせ、自分を最高の状態に保つためのサポートをしたいとおっしゃる先生は、ご苦労もあったようですが、人との縁を引き寄せる不思議な魅力の持ち主です。著書や講座でもあまり聞けないお話を伺うことができました。




インタビュー写真


「現在、先生の扱っているのはどういった分野ですか?」

今はヒプノセラピストです。主に退行催眠をメインにしています。

どちらかというとセラピーでも、病気とか、心の深い悩みを持っている人を対象にするのではなく、普通の健康な人たちや、病気までいかないけれども疲れている人たち、調子が悪いという人たちを対象にしています。

そのケア+良い状態、つまりベストコンディションを作るために、どうしたら良いかというのをお伝えしたいと考えています。それのサポートです。

自分の最高の状態を保つため、最高の状態に戻すためのセラピーを、主にヒプノセラピーを用いてやっているという感じです。


「こうした世界に興味を持ったきっかけは何ですか?」

僕はあまりスポーツは得意ではありませんが、中学・高校の頃は武道に憧れていました。ジャッキー・チェンや、ブルース・リー、中国拳法がちょうどブームで、純粋に強いとかカッコいいとかに憧れました。

本は読んだりしていましたが、本格的に武道をやり始めたのは高校生の時で、たまたま道場が近くにあった少林寺拳法を習い始めました。習ううちに、精神についても学んでいくので、肉体的強さだけでなくて、精神的強さや人間関係だとかを教えてもらいました。

そこで精神の先にある宇宙観といったものを、先生が毎回、話をされるので、よく分からないながら興味を持っていったんですね。氣(気)の不思議さというのを目の当たりにすることもありました。

大学で合気道を始めてから、武道の中でも氣にものすごく興味がいきはじめました。
そうしているうちに浦田紘司先生という氣の先生に出会ったんです。

ハンドボールをやっていた弟が通っていた整骨院の待合室で、いとこのおばあちゃんがたまたま、氣を使った先生で視力をアップさせるいい人がいるという話を聞いてきたんです。

それをうちの母が聞いて、「あなた、氣に興味があるなら行ってみたら」、と言いました。
それが飯塚というところで場所を借りて開業している浦田先生でした。

飯塚というのは、福岡市内から、1時間くらいかかるところにあります。行く途中がすごい山で、日本昔話のような風景にびっくりしました。まるで旅行しているような感じでした。そこに通うことになったのです。初めて行った時は、結構衝撃的な出会いでした。

先生から学ぶようになって、さらに氣の世界を深めていった時、僕が20歳か21歳の頃、浦田先生が船井総研の船井幸雄先生に取り上げられて、本も書かれるようになりました。

浦田先生の弟子だった僕も、船井先生の講演会の時にカバン持ちのような形で行っていたのです。それで、僕も船井先生の本とか読むようになって興味を深めたというのが経緯です。


「ヒプノセラピーへはどのように移っていかれたのですか?」

浦田先生に会った、その最初の時に、瞬間催眠のようなことを氣の力でされていました。

最初に目のヒーリングをしてくれて、その後に、「ちょっと遊んであげるか」と言われて、手を持たれたら、そのまま倒れて起き上がれなくなった。さらに、「声を取ります」と言われて、しゃべれなくなって。そういう体験をいきなりしました。

先生はそれを催眠とは言わないんですよ。気功だというのです。

その時の驚きや手法を人に伝えたいと思ったのですが、僕は若いから、先生のようなシンプルな言葉で相手に言っても、そんなに伝わらないわけです。経験がないから、体験に基づいて言っているわけではなくて、感じて言っているだけなのです。


だったら裏付けになるような話とか学問とか、そういうものを勉強したほうがいいんじゃないかと思いました。

それで、生理学を教えてくれるような学校や、心理学を教えてくれる日本メンタルヘルス協会の衛藤先生のところや、いろんなことを勉強していました。心理カウンセラーのライセンスを取ったり、米国催眠協会の創立者のクラズナー博士に催眠を習ったりしました。1999年くらいに、クラズナー博士のところに、正式にヒプノセラピーを習いに行きました。

体のこととかもそうだし、心だけではなくて、ヒーリングとか、何とか療法とつくものなど、とにかくセミナー行ったり、ワークショップ行ったり、学校行ったりしていましたね。
その中で、たまたま、僕には退行催眠が合っていたのです。


「どのようにして教室を持つことになったのですか?」

その頃は大学生だったから、浦田先生も可愛がってくれて、そのうちお手伝いするようになりました。教室にも通っていたのですが、教室の受け付けをしたり、最初の準備運動を代わりにさせてもらったりしていました。当時は、それが仕事になるとは思っていませんでした。

福岡教育大学を卒業して、とりあえずは公立中学の数学の講師になり、講師として仕事をしながら、夜は弟子をやっていたのです。

先生の弟子も増えてきて、全国に広がっていったんですよ。それまで、ずっと付き添ってやっていたのは僕ぐらいでしたけれど。

それで、支部を作ろうという話になって、僕は若いですが、九州支部長という形になりました。四国、関西、東京とかいろんなところに支部ができました。

支部ができてから1年経ったときに、僕はまだ教室を持っていなかったので、先生が「お前はどうするんだ。」と訊ねられました。そこで、決心をして、「やります。」という感じで、北九州の方に教室を開くことになりました。

先生のためには、本当に何かしたいと思っていたから、自分のような若造に何ができるか分からなかったけれど、自分も何かやろうと思ったわけです。
それが、九州の気功教室の始まりです。


「その後の展開はどうなりましたか?」

1999年くらいに、気功の浦田先生の元を離れました。

先生もよく、「守破離」ということをおっしゃっていたのです。守って、破って、離れる、という時期がどうしても来るからということですね。

2000年に、4年間やっていた非常勤講師を辞めました。




インタビュー写真



「独立して最初の頃はいかがでしたか?」

楽しかったですね。そのころはまだ親と一緒に住んでいましたし、食べるのには別に困らなかったですから。

でも別に、それで立派な社会人としての収入があるわけではなくて、フリーターみたいな感じです。心のことや、セラピーとかしているけれども、やってることはフリーターですよね。

好きにやっていましたが、そこまで稼げていませんでした。収入は、月10万あるかないかぐらいじゃないでしょうか。

最初は先生の名前で気功教室をやっていたけれども、どんどん人が少なくなっていって、告知をしても人が来ないんです。

専門誌などにも載せていたのですが、よく分からなかったですね。専門誌というと全国誌なので、地方でやっていると来てくれる人が限られてくるんです。

その頃はうまくいっていなかったですね。


「軌道に乗ってきた転機というのはありますか?」

それから、気功だけでなく、斎藤一人さんから啓発された、"ツイている話"と"奇跡を起こす言霊講座"というのを始めました。それと退行催眠による催眠療法というのを最初はやろうと思って、セットで受けてもらっていました。

集客は、ファックスを送ったり、知人とかに「こういう講座をやるので来ませんか」という口コミだけでした。自分の部屋でやっていました。

だから多いときは15〜16人集まる時もあったし、少ないときは本当に1人で、一対一で5時間くらいやっていました。セッションの時間とか決めているわけではないので、ずっとつきあっていることもありました。帰ってくれないんですよ(笑)。

それでプログラムを変えながらずっと1年くらいやっていました。

そのころに、日本メンタルヘルス協会の外部講師になりました。
研究クラスまで進んでいて、「外部講師を青木君やってみないか」と言っていただきました。

今はコーチングをやられている上村光弼先生という先生が、その当時まだ日本メンタルヘルス協会で衛藤先生のもとで働いていらっしゃいました。

九州担当が、上村先生だったので、誘っていただいたのです。衛藤先生に、認可をいただいて、外部講師として入れていただきました。

本当に、それが有り難いし、ツイていることだったんです。僕は26歳でした。


「独立されてから1番最初のお客様は覚えていらっしゃいますか?」

気功教室はずっと続けていたので、そこの生徒さんはいたのですが、言霊講座に来てくれた人は最初4人でした。それは家でやって、午前と午後でやりました。初回はすごく楽しかったですね。

知らない方もいらっしゃいましたが、ほとんど知っている人だったので、すごく楽しく、盛り上がって帰っていただきました。

その後、まったく知らない人が来たり、そのころはまだ対象者が明確ではなかったので、ウツとか難病でセミナーを聞きにこられた方もいらっしゃいました。そうするとトラブルがあったりもしましたね。

それから、規約を作ったり、僕はこういう人を対象にやっているということをはっきりさせました。

やっぱりビジネスをして行く上で、何でも屋さんだったら、分かりづらいと思うんですよね。いいものを提供できなくなるし、何でもできるというのはやっぱり難しい。

いきなりファミリーレストランにはなれないから、ラーメンだったらラーメンに特化して、おいしいものを提供するとか、ハンバーグだったらハンバーグのお店という風にした方がいいと思う。

それをだんだん自分の中で見つめていって、何をしていきたいかということを明確に規約に書きだしたら、だんだん合うようになってきました。

自分の提供したいお客様が来てくださって、喜んでもらえるような形になりました。それまではやっぱりいろいろなすれ違いがあってね。だからすごく勉強になりましたよ。


「個人セッションの最初の頃はいかがでしたか?」

最初の個人セッションは、2003年くらいに、実は無理にやらされたんですよ(笑)。

新入社員ぐらいの状態で、収入は全然ついてきていなかったんですが、講演や研修とかは少しずつ増えてきていました。

その頃はもう東京にも行っていました。

2001年に、講座を福岡で始め、日本メンタルヘルス協会で講師をさせてもらっていたので名古屋で講師をしていたのですが、それを東京でやってほしいと言われました。

2003年に、大阪のはづき虹映さんのところで組んでやるようになってきました。そこで僕の個人セッションをやった方がいいんじゃないかという話になったんです。

僕はクラズナー博士に催眠療法を習ったけれど、個人のセッションまでは教えてくれなかった。

いろいろなヒーリングやセラピーを習いに行ったけれども、もともと僕の最初の先生は教室型の先生だったし、日本メンタルヘルス協会もどちらかというと、教室で皆さんに教えるという方向だった。

個人セラピーをやったことがなかったんですね。そこで、もう1回勉強に行ったんです。


「実際に個人セッションをやってみていかがでしたか?」

いろいろな出会いがあって、ヒプノセラピーの戸内先生から個人レッスンを受けて、何回目かで、次までにモニターを取ってきてくださいという課題が出ました。

グループセッションはもうたくさんやっていて、ある程度分かっていたので、個人セッションもそんな流れでやることになりました。

先生からセッションのやり方は習っていて、ある程度こういう風にやればいいというのが分かっていましたし、あとは言葉かけの違いですから。
結果的にうまくいきましたけれどもね。

1番最初の人は、どんな人だったか忘れてしまいました。

だだ、やり続けていると、何人かは「見えない」とか、「分からない」と言う人が出てきます。自分の中でも、試行錯誤していますね。

習ったけれど、もっとどういうような面談の仕方をしたらうまくいくのか、どうシステムを変えていったらいいかとかですね。

で、自分なりのオリジナルのセッションが出来上がっていきました。




                 (次回につづく・・)


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インタビュアー:奥原菜月

奥原菜月    フリーライター、占い&カウンセラー(奥原朱麗)として活動中。
夫と子供2人、犬1匹で横浜に生息中。

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